多毛症を隠して結婚、初夜に夫に拒絶され…実在する“ヒゲが生えた女性”が問いかける美しさの基準

2025年4月26日(土)8時0分 文春オンライン

 茶目っ気のある眼差しでこちらを見つめる髭面の女性。そんなワンシーンを観ただけで、ざわざわと心を掻き立てられずにはいられないのが、ステファニー・ディ・ジュースト監督の新作映画『ロザリー』である。実在した女性からインスパイアされながらも自由に創作された、繊細で官能的なラブストーリーだ。



ステファニー・ディ・ジュースト監督


「19世紀後半に生まれ、髭のある女性として有名だったクレマンティーヌ・デレを知ったのがきっかけでした。彼女の顔は髭がありながらもどこか気品に満ちていた。当時流行っていた見せ物となることを断固拒否し、カフェ経営をしながら普通の女性としての幸せを求めていたところにも惹きつけられました。でも平凡な伝記映画にはしたくなかったので、彼女のような特異な女性を主人公にしたとき、どんな愛のドラマが可能なのかを考えたんです。人と異なる外見を持つことで人々に忌避される存在を通して、美の基準と人間性について問いかけようと思いました」


 フランスの大敗に終わった普仏戦争から数年後の1875年。多毛症をひた隠しにしてきたロザリーは持参金目当てのアベルと結婚するが、その初夜に秘密を知った彼は驚き、彼女を拒絶。しかしロザリーは、夫はいつか自分を受け入れてくれるはずと信じ、髭を隠すのをやめて堂々と生きることを決心する。その前向きな姿に周囲の反応は少しずつ変化していく。一方、そんな彼女を良く思わない人々もいて……。


「この時代を舞台に選んだのには複数の理由があります。ロザリーを草分け的存在にしたかったこと。これまで普仏戦争が映画であまり語られることがなかったこと。そして戦争によって男たちが傷つき、人間性を失っていることを描きたかったから。アベルは戦場で身も心も傷つき、生きる屍のような状態。でもロザリーに出会ったことで、ゆっくりと生への欲求を取り戻す。その一方で彼女を恐れ、スケープゴートに仕立てる人々もいる。これは現代ともリンクする普遍的なテーマです」


 ディ・ジュースト監督がロザリー役に白羽の矢を立てたのが、フランソワ・オゾン監督の『私がやりました』(23)で注目されたナディア・テレスキウィッツ。表情豊かな大きな瞳や毅然とした物腰は、ときにセリフよりも雄弁にロザリーの内面を表現する。


「なかなかロザリーにふさわしい俳優に出会えずにいました。そんなとき、偶然、ナディアとすれ違ったのです。コロナ全盛期だったのでマスク姿でしたが、すぐに彼女だとわかりました。それほど彼女の目は印象的でした。さらに、オーディションで髭をつけてもらったとき、彼女だけが鏡を見たいと言わなかった。わたしは、ああ、ここにロザリーがいる! と思いました」


 一方、夫のアベル役に扮したのは、『ピアニスト』(01)や『ポトフ 美食家と料理人』(23)などの名演で知られるブノワ・マジメル。予期せぬ事態に振り回されていく中で人間性を取り戻し、最後にはロザリーの前で感情を裸にさせられるアベルの繊細さを表現する。


 彼らが演じる感動的なラストには、さまざまな解釈が可能な余韻がある。


「自分の考えを押し付けるつもりはありません。ラストは観た人の考え方や、その人が愛を信じているか否かによって解釈が異なるでしょう。ただ、既成概念に縛られず、新たな価値観を見つけてもらいたいとは思います。ロザリーの美しさの理由を、ぜひ自分自身に問いかけて欲しいですね」



Stéphanie Di Giusto/フランス出身の映画監督、写真家、アートディレクター。広告やテレビ局のデザイナー、MVの監督などを経て、2016年『ザ・ダンサー』で長編映画デビュー。同作は第69回カンヌ国際映画祭の「ある視点」部門に出品され、カメラ・ドール、クィア・パルムにノミネートされた。




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映画『ロザリー』
5月2日公開
2023年製作/フランス・ベルギー/115分
配給:クロックワークス
https://klockworx.com/rosalie





(佐藤 久理子/週刊文春 2025年5月1日・8日号)

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