朝ドラ『あんぱん』心を打つド直球メッセージ! 今田美桜&北村匠海が瑞々しい演技で体現
2025年4月30日(水)9時0分 マイナビニュース
●人間について、生きる意味について、ド直球に伝える『あんぱん』
『アンパンマン』の作者・やなせたかしさんの妻・暢さんをモデルにしたヒロイン・朝田のぶ(今田美桜)が幼なじみの柳井嵩(北村匠海)と二人三脚で生きてゆく。朝ドラこと連続テレビ小説『あんぱん』(NHK総合 毎週月〜土曜8:00〜ほか ※土曜は1週間の振り返り)が始まって1カ月が過ぎた。「なんのために生まれて」「なにをして生きるか」、人生の岐路に立った2人。のぶは教師を、嵩は絵を描くことを選ぶ。この選択によって、やがて嵩は名作『アンパンマン』を生み出すことになると思うとワクワクする。今田美桜と北村匠海の演技が瑞々しい。
1973年、絵本として誕生した『あんぱんまん』(ひらがな表記)は、88年、テレビアニメ『それいけ!アンパンマン』(日本テレビ系)となって放送されたことで人気に火がついた。アニメは現在も続いており、88年以降に生まれた日本の子どもであればたいてい一度はアンパンマンを通って育つ。毎年、毎年、入れ代わり立ち代わり、子どもが見て育って羽ばたいていく。『アンパンマン』は世代を超えた人気コンテンツなのだ。
『あんぱん』の第5週までのサブタイトルはすべてやなせ作品の引用である。第1週「人間なんてさみしいね」、第2週「フシアワセさん今日は」は詩集「愛する歌」から。第3週「なんのために生まれて」、第4週「なにをして生きるのか」は「アンパンマンのマーチ」の歌詞にある。第5週「人生は喜ばせごっこ」はやなせさんのエッセイから。書籍のサブタイトルにもなっている。
やなせたかしさんは『アンパンマン』の作者としてとても有名だが、アニメ化されヒットしたのは69歳のとき。それまでは詩人や絵本作家として活動していた。『あんぱん』の脚本を手掛ける中園ミホ氏は、幼い頃、やなせさんの詩に出会い、それが縁で文通していたこともあるという。「やなせたかしワールドをみんなに知っていただきたい」と並々ならぬ意欲をもって脚本執筆に取り組んでいる。彼女が幼い頃、父を亡くして孤独だったとき、やなせの詩の一節「人間なんてさみしいね」に心打たれたそうだ。
サブタイトルにもなっているワードの数々は、ドラマのなかで登場人物が口にする。「人間なんてさみしいね」はジャムおじさんにそっくりなビジュアルをしているヤムおんちゃんこと屋村草吉(阿部サダヲ)、「なんのために生まれて」「なんのために生きるか」は嵩の叔父・寛(竹野内豊)が、それぞれ嵩に語る。この言葉が嵩を駆動し『アンパンマン』になるのだなあと、元ネタを知っているとよりドラマが楽しめる趣向だ。登場人物も、屋村(ジャムおじさん)をはじめとして、『アンパンマン』のキャラクターに当てはめて見る楽しみもある。のぶの妹・蘭子(河合優実)はロールパンナで、メイコ(原菜乃華)はメロンパンナではないか説もある。
それにしても、『あんぱん』は昨今の朝ドラのなかでは珍しく強いメッセージ性を放っている。寛は名言製造機とSNSで言われるほどであるし、屋村も負けていない。「泣いても笑うても日はまた昇る」「絶望の隣はにゃあ……希望じゃ」と寛が言えば、「ひとりぼっちも気楽でいい」「どうせ1回こっきりの人生だよ。自分のために生きろ」と屋村が言う。ついメモってしまいそう。
近年のドラマや映画は多様性を重視し、答えは人の数だけあるという、村上春樹的な抽象的な作風に舵を切る傾向はあるというのに、なぜ、こんなにも人間について、生きる意味について、ド直球に伝えてくるのか。でも、なんだかそれが心地よい。
●ひっくり返らない正義を模索したやなせたかしさんの思いを発信
正解を提示しないで、見た人それぞれが想像するものを作る傾向は近年の朝ドラにも顕著だ。例えば、『あんぱん』と同時代を描いた『虎に翼』(24年度前期)ではヒロインが絶対的に正解を求められそうな司法の職についてはいるものの、自身の生き方は必ずしも清廉潔白といいきれないように描かれていた。恩師に対する態度、男子生徒に対する態度、子育て、再婚に至るに当たる行動など、指示する人、しない人、賛否両論だった。また、『おむすび』(24年度後期)では主人公がそのとき何を思ったのかあえて描かず、視聴者の想像に委ねると制作サイドから公言するようなことがいくつもあった(例:福岡県西方沖地震のとき登場人物が何を思ったのかなど)。
ところが今回の『あんぱん』はメッセージの連打である。第1回から最大のテーマが語られている。嵩がモノローグで「正義は逆転する。信じられないことだけど、正義は簡単にひっくり返ってしまうことがある。じゃあ決してひっくり返らない正義って何だろう。おなかをすかせて困っている人がいたら、一切れのパンを届けてあげることだ」と語る。
多様性という名のもとに、あれも正義、これも正義。人の数だけ正義があり、その時々で、正義が逆転してしまうことすらある。それらをすべて受け入れていくことはなんだかしんどい。流れる雲のように曖昧模糊として流動的なことばかりだと不安だし、間違えたくないし、正解がほしい。そんな気持ちになる視聴者もいるだろう。そんなときこそ『アンパンマン』だ。ひっくり返らない正義を模索したやなせたかしさんが見つけたのは「一切れのパン」だった。それはまるで、何も目印のない夜に一個だけ光っている北極星のような存在。たったひとつでもよりどころがあれば、人は生きていける。
『アンパンマン』では、ヒーロー・アンパンマンはおなかの空いた人に自分の顔を食べさせる。意外とブラックな行為ではあるが、やなせさんのやわらかい絵柄によってブラックな感じは緩和されて子どもにも大人にも受け入れられている。やなせさんは戦争中に過酷な飢餓を体験したことから、この考えを抱くようになり、作品に託したのだ。メッセージ性も、ブラックな表現と同様、やわらかい絵柄や文章によって説教臭さは緩和されている。
幼い頃に父を亡くし、母は再婚して遠くに行ってしまい、親戚の元で育てられたやなせたかしさん。それはドラマの嵩にも受け継がれている。幼少期に孤独を、戦争で激しい空腹を味わってきたやなせさんが、苦悩の果てに生み出したアンパンマン。『あんぱん』ではその人生と創作を支える人物がいて、それがのぶなのだ。嵩にとってのあんぱんであり、暗闇の星がのぶである。RADWIMPSの主題歌「賜物」が速すぎて騒々しくて聞き取れないという声もあるが、歌詞をじっくり読むと、嵩にとってののぶを歌った歌のように思えてくる。
北村匠海がとてもナイーブで詩人のような雰囲気を醸し出し、今田美桜は理屈をふっ飛ばすような生命力をみなぎらせている。その対比がいい。毎朝、2人を見ていると、主題歌の歌詞にあるように「超絶G難度」の人生を駆け抜ける元気と勇気が湧いてくる。
(C)NHK