ゴシック調の陰影の濃い映像とショウ・ビジネスの残酷な真実――5月に見たい新作3本はこれだ!《『ガール・ウィズ・ニードル』『ノスフェラトゥ』『サブスタンス』》
2025年5月3日(土)11時0分 文春オンライン
北欧ミステリーを堪能できる『ガール・ウィズ・ニードル』
今月の1本目は、本年のアカデミー賞国際長編映画賞にもノミネートされた映画だ。

北欧のミステリー映画といえば、とにかく陰惨で重々しい作品が多い。画面越しにも伝わってくる、乾き凍てついた空気。侘しさを感じさせる街並。荒々しい自然。そして、凹凸のハッキリした人々の面相が作り出す、暗い陰——。これら北欧ならではの光景が劇的な効果をもたらし、他所の作品では味わえない苦さを与えてくれる。それこそが、北欧ミステリーの魅力だといえる。
本作も、まさにそう。
時代設定は第一次世界大戦末期〜戦後。デンマークのコペンハーゲンを舞台に、貧しさの中であがき続ける一人の女性・カロリーネがたどる地獄のような日常と、その果てに巻き込まれる連続殺人の模様が描かれる。
戦地に行ったと思われる夫は行方知れずとなり、繊維工場のお針子としてわずかな給金のみで暮らすものの、それだけでは家賃も払えずにアパートを追い出される。ようやく貸して貰えた家は酷いあばら家で、トイレもなくバケツで用を足すしかない有り様。そうした中で、金持ちの男性に見初められて妊娠するも、無惨に捨てられてしまう——。
どん底の彼女を受け入れてくれたのは、親から託された子どもを秘密裡に養子に出す稼業をしている女性・ダウマだった。そこで乳母として働くようになったカロリーネはダウマと友情を育む。これまでほとんど笑顔を見せたことのなかったカロリーネが、ダウマとの日々では安らかな表情を見せるようになる。だが、それはさらなる地獄への入り口でしかなかった。
彼女に降りかかる悪夢のような内容は、劇中でカロリーネの受ける衝撃とともに詳らかにされるので、ここでは明かさないでおく。できれば、情報を得ずに見てほしい。
石造りの街並や人々の表情が、陰影を強調したモノクロームの映像で切り取られることで、ただでさえ陰鬱な物語がさらに重苦しく伝わってくる。特に、カロリーネが真相に気づく場面での下水道のショットが圧巻。漆黒として映し出される強烈な濁流は、この逃げ場のない絶望の世界を象徴しているようであった。
監督:マグヌス・フォン・ホーン/脚本:マグヌス・フォン・ホーン、リーネ・ランゲベク/キャスト:ヴィクトーリア・カーメン・ソネ、トリーネ・デュアホルム、ベシーア・セシーリ、ヨアキム・フェルストロプ/2024年/デンマーク、ポーランド、スウェーデン/123分/配給:トランフォーマー/5月16日公開/© NORDISK FILM PRODUCTION / LAVA FILMS / NORDISK FILM PRODUCTION SVERIGE 2024
クライマックスに至るまで、ひたすら驚きが連続する『ノスフェラトゥ』
本作も同様に、ゴシック調の陰影の濃い映像が、近代のヨーロッパの街並を不気味に妖しく映し出す。
1922年に製作されたドイツ表現主義の名作映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』のリメイク作でもあるため、展開自体は古典的なドラキュラ伝説そのままといえる。そのため、あらすじだけ読むとオーソドックスな内容としか思えない可能性があり、「なんだ、よくある吸血鬼ホラーか」と軽視してスルーする方もいるかもしれない。
が、物語を追うというのも映画の重要な受け止め方であるが、それはほんの一部でしかない。それをいかに映像として描写するか。俳優はどのような解釈で人物を表現するのか。そうした視覚情報こそが、映画の特質である。「忠臣蔵」などの古典劇の多くがそうであるように、いくら物語がネタバレしていようが、既視感のあるものであろうが、映し方の工夫一つでいくらでも新鮮な刺激を与えることができる。
本作を撮ったロバート・エガース監督は前作『ノースマン 導かれし復讐者』で「ハムレット」を物語の下敷きとしつつも、理性よりも暴力が支配する、これまで観たことのないような魅惑的なまでにワイルドな世界を提示してのけた。その剛腕は、本作でも発揮されている。主要人物のことごとくが奇人変人。吸血鬼を迎え撃つ教授も、吸血鬼に狙われるヒロインも狂っているのだ。そこに伝染病によるパニックも加わり、人々から日常や常識のタガが外れていく様が、ハッタリの効いた演出とともに描かれる。
演じる俳優陣の振り切れ具合もステキだ。教授役のウィレム・デフォーが怪演しているのはいつも通りだが、それに負けず劣らずの奮闘を見せたのがヒロイン役のリリー=ローズ・デップ。母親のヴァネッサ・パラディそっくりの可憐なルックスでありながら、徐々に狂気に憑かれていく様を全身全霊で演じてのけ、デフォーや吸血鬼役のビル・スカルスガルドに決して当たり負けしていない迫力を見せつける。
え、こんな手段で吸血鬼を倒すのか——というクライマックスに至るまで、ひたすら驚きが連続する一本になっている。
監督:ロバート・エガース/出演:リリー=ローズ・デップ、ビル・スカルスガルド、ニコラス・ホルト、アーロン・テイラー=ジョンソン、ウィレム・デフォー/2024年/アメリカ・イギリス・ハンガリー/133分/配給:パルコ ユニバーサル映画/5月16日公開/© 2024 Focus Features LLC. All rights reserved.
ショウ・ビジネスの世界の残酷さを風刺した『サブスタンス』
本作も今年のアカデミー賞を賑わせた一本。主演女優賞とメイクアップ&ヘアスタイリング賞にノミネートされ、前者は逃して後者が受賞しているところが、結果としてこの映画の本質を表しているようでもあった。
とにかく言えるのは、「よくぞデミ・ムーアがこの役柄を引き受け、そしてやり切った」ということだ。演じるのは元人気女優で、年齢を理由に番組を降板させられるところから物語は始まる。この段階で彼女にとって残酷な役柄と思えるが、まだ序の口。主人公は若返りを可能にする謎の薬物に手を出す。その薬を使うと、主人公の身体の内部から脱皮するかのように、「スー」という若くて圧倒的な美貌を持ったもう一人の自分が出てくるのである。主人公の後釜に座ったスーは瞬く間に人気を獲得していく。
若い美貌ばかりが女性に求められるショウ・ビジネスの世界の残酷さを風刺した展開なのだが、映し出されるデミ・ムーアの存在自体がその残酷さを体現しているようでもある。顔や身体など、あらゆるところにアンチエイジングのために施した諸々の痕跡がハッキリと出ており、そのことがかえって人間としてのナチュラルさを失わせてしまっている。その不自然な姿を見ていると、そうせざるをえない方向に駆り立ててしまう世界の過酷さが痛々しいまでに突き刺さってくるのだ。
本作のデミ・ムーアが素晴らしいのは、そうした自分を徹底して曝け出していることであり、またそんな自分自身が醜いまでにカリカチュアライズされたような主人公像を堂々と演じきっていることだ。主人公とスーは1週間ごとに入れ替わらないと今の姿を保つことができないという設定になっているのだが、スーとしての栄光を手放せなくなった主人公はスーとしての時間を延ばすようになり、やがて——アカデミー賞を受賞した特殊メイクチームの出番となる——グロテスクな存在へと変貌していく。これをやり切ったデミ・ムーアの勇気には、心から感服する。
もう一つの注目点は、全ての元凶である悪徳プロデューサーを演じるデニス・クエイド。これが、話し方や細かい挙動に至るまで、世界最大のプロレス団体WWEを率いてきたビンス・マクマホンにソックリなのだ。役柄自体もそれを彷彿とさせるものがあり、WWEファンの方はそこも楽しめるのではなかろうか。
監督・脚本:コラリー・ファルジャ/出演:デミ・ムーア、マーガレット・クアリー、デニス・クエイド/2024年/アメリカ/142分/配給:ギャガ/5月16日公開/©The Match Factory
(春日 太一/週刊文春CINEMA オンライン オリジナル)