図書館で働く27歳の非正規司書の女性が一歩を踏み出す……出版界でじわじわ反響、坂本葵さんの小説
2025年5月23日(金)15時30分 読売新聞
米山要撮影
「その本はまだルリユールされていない」坂本葵さん
題名のルリユールという見慣れない言葉は、直訳すると工芸製本という意味だ。「機械ではなく手作業で本を一冊、一冊オーダーメイドのように作ることなんです」。約3500冊の本が並ぶ書庫兼仕事場で丁寧に説明した。
主人公のまふみは司法書士になる目標を失い、小学校の図書館で非正規の司書として働く27歳の女性。同じように人生に悩みや挫折を抱えた人々との出会いやルリユールの仕事をきっかけに、自身の挫折と向き合い始める。
「ボロボロの本も丁寧に解きほぐし、『ルリユール』することで生まれ変わる。人生も同じように、自分の思うような方向にまとまっていなくても、とじ直していける可能性があると思った」と話す。
作中ではスミレの香りがしたり、ルリユールによって複数の作品がつなげられたりと紙ならではの印象的な本が登場する。「手触りなどが読書の記憶の一部になるように、電子書籍とは違う紙の本の良さがあることを強調したかった」。まふみや周囲にいる人々もこうした本の魅力に触れ、未来に向けた新たな一歩を踏み出していく。
1983年、愛知県岡崎市生まれ。父親が本好きだった影響で宮沢賢治など多くの作品に囲まれた環境で育ち、幼い頃から自然と読書に親しんできた。「家の壁がほとんど本棚で埋まっていました」
東京大大学院の博士課程を修了後、大学の非常勤講師として出版文化史などを教え、執筆にも取り組む。小説は、前作『吉祥寺の百日恋』から約10年ぶりで、今回が2作目となる。
次作は、父が残した膨大な蔵書に向き合う娘の物語を考えている。「まさに今の私の実体験で、どうしていいかわからない状態。その悩みや苦しみも含めて書いてみたい」(平凡社、1870円)北村真