発売即重版の人気シリーズ「貸本屋おせん」 業界最注目の著者が語る「2年で5冊を刊行」の日々
2025年5月26日(月)7時0分 文春オンライン
文化年間の江戸。女手ひとつで貸本屋を営み、高荷を背負って江戸の町を巡るおせん。板木盗難や幽霊騒ぎ、幻の書物探しなど読本に係わる事件に立ち向かう、異色の「ビブリオ捕物帳」——「 貸本屋おせん 」シリーズ。
デビュー時から話題沸騰、いま歴史時代作家業界で最注目の著者による本書が、ついに文庫化、発売即重版となりました! さらにシリーズ2作目となる『 往来絵巻 貸本屋おせん 』も5月14日に発売です。
2冊の刊行を記念して、著者の高瀬乃一さんにデビューからの環境の変化、執筆秘話などなど、お話を聞きました。

◆◆◆
——1作目『 貸本屋おせん 』から早2年。この2年で、『無間の鐘』(講談社)、『春のとなり』(角川春樹事務所)や、山本周五郎賞の候補となった『梅の実るまで 茅野淳之介幕末日乗』(新潮社)を刊行されました。ずいぶん環境にも変化があったと思うのですが、生活の中で一番変わったことは何ですか?
高瀬 パートを辞めて執筆のみが仕事になりました。そのため人と話す機会が減り、家での独り言が多くなりました。そして、確実に運動不足で太りました。
——『往来絵巻 貸本屋おせん』を含めると、2年間で5冊刊行というのは新人作家にはあるまじきスピード感です。1日の執筆スケジュールや、ルーティーンワークがあれば、教えてください。
高瀬 朝は6時少し前に起床して、朝食や家族の弁当を作ります。洗濯や買い物など適度に家事をしました感を出し、お昼まで執筆。だらだらと昼食をとり、がっつり昼寝をします。2時間ほど寝呆けて、慌てて洗濯ものを片付け(冬ならば雪かきなどがあります)、ゲラの確認、資料の整理など。夕飯の支度をしながらネット配信や録画したドラマを観て、夕飯のあとですこしだけ執筆です。午後の10時にはパソコンの電源を落とすようにしています(夜更かしすると数日体の調子が悪くなるお年頃なので……)。就寝前にネットニュースなどを見て、本を読みながら寝落ちします。
名古屋出身のため、根っからのコーヒー党です。いまはコーヒーの飲みすぎをさけるために、ハーブのお茶などをいろいろためしています。
江戸っ子と青森県民の共通点⁉
——表題作である第2話「往来絵巻」は、神田明神祭りで絵巻に描かれるはずの男が描かれていない、という事件を発端にしたミステリです。江戸っ子が神田明神祭りにかける熱量の高さ、彼らのハレとケを描きながら、出版事業を絡めていく手つきがなんとも秀逸な一作! いつもどのように構成を練っているのですか?
高瀬 「往来絵巻」は、江戸の祭りという企画として書き上げたものでした。青森在住の私にはまったく縁のないことだったので、担当者さんから送っていただいた神田祭の資料を読みこみました。ここに主人公が関わるとしたらどの時点か、登場人物にどのような過去があるのか、などをひたすら考えて組み立てていった感じです。
青森県には、八戸三社大祭、青森ねぶた、弘前ねぷたなど、多くの祭りがあるので、夏は町中が落ち着きをなくす感じがあります。私は参加したことはありませんが、祭りの熱量は十分に想像できるなと思いました。
事件を先に考えてしまうと、内容が薄くなったり行き詰まったりしてしまうので、なるべく人物の背景を掘り下げて物語を作っていくように心がけています。
『貸本屋おせん』は、出版がかかわらなければ物語が進みませんが、縛りがある方がとっ散らからず書きやすいかもしれません(とはいえ、かなりの遅筆ゆえ、2冊目が出るまでに時間がかかりました)。ネタは、毎回ギリギリです! なにか面白い案が浮かぶと、うれしくなってすぐに書いてしまう計画のなさに、自分で頭を抱えてしまいます。
おせんの父・平治の意外なモデル
——雑誌で連載を読んでくださった方にも、あらためてお勧めしたいのが、単行本化にあたり書きおろしていただいた第5話「道楽本屋」。「模倣(もじり)本騒ぎ」を皮切りに、おせんの父・平治の死の真相が明かされるのですが……この真相は、もとからご準備されていたのでしょうか? 父のキャラクター造形にあたり、参考にしたもの、執筆のきっかけになるような物事はありましたか?
高瀬 平治の死については、シリーズが続くと決まったとき、もっと複雑なエピソードにしようと考えていました(切支丹騒動とか、水戸藩の謀略に巻きこまれたとか……)。ですが、生きていれば、思いもかけないことで人は深い穴に落ちてしまいます。なぜひとりむすめがいる男が死んでしまったのか、私もずっと考え続けていました。
真相は、本当に物語にあるようなことだったのかは、生きている者にはわかりません。小説ならば、白黒はっきりさせた方がいいのですが、物語が始まったときにはすでに平治はおらず、せんは生き生きと江戸の町で暮らしていたので、それが結果だと自分に言い聞かせて執筆しました。
平治のモデルは、祖父です。戦前は畳職人で、戦後は材木の仕事をしながら、自分で家を建ててしまうような寡黙な職人でした。96歳で大往生を遂げたので、そのあたりは平治とは真逆です。
おせんには「はらはら」しています
——「道楽本屋」もそうですが、おせんが本にかける気持ちの強さは、本好きなら身に覚えがあり、グッとくること間違いなしだと思います。「おせん」というキャラクターを書くにあたって気を付けていることや、高瀬さんが思うおせん像で重視していることはなんでしょう?
高瀬 おせんは気が強く、べらんめえ口調で、下手をすると嫌われるキャラクターになってしまいそうで、生みの親としてははらはらしています。意外と恋愛物語が好きで、情にもろく、せっかちおせっかいゆえに、厄介な事件に首を突っ込みがちです。私情と世の道理を天秤にかけたとき、俯瞰して物事を見られる目をもつ女性であればと思います。そして物語の中とはいえ、おせんが大きな怪我や病気にならなければ、と。まるで子どもを見る親の気持ちです。
——本書に欠かせないのがおせんの幼馴染・登の存在。つかず離れず、いい感じかと思いきやそうでもない(笑)青菜売りの青年ですが、今後の作品の中で、登との展開はもう決めていらっしゃいますか?
高瀬 まったく、どうするか決めていません。せんと登がどうなるかは、登の押しの強さよりも、彼が引いたときに何か起こるかもしれません。恋のライバルでも出せば盛り上がるかもしれませんが、それはなんだかおもしろくない気もしますし、どうせくっつくんでしょ、と先を読まれるのもしゃくなので、あえて「おせん次第」ということにしておきます。
——今後も続いていく「事件を呼ぶ本の虫・おせん」の物語に、ぜひご注目ください!
(高瀬 乃一/文藝出版局)
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