心に響く「パン」という音、いつかまた先輩と百人一首がしたい―中国人学生
2025年5月4日(日)15時0分 Record China
裏面に「ちはやぶる かみよもきかず たつたがは からくれなゐに みずくくるとは」と書いてありました。先輩が大好きな和歌です。
空港では耳元に人の声が、遠くには飛行機の離陸する轟音が響いていました。飛行機が遠ざかってゆく空を眺めていると、自然とあの紅葉舞い落ちる国と、瞳の中が紅葉のような情熱に満ちた先輩が浮かんできました。劉先輩は、とうとう日本へ留学に旅立ちました。私は空に向かい頭を下げて、手にしていたハガキを見ました。別れる時に先輩がくれた紅葉のハガキです。裏面に「ちはやぶる かみよもきかず たつたがは からくれなゐに みずくくるとは」と書いてありました。先輩が大好きな和歌です。
和歌を見ていると、去年の夏に引き戻されました。「先輩、何これ? カルタ?」本を取りに彼女の寮に行ったときに、棚に置いてあるものが目に入りました。先輩は「単純なカルタじゃないよ!」と言いながらカルタを見せました。目に映ったのは難解な詩句で、思わず小学生の時に、古詩文に頭を痛めた記憶が浮かびました。つい「古詩暗唱ゲームだっけ? 確か日本の子供が好きでしょ、こんなもの。」とつぶやいてすぐに自分の失礼さに気付きましたが、なぜだか謝りの言葉に詰まっていました。そんな私に「じゃあ、日本の子供みたいに学んだら?」と言った彼女の瞳に、紅葉の紅色がかすかに見えました。
戸惑った私に先輩は丁寧に説明してくれました。「子供達はね、毎日この新鮮な世界に好奇心を持ってるよ。なんでもゼロから始まるから、面白くて遊びながら探知していく。こんな子供精神だよ。例えば、カルタ達それぞれに独自の物語がある。暗記するだけでは絶対もったいない。想像するだけでたくさんの景色が浮かぶのよ。ほら、このカルタ見て、何を想像できる?」彼女に言われたくさんのカードの中から一枚抜き出すと、「ちはやぶる かみよもきかず たつたがは からくれなゐに みずくくるとは」と書いてありました。「紅葉の景色かな?」「ううん、これは恋の詩だよ。」と先輩が言いました。改めて和歌を読むと、目の前から、風の和らぎに溶け込んで激しい勢いのある紅色に綴られた川が伸びていきました。その紅色は在原業平の恋心がこもっています。情熱的な紅葉が圧倒的な命となって輝き出して、川の中に激しく流れていきました。
想像の世界に浸っていた私は先輩に呼ばれました。彼女は床に段ボールを敷いて笑って、「ねえ、一局やらない?」とゲームに誘ってくれました。私達はお互いにお辞儀して礼儀正しく正坐しました。正座の痛みに耐えながら、和歌が流れるのを待っていたので、私は緊張で息が詰まってきました。「ちはやぶるー」と聞こえた瞬間に、パンという音がして、カルタが飛び出していきました。先輩を見ると、彼女の顔に浮かんでいたのは純粋な子供みたいな表情でした。
あの「パン」という一瞬の音が、とても心に響いています。カルタをすることで、多くの子供たちが和歌を覚え、この文学形式を代々受け継いできました。『小倉百人一首』のびっしりと書かれた文字は、山林の中に幾重にも重なった紅葉かのようです。彼女にとって、これはただのカードではなく、カードの歌、文字、それらすべてが日本語の魅力を語っているのではないでしょうか。彼女の日本語に対する丁寧さや情熱も紅葉のような物でしょう。私も彼女に影響されて、いつも何も知らない子供のように好奇心を持ち、日本語の世界を探索しています。身の回りの美しい日本語の物語を掘り下げていきたいです。これから、ステレオタイプではなく新たな視点で見ようと決めました。
劉先輩は彼女の物語に向かって憧れの国に旅立ちました。いつか、また彼女とカルタをしたいです。いつか、私も、この先輩からもらった憧れをもって、自分の「紅葉」と日本に再会したいと思います。
■原題:ちはやぶる——先輩に学び、日本語学習を頑張る
■執筆者:林婧(天津外国語大学)
※本文は、第20回中国人の日本語作文コンクール受賞作品集「AI時代の日中交流」(段躍中編、日本僑報社、2024年)より転載・編集したものです。文中の表現は基本的に原文のまま記載しています。なお、作文は日本僑報社の許可を得て掲載しています。