生成AIが作った偽「オススメ本」をアメリカの新聞紙がそのまま掲載、購読者から怒りの声が相次ぐ

2025年5月23日(金)11時45分 読売新聞

偽の本や書評が掲載されたシカゴ・サン・タイムズ紙の読書リスト(シカゴ・サン・タイムズのウェブサイトより)

 夏休みが近づくと、アメリカの新聞では「オススメ本」の書評を集めた特集記事を掲載する。バカンスで本を読もうと、読書への関心が高まるからだ。ところが、中西部の都市シカゴで2番目の規模を誇るシカゴ・サン・タイムズ紙は、この週末の特別折り込み紙面で、とてつもない失態を起こしてしまった。

気候変動やAIがテーマの本

 テック系サイト「404メディア」によると、タイムズの1ページにもわたる「2025年夏の読書リスト」では、次のような書評が載っていた。

 イザベル・アジェンデ著「タイドウォーター」。海岸沿いにある街で展開される世代間の交流の物語で、不可思議なリアリズムと環境保護主義が交錯する。ある家族が、海面上昇と闘いながら長年にわたって埋もれてきた秘密を解き明かす物語で、著者にとって初の気候変動小説となる。

 アンディ・ウィアー著「最後のアルゴリズム」。著者にとって「火星の人」に次ぐ科学スリラー小説。AIが意識を獲得し、長年にわたって密かに世界情勢に影響を与えてきたことについて発見してしまったプログラマーの物語。

 実はこの2冊の本はいずれも存在しない。それどころか、記事で紹介した他の書籍も、実在しないか、他の著者の作品だったケースが散見されるという。

 この記事作成に関与した担当者は、404メディアの取材に対し、書籍リスト作成の段階から生成AIを使ったことを明らかにした。この担当者は、これまでも事前の調査でAIを使ってきたことを認めた上で、事前に自分で内容を確認して記事にしていたが、今回は確認を怠り、内容の誤りについては見逃していたという。

フィラデルフィア・インクワイアラー紙も掲載

 「被害」にあったのはシカゴ・サン・タイムズ紙だけではなかったようだ。フリーランスのライター兼編集者であるジョシュア・フリードマン氏の調査によると、まったく同じ記事は東部ペンシルベニア州の地方紙、フィラデルフィア・インクワイアラー紙にも掲載されていた。

 アメリカのSNS上では、シカゴ・サン・タイムズ紙で起きた大失態の遠因について、同紙で近年起きた非営利団体であるシカゴ・パブリック・メディアによる買収と、その後、行われた人員削減が原因であるとの指摘が相次いでいる。中には紹介されたでっち上げの書籍「最後のアルゴリズム」について「ちょっと興味を覚えた」「これなら読んでみたい」という書き込みもみられるが、大半のコメントは怒りに満ちあふれたものばかりだ。

 「彼らはずっとAIを使って記事を書いてきたのか。編集者たちは、なぜこれを見落としていたのか」という書き込みは、まだいい方だ。「購買者として怒り心頭だ。AIがつくったゴミを掲載するぐらいなら、紙で購読する意味がない」「自分たちの手で書く時間がないのなら、私たちが読む時間を割くに値しない」「バカげた状況だ。もはや意味のないゴミであふれかえっているということではないか」「購読請求書が届いたが、みると200ドルも値上がりしている。どういうことだ」など怒りの声があがっている。

スタッフの削減が原因か

 アメリカでは、書評記事のスタッフ削減が続いている。しっかりとした書評記事部門を維持できているのはニューヨーク・タイムズ紙ぐらいだ。その他、ワシントン・ポスト紙や雑誌ニューヨーカー、アトランティックなどでは書評記事を拡大しているものの、アメリカ全体では書評記事の退潮傾向が続き、深刻な状況が続いている。

 「出版社が書評用に書籍を新聞社に送っても、返送されてきたり、書評担当者が解雇されて後任もいないという返答だったりということが目立つ」。そう語るのは、ジャーナリストのアダム・モーガン氏だ。

 同氏の集計によると、アメリカ全土で書評記事をフルタイムの専業とする担当者は、わずか7人だけだという。ニューヨーク・タイムズは新聞従業員の7%を雇用しているので、この集計が正しければアメリカ全体で書評記事を専業とする記者の4割超はニューヨーク・タイムズに所属している計算になる。

労働組合「お粗末な配信記事に衝撃」

 今回の出来事について、シカゴ・サン・タイムズ紙は「誤報」があったことを認め、なぜこれが事前に確認できなかったのかを調査していることを明らかにした。この記事は、出版大手のハースト社の傘下にあるキング・フィーチャーズ社が配信しているものだったという。同紙は「これは編集コンテンツではなく、シカゴ・サン・タイムズ紙の編集局によって作成あるいは承認されたものではない」とした上で、「読者が我々の報道に寄せる信頼について真剣に考えている」と釈明した。

 同紙を保有するシカゴ・パブリック・メディアの広報担当者は、記事の配信元であるキング・フィーチャーズ社との契約を見直すとし、広報マーケティング担当は「我々は正確で倫理的、かつ人間の手によるジャーナリズムを実践していく」とコメントした。

 シカゴ・サン・タイムズ紙の労働組合はニーマン・ラボに送付した声明で、「編集局内はこのお粗末な配信記事に衝撃を受けている」とした上で、「我々は新聞制作とウェブサイト制作に誇りをもって取り組んでいる。AIが生成したコンテンツが我々が生み出した記事といっしょに並べられたことに深く憂慮している」と表明。そして、コメントではこのように結んでいる。

 「契約していただいた読者の皆さんは、我々が徹底的に取材をし、しっかりと事実確認を行ったことへの対価をお支払いいただいている。我々が制作する紙面で、コンピューターや第三者の手によって生成された偽情報が拡散されたことは許しがたいことだ。経営層にはこのようなことが将来にわたり再び起こらないよう、あらゆる手段を講じることを求める」(サラ・スキーリー ニーマンラボ副編集長)

 ※アメリカのハーバード大にあるジャーナリズム研究所「ニーマン・ラボ」のリポートを読売新聞で訳したものを掲載しています。

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