ソフトバンク孫正義氏が語る企業向けAIのビジョンはOpenAIとの提携で実現するのか
2025年2月3日(月)20時50分 マイナビニュース
●ソフトバンクとOpenAIが50%ずつ出資する「SB OpenAI Japan」が企業向けAIを開発・販売
ソフトバンクグループの孫正義会長は2月3日、都内で開催された企業向けAIイベントに登壇し、企業用AIの開発・販売についてOpenAIと提携することを発表した。
○ソフトバンクとOpenAIが50%ずつ出資する「SB OpenAI Japan」が企業向けAIを開発・販売
孫氏が登壇したイベントは「AIによる法人ビジネスの変革」と題され、孫氏のほかOpenAI CEOのサム・アルトマン氏、arm CEOのレネ・ハース氏も登壇するという豪華な顔ぶれ。参加者は国内主要企業の経営層が中心で、オープニングで挨拶を行ったソフトバンクの宮川淳一代表取締役社長執行役員 兼 CEOによれば、会場にいる経営者たちの企業の株価を合算すれば国内企業の株価の時価総額の半分を超えるという。
宮川氏に続いては、ソフトバンクグループ代表取締役会長 兼 社長執行役員である孫氏が、手に小箱を持って登場。さっそく「OpenAIとの間で合弁について調印しました」と報告。そして小箱から水晶玉を取り出し、今日は「この『クリスタル』について話をします」と切り出した。
孫氏はまず、アメリカで行った「Stargate」の発表に言及。トランプ米大統領が就任初日に自ら時間を割いて発表したことについて、「これはアメリカにとっても一私企業の発表ではなく、国家を挙げたプロジェクトになったということ」と語り、1年前には「10年以内」、数カ月前に「2〜3年以内」と予測していたAGIの時代の到来について、「AGIはそれよりももっと早くやってくると実感している」とした。
そのAGIについて、孫氏は「企業、とりわけ大企業から始まると考えています」といい、その理由について「大企業や企業のグループは、圧倒的な量のデータを持っています。AGIを達成するには、ふんだんで良質な、しかもある程度限られた世界のデータがあるということが大変重要な材料になる」という点を挙げた。
そしてAGIの時代の企業活動について「エージェントが我々に代わって24時間365日、次々と仕事をこなしていく。これまでは検索をしたりメールをしたりと人間が能動的に動かなければいけませんでしたが、今後はAIが自らエージェントになって自ら能動的に働き続けてくれる。我々が寝ている間も仕事をしてくれて、AIエージェントがAIエージェントと仕事のやり取りをして、バトンタッチをしながらこなしていく」とイメージを描いてみせた。
そしてここで、その企業向けAIを「クリスタル・インテリジェンス」と名付けた、と冒頭から手にしていた水晶玉の意味について種明かし。ただし「クリスタル」のスぺルは英語そのままの「Crystal」ではなく「Cristal」となっている。
このクリスタル・インテリジェンスの開発・販売を行うのが、ソフトバンク側とOpenAI側が50%ずつ出資する「SB OpenAI Japan」となる。ソフトバンク側の出資形態は、ソフトバンクグループ株式会社とソフトバンク株式会社が中間持ち株会社を設立し、そのかいしゃがSB OpenAI Japanに出資するという形態になるという。この提携とジョイントベンチャー設立については、まさにこの日の朝に調印されたばかりだという。
●最初に取り組むのはソフトバンクグループ用のAIの開発
○最初に取り組むのはソフトバンクグループ用のAIの開発
このSB OpenAI Japanが最初に取り組むのが、ソフトバンクグループ用のクリスタル・インテリジェンスの開発ということになる。
孫氏によれば、ソフトバンクグループでは現在、約2,500の業務システムが稼働しているという。これらは30年前から順次開発されて運用されており、開発当時の担当者がすでに退職していることも珍しくないが、クリスタル・インテリジェンスがすべてのソースコードを読み、何を意味しているのか、どういう機能を持っているかを読み取り、最新の言語に置き換えたり、どこをバージョンアップしたらよいのかといった点まで判断できるようにすることを目指す。
また、社内で開催されるすべての会議、顧客との折衝の際にもクリスタル・インテリジェンスが参加するようになる。コールセンター対応も同様だという。すべての資料、社員の業務用メール、仕様書や設計書といったものもすべて読み込んだうえでクリスタル・インテリジェンスが会議などの場に参加することで、長期記憶を活用しながらの業務運用が可能になるという。
この“長期記憶”は、この日のプレゼンテーションで孫氏が強調したキーワード。同氏は2015年〜2016年にかけて長期記憶とその強化学習について複数の特許を取得しているのだという。この日のプレゼンテーションではその特許の内容は具体的には語られず、クリスタル・インテリジェンスの有用性・優位性につながるものかどうかはわからないが、孫氏が以前からこの方面に関心を持っていたことは間違いないようだ。
なお、孫氏が語る「長期記憶」のイメージは、「企業内で担当者が退職してしまったり文書が埋もれてしまったりしてもAIはそれを記憶し続け、必要なタイミングで取り出して提示することができる」といったもののよう。前述のクリスタル・インテリジェンスの活用場面でいえば、過去の会議で議論された事項をすべて把握しているエージェントが会議や交渉の席に同席できるようになるということで、確かにそれが実現できれば企業活動においては有利に働くように思える。
また、ソフトバンクグループでは現在、携帯のユーザーが4,000万人ほど、PayPayのユーザーが7,000万人ほど、LINEではでいりーのアクティブユーザーが9,000万人いるという。このユーザーベースの統合作業、企業内の人事や報酬体系の統一などによって大きな負担が生じているが、クリスタル・インテリジェンスがグループ企業間を横断して活動することで、IDやシステムの統合といった負担が必要なくなると想定している。
これだけのシステムだけあって、開発・運用の費用は大きなものになる。ソフトバンクグループがクリスタル・インテリジェンスの開発・運用として支払うのは4,500億円/30億ドルという規模になる。
この契約により、OpenAIに対する資金面の不安や設備投資過剰という懸念は払拭されるのではないかと孫氏はいう。ソフトバンク1社で4,500億円、ソフトバンクグループと同規模の会社が100社、それぞれにカスタマイズされたクリスタル・インテリジェンスの開発を発注するとすれば、45兆円の売上となり、システム費用などのもろもろを勘案しても十分に利益が出るのでは……というわけだ。
SB OpenAI Japanでは、この企業向けのインテグレーションなどを担うセールス&エンジニアとして、1,000名体制の専任部隊を作るという。このほか、OpenAIからのエンジニアも参加する。
またデータセンターなどのインフラはStargateの延長として日本国内に用意される。クリスタル・インテリジェンスの基本的な開発は米国で行われるが、トレーニング/ファインチューニングのためのインフラは日本におかれ、ソフトバンクグループが設定し、OpenAIが中心になった運用を行うことになるという。
クリスタル・インテリジェンスの展開は、まずは1業種1社を想定して進めるという。そのうえで、あるていどノウハウがたまればその縛りをなくすことも考えているようだが、同業の複数の競合企業にクリスタル・インテリジェンスが導入されるとしても、学習内容や知識の再利用はされないため、機密が漏洩するなどの心配は不要とのことだ。
●アルトマン氏はDeep researchを紹介、時間はかかるが詳細な回答を行える機能
○アルトマン氏はDeep researchを紹介、時間はかかるが詳細な回答を行える機能
孫氏に続いては、OpenAI CEOのサム・アルトマン氏が登壇した。
OpenAIは、AIの発展段階を5レベルで評価している。レベル1はChatbot(チャットボット、ChatGPTがこれにあたる)レベル2がReasoners(推論モデル)で、これはOpenAI o3-miniを発表したばかり。その次のレベルがAgents(エージェント)で、これも先日、初めての本格的なエージェントとして「Operator」を発表している。
そしてアルトマン氏が詳細に紹介したのが、この日発表されたばかりの「Deep research」だ。これまでのChatGPTがすぐに答えを出すようなAIだとすれば、Deep researchは人間が数日かけてやるような作業を数分で処理するようなものだとのこと。時間をかけるぶん、複雑なタスクを処理させることができたり、同じタスクでもより深く検討された詳細な回答・成果物を得ることができる。Deep researchが返すレポートには、出典リンクなども含まれるため、ユーザーが内容を検証可能。企業向けAIにおいてはこのDeep researchが大きな役割を果たすことになるという。
OpenAIのスタッフによるデモンストレーションでは、企業の事業戦略を尋ねたとき、ChatGPTでは数項目/10行程度の回答が返されるのに対し、Deep researchではコンサルタントやアナリストが作成するような数ページにわたる分析が返されていた。レポートの作成にあたって利用した情報もリンクされており、推論のプロセスも明示されていたので、その内容をユーザーが検証することもできるだろう。
この日は企業での活用が主題となっていたが、このディープリサーチは、個人にが趣味や生活において活用することもできるという。また、学術的な研究においても助けになると考えているようだ。
Armのレネ・ハース氏は、AIの進化に伴い、より多くの計算資源が必要になるとして、Armの存在意義をアピール。Armのチップが省電力性と互換性の面で優れており、クロスプラットフォームでユーザーにとって使い勝手がよくなる半面、開発が複雑になっているとしながら、ArmがもつKleidiAIなどのソリューションにより開発者の負担を低減したいと語る。最後に同氏は、「世界のすべてのデバイスがスマートになることについて楽観視している」と締めくくった。
各氏のプレゼンテーションのあとは、孫氏とアルトマン氏がAI周辺のさまざまな話題について語るトークセッションの時間が持たれた。
この日の時点では、SB OpenAI Japanの開発する企業内AIが孫氏の語るようなものになりうるのか、それが可能だとして実現するのはいつごろになるのか、運用のための費用やインフラが現在想定されている規模におさまるのかなど、不明な点が多い。それでもこれだけの投資を行い、この時点で「ソフトバンクグループ向けの企業内AIを開発する」と宣言する孫氏の期待の大きさは明らかだった。AIの導入に手を挙げる企業がこの日のイベントの参加者から出てくるか、楽しみなところだ。