元祖“宇宙港の町”肝付町 - 「民間ロケットも打ち上げたい」町長が描く未来

2024年3月27日(水)7時3分 マイナビニュース

山崎直子さんと町の未来を語る「きもつき宇宙フェス」
最近、日本各地に宇宙港が増えている。北海道・大樹町のHOSPO(北海道スペースポート)ではインターステラテクノロジズが数年前から観測ロケットを打ち上げてきたし、和歌山県串本町のスペースポート紀伊からは3月13日にカイロスロケット初号機が打ち上げに挑戦した。
一方、日本の“元祖”宇宙港と言えば、鹿児島県肝付町にある宇宙航空研究開発機構(JAXA) 内之浦宇宙空間観測所だ。日本の「宇宙開発の父」と呼ばれる糸川英夫博士が新発射場の建設地を捜し歩く中で、大隅半島の東端にある内之浦にたどり着いたのが1960年。太平洋に向かって用を足しているとき、「ここだ!」と叫んだと語り継がれる場所である。
当時「陸の孤島」と呼ばれた内之浦での射場建設は困難を極めたが、地元婦人会などの献身的な協力を得て、1962年に東京大学 生産技術研究所附属の鹿児島宇宙空間観測所(KSC)としてオープン。1970年2月11日、日本初の人工衛星が飛び立ち、地元への感謝を込めて「おおすみ」と名付けられた。種子島が「世界一美しい発射場」なら、内之浦は「世界一愛される発射場」と呼ばれる。
だが最盛期と比べれば、内之浦からのロケット打ち上げ頻度が減っているのも事実。「宇宙のまち」の元祖として約60年の歴史と実績がある肝付町は、今後どんな方向に舵を切るのか。
おおすみの打ち上げから54年目にあたる2024年2月11日、肝付町で「きもつき宇宙フェス」が開かれ、のべ約2000人以上の宇宙ファンが集結。山崎直子宇宙飛行士が「肝付町の未来予想図」をテーマに講演し、参加者と意見交換を行った。さらに永野和行肝付町長へのインタビューと合わせて、肝付町の未来予想図を探る。
○山崎直子宇宙飛行士「実際の宇宙にふれられる本物体験を」
父親が肝付町に隣接する鹿屋市出身という山崎直子さん。現在は内閣府の委員として政策面から宇宙に関わるほか、宇宙と地球をつなぐ「Space Port Japan(スペースポートジャパン)」の代表理事、さらには宇宙教育など、さまざまな活動を行っている。
山崎さんは講演内で、まず宇宙開発の最近のトレンドを紹介。例えば「国の政策文書である宇宙基本計画の『宇宙輸送に関わる制度環境の整備』でスペースポート(宇宙港)が位置付けられ、地方創生の観点も大事と書かれている」と話す。また、国内で計画中のものも含めてスペースポートは6か所あるが、宇宙港は「宇宙と地上をつなぐ、地域の街づくりそのもの」と語りかける。
世界でもスペースポートは増え続けていて、米国で14か所、英国で2か所あるという。大分県は水平型スペースポート実現を目指している中、宇宙港のある英・コーンウォールの高校と国東高校の生徒がオンラインで宇宙をテーマに交流した。「国を超えて交流が広がっていくといい」と山崎さんは期待する。
さらに、宙ツーリズムが2018年に約1万人を対象に行ったアンケートについて、興味深い結果が披露された。プラネタリウムを見に行ったり、日食や月食を観測したりなど、実際に宇宙や天文に関して行動を起こした人は約850万人と推計されたといい、“行動してはいないがやってみたい”と回答した人が約4000万人と、国民の3人に1人ほどのニーズがあることがわかってきたという。また、ロケット打ち上げを実際に見た人は3.8%だが、見たいと答えた人は33%。「ロケット打ち上げを見たい人を受け入れられる場づくりも必要」と山崎さんは指摘する。
そして、山崎さんが重要と考えるのは人材育成や教育だ。今回初めて実施された「きもつき宇宙フェス」では、全国から11の高校が集まり「宇宙甲子園 缶サット部門全国大会」が開催された。全国大会には、地元・肝付町にある鹿児島県立楠隼(なんしゅん)高校の宇宙部も、地方大会を勝ち抜き参加。山崎さんは「(実際の)宇宙に触れられるのが肝付町の大きな魅力。本物体験がもっとできるようになるといい」と呼びかけた。
○来場者と共に考える「肝付町の未来像」
山崎さんの基調講演に続き、「肝付町をわくわくする宇宙の町にするには、どんなものがあったらいいか」をテーマに来場者から意見を募ると、次々と手が上がった。
例えば「宇宙体験ができる宿泊施設が欲しい。無重力を体験してみたい」という意見は、地元・肝付町の参加者から。山崎さんは「航空機で高度を上げた後に急降下させたり、プールの中で重りを付けてバランスをとったり、下から空気を出して浮いているような感覚を作ることもできる」と、無重力体験の実現にさまざまな方法があることを紹介した。「無重力が体験できたら、他県や世界からも肝付町に泊まりに来てくれるかもしれない」と、進行役を務めた“宇宙キャスター”の榎本麗美さんも興味津々の様子だ。
鹿児島市からの参加者からは「地元の特産品を作った宇宙食をもっと売ってほしい」とリクエストが寄せられた。「肝付町は農林水産業の町ですから、おいしいものがいっぱいあります。アイデアをぜひ頂きましょう」と永野町長が答えると、山崎さんは「福井県の高校生が開発した地元の鯖缶が宇宙日本食になり、宇宙飛行士が実際においしいと食べています」と実例を紹介。食を通じることで宇宙が身近になり、地域活性化にもつながりそうだ。
「ISS(国際宇宙ステーション)にドッキングできる自家用ロケットを開発してほしい」という小学生からの意見が飛び出すと、山崎さんは「皆さんが大きくなるころには、民間の宇宙ステーションや宇宙ホテルができているでしょう。肝付町で本物体験をした人たちが育って産業が集積することで、大きな夢に向かっていけるといいですね」と後押しした。
続いて東京の大学で街づくりについて学んでいるという大学生からは「宇宙と地方創生を具体的にどうやって結びつけるのか」という質問が寄せられた。「地域に根差した特色のあるやり方がいい。例えば肝付町は射場があるのが大きな強み。本物体験ができる体験型のツーリズムに、特産品を使って食を絡めれば相乗効果が期待できます。いろいろな人たちとコラボしていくことがすごく大事」という山崎さんの回答に、大学生は新たな気づきを得たようだった。
会場には、地元肝付町だけでなく、鹿児島県内、九州の他県、本州から駆け付けた人も参加し、活発な意見交換が行われた。元祖宇宙の町・肝付町への期待の高さが感じられた一幕である。
●永野和行肝付町長にインタビュー
○「人材育成のためにも、ロケットをどんどん打ち上げたい」
今回、改めて永野和行町長に、肝付町の魅力、パイオニアとしての歴史、未来への戦略を尋ねた。まず、永野町長ご自身は子供のころ、発射場をどんな風に見ていたのか。
「私は当時、内之浦町の隣の高山町(のちに合併して肝付町に)に住んでいました。小学生の時に内之浦町に発射場ができて、父親と一緒にバスに乗って1日がかりで訪ねたのを覚えています。舗装もされていないぐねぐねした道で、現在射場があるところは水道も電気も通っていない。まさに『陸の孤島』でした。なんて遠いんだろうと。でも、婦人会をはじめ皆さんが頑張って射場建設が進められたんです。」
苦労を共にしただけあって、地域の方たちと宇宙関係者のつながりが深い。「射場と共に始まり、射場と共に生きてきた町」だと永野町長は表現する。そして、それが町の誇りなのだと。
「おおすみの打ち上げ成功まで4回続けて失敗しましたが、『次があるから』と励ましてきた、その精神は代々引き継がれています。打ち上げで先生方が肝付町に泊まりに来られると、『おかえりなさい』と出迎える。みんなで魚を焼きながら酒を酌み交わしたり、歌ったり踊ったりテニスやソフトボールをしたりと、交流が濃かった。打ち上げの時には千羽鶴をもって婦人会が射場を訪問するなど、町のみんなで応援しています」。
そんな発射場の町も、ロケットを取り巻く状況が変わるにつれて変化を強いられた。「M5ロケットが引退して打ち上げの頻度が減ると、徐々に町が寂しくなってきたのが現状です。ただ、その後イプシロンロケットが出てきて、(日本や世界で)宇宙というキーワードが大きく取り上げられるようになり、にわかに動き出してきたのを肌で感じます」と町長は語る。
2024年2月、政府の宇宙政策委員会は民間企業や大学などの宇宙技術開発を支援する総額1兆円規模の「宇宙戦略基金」を活用し、2030年代前半に国と民間合わせて年間約30機のロケットを打ち上げるという目標を発表した。その実現には、必然的に発射場が必要になる。すでにロケット打ち上げに必要な射場などのインフラと実績を持ち、漁業関係者はじめ地元の協力体制が築かれている肝付町には、大きなアドバンテージがあると言える。
○一番力を入れるのは「人材育成」、いずれは民間ロケット打ち上げも
そんな背景から、永野町長は「これからの10年、20年で世の中ががらりと変わっていく」と予想する。そして今後10年で最も力を入れたいのは「人材育成」だと力説。「ロケットだけでなく人工衛星、衛星データを活用した農林水産業や医療など、さまざまな分野で宇宙が注目されています。宇宙人材を育成しなければ、世界と太刀打ちできない。その先鞭をつけていけるのは、射場のある町・肝付町だと思っています。」
人材育成や教育と言えば、肝付町には鹿児島県立楠隼中高一貫教育校がある。2015年の開校にあたって、JAXAと鹿児島県教育委員会が協定を結び、宇宙航空教育活動推進モデル校に指定された。JAXA職員や宇宙飛行士、大学教員らが「宇宙学」の授業を行っているといい、近くに発射場があるだけに、本物の宇宙教育が売りのひとつだ。
永野町長は人材育成で、具体的にどんなことを目指すのか。「民間ロケットもここから打てるようにしたい。それが人を育てます。現在も鹿児島大学と包括連携協定を結んで、鹿児島ロケットを打ち上げています。ただしJAXA宇宙空間観測所は使えないので、辺塚海岸から。漁協と協議をしながら打ち上げています。」
2月28日には、鹿児島大学が県内の企業などと開発している鹿児島ロケットの5号機が、辺塚海岸から打ち上げに成功した。見据える目標は超小型の人工衛星を打ち上げられるロケットだ。
永野町長は鹿児島ロケットの打ち上げ実績をもとに、今後、多くの大学や民間企業と連携し、肝付町からロケットを打ち上げていきたいと考えている。鹿児島ロケットも今後、打ち上げ高度が上がっていけば、本格的な発射台が必要になるという。それならJAXAの発射施設は使えないのだろうか。
「安全審査などがあり、何でも打ち上げるわけにはいかない。(安全基準などの)ハードルが高いのも理解しています。ただ、その基準をクリアするためにはどうしたらいいか、車の車検のように『これをクリアしたら打てますよ』という基準を明示してもらえたらいい。」
ただし、国との話し合いに時間がかかるようなら、「別の選択肢も視野に入れている」という。「あまりに時間がかかるようなら、射場を新たに作るぐらいの覚悟を持って取り組んでいかないと、どんどん遅れをとっていく気がします。約60年前、肝付町に糸川博士が来られて地元の人々と射場を作り上げた歴史がある。ロケットが打ちあがると関係人口が増えるという盛衰を肌で感じてきた町。(新しい射場も)きっちり話をしながら進めていける」と永野町長は自信を見せた。
日本で一番長いロケット打ち上げの歴史があり、「世界で最も愛される射場」が、全国の学生や民間にもロケット打ち上げの場を開こうとしている。未来の宇宙開発を担う人材が肝付町で経験を積み、羽ばたくかもしれない。今後の肝付町の進化に注目、期待したい。
林公代 はやし・きみよ 福井県生まれ。神戸大学文学部英米文学科卒業。 日本宇宙少年団・情報誌編集長を経てライターに。世界のロケット発射、すばる望遠鏡(ハワイ島)、アルマ望遠鏡(南米チリ)など宇宙・天文分野の取材・執筆歴20年以上。 この著者の記事一覧はこちら

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