“努力せず簡単に手に入る”高カロリー食品だと快楽は低下、肥満になりやすい マウス実験で検証
2025年4月9日(水)8時5分 ITmedia NEWS
実験デザイン
マウスに対して、通常の食事に高カロリー食品を与えると高カロリー食品を好む。一方、無努力で高カロリー食品を長期間食べ続けられる環境に置くと高カロリー食品への関心は通常食のマウスよりも低下していた。この不思議な行動変化の背後にある脳内メカニズムを調べるため、研究チームは報酬系に関わる脳領域に注目した。
脳には報酬や快楽を処理する領域があり、その中心となるのが側方側坐核(NAcLat)と腹側被蓋野(VTA)という部位を指す。研究チームはこの神経回路の活動を記録し、通常食のマウスでは高カロリー食品を食べているとき、この回路の神経細胞が活発に発火することを発見。しかし高脂肪食を長期間与えられたマウス(以下、長期高脂肪食マウス)では、同じ食品を食べているときの神経活動が大幅に低下していた。
さらに研究チームは光遺伝学という特殊な技術を用いて、この神経回路を直接刺激する実験を行った。通常食のマウスではこの刺激によってジェリーなどの高カロリー食品の摂取量が明らかに増加したが、長期高脂肪食マウスでは同じ刺激を与えても摂取量に変化がなかった。興味深いことに、長期高脂肪食マウスを通常食に戻すと、約2週間で神経回路の反応性が回復し始めた。
分子レベルの分析により、この快楽価値の低下に関わる変化の鍵を握るのがニューロテンシンという神経伝達物質であることが判明。ニューロテンシンは、側方側坐核から腹側被蓋野へと伝達される信号物質で、食欲や報酬感覚の調節に関わっている。長期高脂肪食マウスではこのニューロテンシンの発現と放出が大幅に減少していた。
研究者らはさらに、側方側坐核でニューロテンシンを遺伝的に除去したり、腹側被蓋野でニューロテンシン受容体をブロックしたりすると、光遺伝学による高カロリー食品摂取の促進効果が消失することを確認した。
最も重要な発見は、長期高脂肪食マウスの側方側坐核→腹側被蓋野経路でニューロテンシンを過剰発現させると、体重増加の抑制、高カロリー食品への快楽価値の回復、運動量の増加など、肥満に関連するさまざまな症状が改善されたことだ。このニューロテンシン過剰発現マウスは、通常の長期高脂肪食マウスと比べて体重増加が少なく、運動性も高かった。
Source and Image Credits: Gazit Shimoni, N., Tose, A.J., Seng, C. et al. Changes in neurotensin signalling drive hedonic devaluation in obesity. Nature(2025). https://doi.org/10.1038/s41586-025-08748-y
※Innovative Tech:このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。X: @shiropen2