東工大、PaCS-MDシミュレーションを容易に実行できるツールキットを公開

2024年5月14日(火)17時15分 マイナビニュース

東京工業大学(東工大)は5月13日、多数の「分子動力学(MD)シミュレーション」を実行し、上手く行った状態から条件を変えてシミュレーションを再実行するサイクルを繰り返すことで、長時間現象を短時間の計算で観察できる「並列カスケード選択分子動力学(PaCS-MD)シミュレーション」を容易に実行できるツールキット「PaCS-Toolkit」を開発し、公開したことを発表した。
同成果は、東工大 生命理工学院 生命理工学系の生澤真司大学院生(研究当時)、同・堀立樹大学院生、同・テガル・ウィジャヤ大学院生、同・チャン・フ・ズイ助教、同・北尾彰朗教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行する生物物理学・生化学・生体材料・ソフトマターなどに関する全般を扱う学術誌「The Journal of Physical Chemistry B」に掲載された。
MDシミュレーションなどの分子シミュレーションは、タンパク質や核酸、水、イオンなどからなる分子システムの立体構造やエネルギーが時間に沿って変化していく過程を、原子を最小単位としたモデルを使ってコンピュータ上で観測する計算法であり、生体分子が働く仕組みの解明や、生体分子に結合して薬として作用する分子の設計などにおいて、重要な役割を果たしている。しかし、MDシミュレーションで観察可能な時間は長くてもマイクロ秒からミリ秒程度であり、仮にスーパーコンピュータを使ったとしても、それより長い時間をかけて起こる現象を観察することはできないという。
そうした中、2013年に開発されたPaCS-MD法は、複数のシミュレーションを同時に実行して、その中であらかじめ設定した目標に最も近づいた瞬間を複数探し出してランキングし、ランクが高い瞬間に戻り、少し軌道を変えてシミュレーションを再実行するというサイクルを繰り返すことで、本来はまれにしか起こらない現象の発生確率を飛躍的に向上させることが可能となった。つまり、現実には長い時間がかかる現象が、短いシミュレーション時間の中で観察できるようになったのである。そしてPaCS-MD法で得られた結果を、状態間の遷移確率を推定する解析法である「マルコフ状態モデル法」で解析することで、シミュレーションで得られた大量の断片的な情報を統合し、現象が発生する確率や発生に要する時間など、さまざまな量を計算することが可能となった。
たとえば、多くの医薬品のターゲットとなっている「Gタンパク質共役型受容体」から化合物が解離していく過程を題材とすると、PaCS-MDシミュレーションでは、シミュレーション上の時間で、現実の約1000億分の1となる3ナノ秒以内に化合物を解離させることができるという。これが通常のMDシミュレーションの場合、同解離現象を観測するには、上述の結果の約1000億倍の計算時間が必要であり、不可能だ。また、結合の強さを示す標準結合自由エネルギーの計算では、得られた計算値は実験値とよく一致することなども確認された。
このように非常に有効なPaCS-MDシミュレーションだが、それを実行するには、異なる条件で複数のMDシミュレーションを実行し、上手くいった状態の情報を抽出するなど、複雑な制御を行うプログラムを作成する必要があることが大きな課題だったという。そこで研究チームは今回、さまざまな計算機環境にPaCS-MDシミュレーションを容易にインストールかつ実行できる「PaCS-Toolkit」を開発し、公開することにしたという。
PaCS-Toolkitには、さまざまな種類のPaCS-MDシミュレーションを実行するためのツール一式が含まれており、インストール先として、スーパーコンピュータ、GPUやPCクラスタなど、さまざまな計算機環境での最適化もなされているという。GPLv3ライセンスの下で複数の実行例と共にGitHubから配布されており、同時に提供されている入力を使えば、PaCS-MDシミュレーションを容易に始めることができるという。さらに、Python3でコード化されているので、プログラミングの知識があれば改良することも問題ないという。
PaCS-Toolkitにより、PaCS-MDシミュレーションの利用が容易になり、生体分子の働く仕組みといった基礎研究から、薬剤の設計や効果の予測などの応用研究までを加速させることが期待されるという。研究チームは今後、これまで実装されていなかったPaCS-MDの改良版や、得られた結果を解析するためのツールを追加していく予定としている。

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