サンフレッチェ広島レジーナ、WE史上最多観客2万人超というスタート地点 近賀ゆかり「広島なら女子サッカーで満員にできる」
2025年3月12日(水)17時8分 サッカーキング
WEリーグ最多動員を記録した [写真]=WE LEAGUE
黄色の花を咲かすミモザの日としても知られる『国際女性デー』の3月8日、サンフレッチェ広島レジーナはSOMPO WEリーグ第13節で三菱重工浦和レッズレディースをホームに迎えた。昨年末のクラシエカップで2連覇を達成したS広島Rは、今年最初のホームゲームを『自由すぎる女王の大祭典』と題して開催。観客動員1万人以上を目指すプロジェクトを立ち上げて、選手たちが様々な企画を進めてきた。
S広島Rの過去最多観客数は昨季ホーム最終戦で記録した6305人。WEリーグの最多記録では2022年5月14日に国立競技場で開催されたINAC神戸レオネッサ対浦和戦の1万2330人だったが、S広島Rが今回の試合で約8000人も上回り、初の2万人超えを達成。選手たちの努力が実を結んだ結果だった。
「最初は不安もあったし、1万人入ることの大変さや壁も感じたけど、地道にやり続けていくうちにだんだんと数字が見えてきた。今までレジーナを知らなかった人たちから『試合に行ってみようと思います』という声をすごくいただいたし、本当にいろんな方々が今回のプロジェクトで力を貸してくださった。周りの方々のありがたみをすごく感じました」(瀧澤)
▪️選手主体のプロジェクト
『自由すぎる女王の大祭典』は、選手の「WEリーグやレジーナをより多くの人に知ってもらいたい」という思いから始まった。選手たちは、試合当日のイベントや演出を担当する『お祭り実行委員会』、地域住民や関係者との交流を担当する『地域に根付く委員会』、SNSや告知活動などを担当する『サポーター共同委員会』に分かれ、試行錯誤しながらプロジェクトを進めてきた。
『お祭り実行委員会』のリーダーを務めたキャプテンのDF左山桃子は、チームメイトの取り組む姿を振り返って、「一人ひとりがチームのために何をしたいか、何をしなきゃいけないかを話し合いながら準備してこられた。こんなにチームのためにできる選手たちはレジーナしかいないと私は思っている」と力強く語った。
サポーター共同委員としてSNSでの発信に力を入れたDF塩田満彩は、「みんなが楽しんでくれる動画を作ろうと思ったら、まず自分たちが楽しむことが大事だし、選手から出てくるアイディアも楽しいことばかりだったので撮影はすごく楽しかった。それを自分で編集するとなると、今までやったことがなかったので、1分の動画でも自分は最初2時間ぐらいかかったのですごく大変だった。でも、それも選手と一緒に練習後に時間を作ってやっていて、その時間も楽しかったです」と活動を振り返った。
SNSだけではなく、選手たちはスポンサー企業や地元の学校など約90拠点を訪問。ポストカードの配布や交流を図り、広島の街に出て地元地域との接点を増やしていった。
「次の日も朝から練習がある中でチラシ配りをやって、チラシを出しても受け取ってくれない方ももちろんいたので、ちょっとメンタル的に悲しい時もあったけど、受け取ってくれて『いつ試合なの?』と話しかけてくださる方もいて、興味を持ってくれていることを感じられてうれしかった。友達とか会社の人にも渡したいから何枚かくださいって言ってくださる方も多かったし、選手が企業に訪問することで喜んでくださることが多かった。いろいろな方が温かく迎えてくれて、こちらもやりやすい環境を作ってくださって、温かみをすごく感じました」(塩田)
選手と出身地のつながりも形になった。広島県東部にある福山市出身のMF早間美空は1月に同市役所を訪問。そのニュースが地元の『おひるねアート』の講師の目に留まったことがきっかけでイベントが実現した。おひるねアートは、赤ちゃんに背景や小物をつけて撮影するアート写真。会場では『自由すぎる女王』をテーマに撮影会が行われ、参加者はパーティ席で試合も観戦した。地域に根付く委員の早間は、「普段は広島で活動していて、福山は少し遠くて今まであまり交流がなかったので、こういう機会でやっと福山と関わりができたのでよかった」と笑顔で話した。
今回の活動は選手主体とはいえ、クラブ、地域、スポンサー企業など周りの協力やサポートがなければ成り立たなかった。塩田は、「選手が主体となって動いてはいたけど、選手以上の人数のスタッフの方々が裏で動いてくださったことにすごく驚きがあった」と感謝を込めて話した。まず選手が先頭に立って自由な発想で走り、楽しむ姿を見せたからこそ、より多くの人を巻き込むことができ、想像以上の盛り上がりを生んだはずだ。
「特に若い選手のすごさを感じた」と活動に取り組む若手のパワーを実感していたDF近賀ゆかりは、「プロチームでここまでやるのは、あまり聞いたことがないし、自分も経験なかった」と振り返り、ピッチ外での活動の重要性を語った。
「以前、中村憲剛さん(現・川崎フロンターレ リレーションズ オーガナイザー)に話をした時にフロンターレは地域の活動も盛んで、それを前提でフロンターレに入ってくるし、チームにもそれが根付いていると聞いたことがある。だから、やっぱりプロ選手はもちろんサッカーが大事だけど、サッカーだけではなくて、そういうもの(地域の活動)も担っていると思う。今回みたいな規模をいつもできないとは思うけど、地域に根付くための行動は必ず必要になる」
プロジェクトの活動をしていく中でチーム内にも好影響が生まれていた。もともと「仲の良さ」はS広島Rの売りの1つだが、塩田は、「チームがもっと仲良くなったような気がします。委員会は3つあってそれぞれで行動していたけど、自分たちのSNSグループで撮影するときにはみんなの力を借りないといけなかったし、撮影を通じてチームの中でも関わりが少なかった人とも関われるようになったので、チームの団結感はすごく高まった」と明かした。
▪️WEリーグ新記録達成
迎えた大祭典の当日、先着1万人に配られた選手考案の『レジーナ大祭典ハッピ』を着たサポーターたちで紫に彩られた。会場にはS広島R初期メンバーで昨年現役を引退した谷口木乃実氏と増矢理花氏も来場。谷口氏は自身のたこ焼き店『たこ乃みん』を出店し、増矢氏は自身が働くカフェのコーヒーを提供して、古巣のサポーターたちとふれあった。他にもサッカー系YouTuberのLISEM(リゼム)や、近賀と世界で戦った元なでしこジャパンの海堀あゆみ氏、鮫島彩氏、阪口夢穂氏などがゲストで登場。広島県を拠点に活動するスポーツチームも参加して体験ブースで来場者と交流し、お祭りを盛り上げた。
ただ、試合前から長蛇の列ができて入場に時間がかかる問題も起きていた。S広島Rの試合では通常1つの入場ゲートだけ使用されており、今回の大祭典も同様の対応だった。そこにクラブの想定を超える人数が来場し、さらに来場者プレゼントのハッピを平等に渡すことを優先したため入場時に長すぎる行列が発生。ハッピを配り終えたあとに別のゲートも開放して対応されていた。クラブ広報は「ご来場いただいた皆さまにご迷惑をおかけして大変申し訳ございませんでした。今後は1万5000人を超える来場者が見込まれる場合やギブアウェイ企画実施の際に、ゲートの開放やレーン増加の対応を徹底いたします」とコメントし、今後の教訓としている。
入場時に問題はあったものの、観客数はプロジェクト目標の倍を達成。スタジアムは普段解放されていないバックスタンドを含めて全体が紫に染まり、浦和サポーターの少数とは思えない熱い声援も響く中、2万156人がWEリーグの新たな歴史を作った。
GK木稲瑠那は、「まさか2万人も入るとは思っていなかった。不安もあったけど、入場してから紫に広がるスタジアムの景色は初めての経験だった。バックスタンドもたくさんの方に入って、上の方まで入っているのも初めてだった。このスタジアムで2万人を超えるサポーターの方々の前で試合ができたのは、自分の中ですごく誇らしいことです」とうれしそうに話した。
▪️守れる自信と攻撃への課題
試合は気迫ある攻撃を続ける浦和と強度の高い守備で応じるS広島Rの攻防となった。S広島Rは押し込まれる展開が続いたが、ホームの声援を後押しに最後までゴールを許さず、2試合連続のスコアレスドローで終わった。
好セーブ連発でクリーンシートに貢献した守護神の木稲は、「押し込まれるのはチームの共通意識としてあったので、自分はクロスとシュートストップのところで自分の責任をやり通すことを意識していた」と準備してきたプレーを出し切り、「シュートを打たれる場面も多かったけど、(チームとして)大きく崩された印象はあまりなかった」と守備の手応えを口にした。
強敵浦和を初めて無失点に抑えて価値ある勝ち点1をつかんだ。フル出場した塩田は、「選手の中で恐れずに前から(相手選手に)寄せていこうと話しながらできたのはよかった」と話し、「0に抑えれば、負けることはないと監督からも話があったので、守備陣としては0に抑えられたことをポジティブに捉えたい」と胸を張った。
ただ、チーム一丸の好守が光った一方で、攻撃ではアグレッシブさが影を潜めた。浦和の厳しい守備に阻まれてシュートまでつながらないシーンが多く、カウンターやコーナーキックで作った少ない決定機も活かせなかった。
FW上野真実は、「相手の強さに圧倒された部分もあったし、守備に回る時間帯が多くて、そこを跳ね返せられなかった。数少ないカウンターのチャンスを作ることはできたけど、そこでしっかり決められなかったのが結果につながった。押し返す力や追い越していく動きをもっと増やしていかないといけないし、守備から攻撃の切り替えをもっと早くしないといけない」と振り返った。
フル出場した塩田は、「強い相手に対して守備に重くなりがちだけど、そこから1つ、2つ前に出る選手が増えていけば、攻撃に厚みを作れると思うので、相手よりも走ることがまず1番だと思う」と指摘。途中出場した瀧澤は、「フォーメーションや選手も結構入れ替わって、そこで噛み合ってない部分が多かった。後手を引いて受け身になってしまう部分も多かったし、もっとみんなが貪欲にゴールに向かう前向きな姿勢を90分通して出さないと点は取れないと感じた」と課題を口にした。
今季から吉田恵監督のもとで磨いてきた守備力を活かし、強い相手に対しても「負けない試合はできる」という自信を証明するようなゲームだった。その一方で、得点できなければ、勝利という結果がついてこないのも事実。決定機を逃した上野は、「最高の雰囲気を作っていただいたからこそ、勝利を届けたかったのが正直な気持ちです」と悔しさを滲ませた。
S広島Rが順位でも観客数でも上を目指すには勝利という結果が不可欠。瀧澤は、「前節も勝てていないし、今回も2万人が集まった中で勝てないのはまだまだ実力不足だと思う。チームとしてプロジェクトを通してまた1つになれたと思うので、あとは結果にフォーカスして観客数を増やすことも求めていかないといけない」と勝利へ奮起した。
WEリーグ史上最多記録という快挙も強敵相手に無失点で終えた試合も、S広島Rにとってさらなる高みに向けたスタートラインに過ぎない。
▪️サンフレッチェ広島レジーナは創設4年
大祭典のちょうど4年前の2021年3月8日にS広島Rは誕生した。コロナ禍で始動し、広島広域公園第一球技場での初戦に集まった2153人の観客とともにスタートを切った。最初の2シーズンはホーム戦20試合で入場者数合計2万3221人。観客が1000人以下の試合も珍しくはなかった。それでも、ゼロからスタートしたチームは少しずつ成長を続けて、4年間で2度のリーグカップ制覇を成し遂げ、節目の日に新スタジアムで2万人を超える観客の前でプレーした。
初期メンバーの塩田は試合前日、「1年目はコロナの影響もあって声出しもダメで手拍子だけだったときもあったし、お客さんが入らないことが続いた時期もあった。その時期を経験しているからこそ、今の環境がすごくありがたいし、そういう時期から応援してくださっている方も必ず見に来てくれていると思うので、感謝の気持ち忘れずに戦いたい」と感慨深そうに話し、「ひたむきに戦う姿を見てほしい」という言葉どおりにピッチで奮闘する姿を見せた。
チームを引っ張ってきた近賀は試合当日、4年間を振り返って「濃い時間だった」と笑いつつ、「広島という地に来ることは想像もしていなかったけど、ここに来てスポーツの街でサッカーをできている幸せを毎日感じている。だから、もっとレジーナが根付いて、広島に元気を与えるような存在になっていけるように頑張っていきたい」と決意を新たにした。
昨季の後半戦に新スタジアムへと本拠地を移したS広島Rは、これまでEピースで開催されたリーグ戦13試合で1試合平均3446人を記録。その約6倍の観客数を集めた大祭典は、新たなファン・サポーターを増やす種まきの場でもあった。
近賀は、「これはゴールじゃなくてスタートだと思っている。この試合にどういう人が来て、どういう人が帰ってきているのかを見極めることが次のステップとして大事だと思う」と指摘し、「いっぱい関わってもらったり、1回接してもらったりした方が、応援してもらえると思っている。まずは来てもらうことが1番大事だし、諦めない姿を見て元気をもらってほしい」と話した。
瀧澤は試合後、「選手はいろいろ考案してやってきたけど、その努力を継続的にやり続けないと、まだまだ人は入らないのかなという現実も感じました」と厳しく受け止め、「選手が発信して、レジーナのことを知らない方々にまず知ってもらうことは1番継続しないといけない。みんなそれぞれSNSがあるし、今はSNSが重要視されていると思うので、継続的にやり続けていきたい」と今後の活動に意欲を示した。
WEリーグ最西の地で2万人超えの観客動員。その大きなインパクトは、広島から女子サッカーをリードする文化を作っていけることを示したはずだ。近賀も試合前日、「よくヨーロッパとか海外で何万人入ったというニュースが流れてくるように、日本でもそういう試合があることを世界に知ってほしい。そういった意味では、本当にWEリーグを引っ張っていくスタートなるはずです」と期待を込めていた。以前からも「レジーナがWEリーグをずば抜けて引っ張っていく責任がある」と力強く話していたが、それは広島という地の可能性を信じているからこそ。
「レジーナが創設されて初めての記者会見の時に多くのメディアの方、いろんな方に来ていただいて、女子サッカーをこれだけ注目してもらえることにまず驚いたのが、最初の広島へのインパクトだった。まだ認知度が足りていない課題はあるけど、これだけのスピードで浸透していっているのは広島だからだと感じている。単純に声をかけてもらうことも多いし、自分が近賀ゆかりだということも幅広い人が知ってくれていて、それは他県じゃあまりないことだと思う。自分だけじゃなくて、『昨日勝ったね』、『次頑張ってね』と言ってくれて、レジーナの結果も知ってもらっている。スポーツが本当に身近にあるからこそ、女子サッカーがスタジアムを満員にできるポテンシャルを持っている地だと思っています」(近賀)
2025年3月8日、広島で紫の花が咲いた。さらに地元地域に根を張り、WEリーグの頂点で満開に咲き誇る日を目指して地道な取り組みは続いていく。5年目に突入したサンフレッチェ広島レジーナが新たなスタートを切った。
取材・文=湊昂大