欧州で広がるセットプレー専門コーチ。Jでもスタンダードに?
2025年4月21日(月)16時0分 FOOTBALL TRIBE

UEFAチャンピオンズリーグ(CL)準々決勝で、プレミアリーグのアストン・ビラは、パリ・サンジェルマン(PSG/リーグ・アン)を相手に2戦合計4-5で敗れるも、4月16日の第2戦は終始オープンな展開でカウンターの応酬となり3-2で勝利した。
ビラをCL8強に導き、リーグ第33節終了時点で欧州カップ戦出演圏内の6位に押し上げている強さに秘密の1つに、セットプレーでの得点の多さが挙げられている。2021シーズンからビラでセットプレー専門コーチを務めているのは、スコットランド人のオースティン・マクフィー氏だ。
現役時代は、ルーマニア3部のダチア・ウニレア・ブライラ(2002-2003)、そして当時JFLで現在東海1部のFC刈谷(2003–2006)でプレーし、そこでスパイクを脱いだ(27歳で引退)マクフィー氏は、アマチュアチームや下部リーグのクラブで指導者経験を積み、北アイルランド代表アシスタントコーチ(2014-2021)、スコットランド代表アシスタントコーチ(2021-2024)、ポルトガル代表アシスタントコーチ(2025-)を務める傍ら、デンマーク・スーペルリーガのミッティラン(2020-2021)で、セットプレー専門コーチとして招かれ指導力が開花した。
ここでは、欧州で広がるセットプレー専門コーチについてまとめ、Jリーグにおける状況と比較考察してみよう。

欧州全ゴールの約30%がセットプレーから
欧州サッカー界においては、全ゴールの約30%がセットプレーから生まれていると言われており、その重要性は年々高まっている。プレミアリーグでは、全20クラブのうち13クラブがセットプレー専門コーチを置いている。
以下は、プレミアリーグ2024/25シーズン第33節終了時点の、セットプレーからの得点10傑だ。これらのクラブの全てがセットプレー専門コーチを雇用している。
プレミアリーグ、セットプレーからの得点(2024/25第33節終了時点)
- アストン・ビラ:14点(全53得点)
- クリスタル・パレス:14点(全41得点)
- ノッティンガム・フォレスト:12点(全51得点)
- アーセナル:11点(全57得点)
- チェルシー:11点(全56得点)
- マンチェスター・ユナイテッド:10点(全38得点)
- ブレントフォード:10点(全52得点)
- エバートン:10点(全34得点)
- ブライトン・アンド・ホーヴ・アルビオン:10点(全51得点)
- トッテナム・ホットスパー:9点(全60得点)
プレミアリーグに限らず、欧州全体に目を移しても既に多くのクラブで導入されているセットプレー専門コーチは、戦術の細分化と専門性の向上により、試合の勝敗にも直結するセットプレーの精度を高める役割を担っている。
上記のプレミアリーグのクラブでも、セットプレー専門コーチが攻撃・守備のスキームを設計し、選手の配置や動きを緻密に指導。データを活用し、相手の弱点を突く戦略を立てることで、得点力や守備の安定性を向上させている。

日本におけるセットプレー専門コーチ
日本サッカー協会(JFA)も2022年、日本代表のセットプレー専門コーチとして、ジェフユナイテッド市原・千葉(2009- 2011、2015-2019)、大分トリニータ(2011-2014)、栃木SC(2020-2021)でコーチを歴任した菅原大介氏を採用した。
菅原氏は2010年にS級コーチライセンス(現JFA Proライセンス)を取得しているが、セットプレーの専門家として、日本代表年代別全カテゴリーのセットプレーに関する分析などを、その任務としている。ベンチ入りしてイレブンに対し直接指示することはないが、セットプレーを分析し、資料を作成して現場にフィードバックする役割がメインとなる。
一方、Jリーグにおけるセットプレー専門コーチの導入は、まだごく一部のクラブに限られている。今2025シーズン、J3のFC岐阜が「セットプレーアドバイザー」として同クラブOBの山内智裕氏を招いたが、あくまで外部スタッフとしての契約だ。
川崎フロンターレや横浜F・マリノスなど、戦術的に先進的なJ1クラブでも、セットプレーに特化したトレーニングやコーチの役割分担が見られるが、欧州のようなセットプレー専門コーチを専門職として配置するにまでは至っていない。
その理由としては、まずは予算面の都合でスタッフの人員が制約されている点、さらにはセットプレーへの戦術的優先度の違いが挙げられるだろう。Jリーグでは、セットプレーからの得点割合が欧州に比べやや低い(約20〜25%=Jリーグ公式データに基づく)傾向が出ていることも理由だろう。

旋風を巻き起こした町田の成功例
しかし、近年ではJリーグでも地殻変動が起き、欧州のトレンドを取り入れる動きが加速している。2024シーズンのヴィッセル神戸は、前年からセットプレーからの得点を倍増(13得点から25得点)させ、リーグ連覇を達成した。また、昨2024シーズン、J1昇格初年度ながら町田ゼルビアも旋風を巻き起こした。
町田では、黒田剛監督を筆頭に、昨2024シーズンであれば金明輝ヘッドコーチ(現アビスパ福岡監督)が、今2025シーズンは有馬賢二ヘッドコーチらがセットプレーにこだわりを持ち、他クラブのサポーターから賛否両論を浴びながらもセットプレーから多くの得点を記録してきた。
練習場である三輪緑山ベースに来場するファンに対し、公開練習であっても練習風景の撮影(動画・静止画問わず)や、紅白戦のメンバーや内容に関するSNS投稿を禁止している町田だが、それでも昨季終盤には他クラブから対策され、今季は逆にセットプレーでの失点も目立つ。
そこで“マイナーチェンジ”を施した町田は、全体の走力を保ちながらも、新加入選手の「個」を生かした得点も多くなっている。セットプレーと流れからの得点双方を生かし、つかみどころのないチームに変貌しつつあるのだ。
こうした成功例を踏まえ、Jリーグでもセットプレー専門コーチがスタンダードとなるかは、そこにリソースを割けるか否かが鍵を握っている。「人件費が足りないから難しい」では、時流に置いていかれることになるのは必至だろう。
これまでの日本サッカーは、その流動性やパスワークが美学とされてきた部分があるが、セットプレーでも美しいパス回しの末で取った得点も「1点」であることには変わりない。欧州の結果至上主義の影響でセットプレー重視の意識が高まりつつある中で、海外で学び、セットプレーに精通したコーチが増えれば、導入が加速する可能性もある。さらに、セットプレーの成功率や分析をデータで可視化する文化が広がれば、専門コーチの価値が認知されるだろう。
現時点、Jクラブにおいてセットプレー専門コーチがスタンダードになるかについては、5〜10年程度の時間を要するだろう。しかしながら、J1で優勝争いするクラブやACL(AFCチャンピオンズリーグ)を目指すようなクラブでは、すでに必須のポジションとなりつつある。欧州の成功例や、Jリーグ内の先進クラブの成果が他のクラブに波及すれば、セットプレー専門コーチは徐々に標準となっていくだろう。