「高校野球を変えたい」開拓者、慶應高・森林監督が就任時から目指した頭髪以上に伝えたかったこと

2023年8月19日(土)6時10分 ココカラネクスト

森林監督率いる慶應高校は19日8時から沖縄尚学高校と準々決勝を戦う(C)ACPHOTO

高校野球界を変えたい

 優勝候補の一角、名門・広陵高校を延長タイブレークの末に6−3で下した時、慶應高校・森林貴彦監督誕生時の言葉を思い出した。15年ぶりにベスト8進出に導いた森林監督が当時、敢えて「甲子園出場」というキーワードをあまり使うことをしなかったのが印象的だった。

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 現代の高校野球指導者の中では異色の経歴を持つ森林監督。慶應義塾普通部から慶應高校、そして慶應義塾大学を卒業後、民間企業でサラリーマンを経験した後、指導者の道を志す。筑波大学大学院でコーチングを学び、つくば秀英高校で高校野球の現場を体感し、筆者が大学4年時の2002年には慶應義塾体育会野球部で臨時コーチとして大学での指導も学んできた。

 そして、現在は慶應幼稚舎で小学校教諭として教壇に立ち、小学三3年生の担任教師を務め、小学校のクラブ活動では野球指導も行っている。高校野球界の指導者として、小学校から大学までの生徒と向き合い学んできた人間は数少なく、今もなお日中は小学生、夕方前からは高校生と向き合っている。そんな指導者は聞いたことが無かった。

 就任時にこんなことを聞いたことがあった。

「森林先生、塾高(慶應高校の略称)の監督になられても幼稚舎教師は続けられるんでしょうか?」

 森林監督は即座にこう答えた。

「もちろん続けますよ。小学校の授業が終わって渋谷区の天現寺交差点から日吉のグランドまで何で行くのが一番早いと思います?電車かな、バス?時にはバイクを使うのも考えないといけないと思ったりしていますよ。僕は教育者ですから。球児だけと向き合う時間だけではありません。小学生と向き合うことによって、グラウンドでは見えないものが見えるようになると思っています。多感で無垢な10歳前後の生徒から得られるものがあります。小学生も高校生もここで終わりではなく、これからの未来が待っていて将来に導いてあげる指導者になりたいと常々考えています」

 監督就任時から“高校野球を角度を変えて観る重要性”や“教育や指導における固定化された概念を時代に合わせて変革する推進力”を重視する森林監督の姿があった。

 通称・蝮谷(まむしだに)と呼ばれる横浜の日吉にある慶應高校のグラウンド。取材に行くと森林監督、赤塚部長、馬場副部長が熱心に指導に当たるという風景は見受けられない。穏やかな表情で100人以上いる部員の姿を“見守る”と言った方が相応しいかもしれない。授業が終わった後の平日の練習メニューもミーティングの内容も選手たちが決めていた。

ボトムダウンではなくボトムアップの指導

 慶應高校の練習風景には、今のチームや自分に足りないものは何か。必要なものは何かを考え、その課題を克服するためにはどんな練習が必要かを考え、時間の使い方を熟慮し、監督や指導者らに報告に来る選手たちの姿がある。

「森林先生、教えないんですか?」

 初めて森林体制の練習風景を見た時、思わず口から質問が出た。

「自分のことは自分が一番わかっているからね。チームもそうです。考えてもらう、考えさせる環境を作る。将来、自分が人生の壁にぶつかった時、自分で未来を切り拓かなければいけない。指導者からのサインや指示を待つことだけに慣れてしまうと“考えること”をやめる可能性があります。慶應高校野球部では登板している投手が自分からゲームの流れ的に体力面を考えて、もうここでマウンドを降りますと言ってくる子がいます。そう言える環境になっています」

甲子園が終わりではなく、甲子園の先に人生はある

 慶應高校が抱えるENJOY BASEBALL。日本語訳は楽しく野球をプレーする、野球を楽しむという意味になる。

「野球を楽しむ為にどうすればいいか。楽しめるようになるには何が必要で、自分たちはどんな努力をすればいいか。これが真の意味のENJOY BASEBALLです」と森林監督は話す。
そこには高校野球の未来が待っている気がする。森林監督就任時に掲げた「高校野球を変える」という言葉。頭髪に関する提言も、甲子園至上主義に対する指導も、トーナメント制の問題点も敢えて口にしてきた。新たな概念を生み出し、高校野球にイノベーションを起こし、球児を希望ある未来に導こうとしている。

 準々決勝で迎えるは大会屈指の好投手・東恩納を擁する沖縄尚学高校だ。慶應旋風が巻き起こることになれば高校野球新時代が見えてくる気がする今大会。50歳、森林貴彦監督の選手を生かす采配、紡ぎだす言葉に注目が高まる。

[文:田中大貴]

田中 大貴 (たなか・だいき)

1980年4月28日、兵庫県小野市生まれ。小野高では2年から4番で打線の主軸を担った。巨人で活躍した高橋由伸氏にあこがれてか慶應義塾大学へ。4年春に3本塁打でタイトルを獲得。フジテレビ入社後は主に報道・情報番組とスポーツを担当。「とくダネ!」「すぽると!」ではバンクーバー五輪、第2回WBC、北京五輪野球アジア予選、リオ五輪キャスターなど様々なスポーツイベントを現地からリポートした。

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