「ディアラ判決」によって日本人サッカー選手の“青田買い”が消滅する!?
2024年11月7日(木)18時0分 FOOTBALL TRIBE
2004/05シーズンに、リーグ・アンのル・アーヴルでキャリアをスタートさせたラサナ・ディアラ氏。チェルシー(2005-2007)、アーセナル(2007-2008)、レアル・マドリード(2009-2012)といったメガクラブにも所属し、2018/19シーズンに所属したパリ・サンジェルマンを最後に33歳で引退。フランス代表としても34キャップを記録している名ボランチで、同国のレジェンドであるクロード・マケレレ氏(2011年引退)の後継者として将来を嘱望されていた。
ディアラ氏は既にスパイクを脱いだが、2014年にロシア・プレミアリーグのロコモティフ・モスクワとの契約解除を巡るトラブルによって、ベルギーの古豪シャルルロワへの移籍が破断になったことについて、FIFA(国際サッカー連盟)を訴えていた。
その判決が今年10月に下され(「ディアラ判決」)今後の移籍ルールの見直しが図られている。考えられる日本人選手への影響を含む詳細を見ていこう。
「ディアラ判決」とは
その内容を説明すると、2014年、ロコモティフが一方的に年俸を減額し、怒ったディアラ氏が練習参加を拒否。2013年に4年契約を結んだものの、1年後の2014年に契約違反を理由に解雇された。
しかし、ディアラ氏は、新天地を探そうにもFIFAが定める移籍ルール「RSTP(Regulations on the Status and Transfer of Players:選手の地位と移籍に関する規則)」によって、契約違反を犯したのは練習を無断欠席したディアラ氏側であり、移籍が成立したとしても、ディアラ氏本人若しくは移籍先のクラブが契約解除金(いわゆる「移籍金」)を支払う義務が生じるという現実に直面する。
FIFAとCAS(スポーツ仲裁裁判所)は、ロコモティフ側の主張を支持。ディアラ氏は1,000万ユーロ(当時のレートで約12億円)もの罰金処分を受けた。さらにシャルルロワから興味を示されていたものの、ロコモティフおよびFIFAが移籍証明書の発行を拒否して移籍は叶わず、2015年にようやくオリンピック・マルセイユ入りするまで、約1年間にもわたる浪人生活を強いられた。
ディアラ氏はFIFAが定めた移籍ルールが、EU(欧州連合)法が定める「職業選択の自由」に反していると主張し、欧州司法裁判所(ECJ)に提訴。そして先頃、ECJはFIFAに損害賠償請求を求めたディアラ氏を支持する判決を下したのである。
移籍マーケットに大きな影響を及ぼす理由
FIFAのルールでは、フリーエージェントとなった選手と契約するクラブは、正当な理由がなく契約が解除されていた場合でも、前所属チームに移籍金を支払う責任を負うとされていた。
しかしECJは、ロコモティフおよびFIFAが国際移籍証明書の提出を拒否したことについて、ディアラ氏が貴重な選手生活を無為に過ごさざるを得なくなっただけではなく、「FIFAの規則が新たなクラブに移籍したいと望む選手の自由な移籍を妨げている」と断じた。
ディアラ氏自身は既に引退しているため、これによって損害賠償以上の大きな何かを得たワケではない。ところがECJのこの判断が、今後の欧州での移籍マーケットに大きな影響を及ぼすのではないかと言われている。
その理由として、前述したFIFAの「選手の地位と移籍に関する規則(RSTP)」や、CASの判断がEU法に反していたことが明らかにされただけでなく、移籍金の算出根拠にまで踏み込んでいる点が挙げられる。
10年にもわたる同裁判の中で、ベルギーの司法は国内法に基づき「移籍金=残りの年俸額」という見解を示しているのだ(契約残り期間の年俸額を超える金額を請求することは違反となる)。さらに、場合によっては、選手が一方的に契約破棄をしたとしても、移籍金ゼロで移籍することが可能になると指摘されている。
仮にこの考え方がEU全体のスタンダードとなれば、まずは移籍金の減額により、移籍金の設定が1億ユーロ(約166億円)を超えることも珍しくなくなった欧州のサッカー界において“価格破壊”が起き、超一流選手の流動化または契約期間の長期化が予想される。また「選手を育てて売る」ことで経営を成り立たたせているクラブにとっては死活問題となる。
FIFAはこの判決を受けて、移籍ルールの見直しを検討し、各国リーグやクラブ、選手会などといった関係者との折衝を始めるという。
近年、日本人選手の欧州移籍の低年齢化が進み、10代で海を渡る選手も多い。しかし、移籍ルールの見直しが図られている中、”移籍金ビジネス”が成り立たなくなれば、欧州クラブにとって無名ではあるが将来有望な日本人選手を“転売目的”で獲得するメリットが薄くなることも予想されるのだ。
選手獲得が「人身売買」にあたるという考え
EU法に限らず米国でも、法律上では選手は「商品」ではなく「クラブの資産」とみなされている。
日本の野球選手がMLB(メジャーリーグベースボール)に移籍する際に用いられる「ポスティングシステム」も、2017年に改定された。それにより日本球団に入る譲渡金の割合が増えたことで、同システムでのMLB挑戦を認める球団が増え、今や多くの日本人プレーヤーが米国の土を踏んでいる。
しかし、MLB選手会を中心に、米球界では未だ“ポスティング不要論”が根強いのが現状だ。その根底には、選手獲得のために大金を費やすことは「人身売買」にあたるという考えがある。
それは欧州サッカー界でも同じで、青天井に吊り上がっていく一部選手の移籍金に対しても、法的に見て同様の見解がなされている。
「ボスマン判決」の反作用と比較
1995年、ベルギーリーグ2部のRFCリエージュに所属していた凡庸な選手に過ぎなかったジャン=マルク・ボスマン氏(同年引退)が、UEFA(欧州サッカー連盟)を相手取りECJに提訴。「契約が切れた選手の移籍の自由」と「外国人枠の撤廃」を勝ち取り、欧州の移籍マーケットが一気に活気付いた「ボスマン判決」があった。
「ボスマン判決」によっては、Jリーグでプレーする日本人選手が契約切れを待って欧州へと渡っていく「ゼロ円移籍」が頻発することになった。そしてJクラブにとっても、重要な選手に対しては複数年契約を結ぶきっかけとなっていく。
今回の「ディアラ判決」は、選手に寄り添った判決だったはずが、時が経ち、いつしか選手を苦しめる結果となりかねない。欧州の移籍マーケットにどのような影響を及ぼすかは今のところ未知数だが、現在の移籍金ビジネスが減ることは、代理人にとっても飯の種が減ることを意味する。
23歳以下の日本人選手が欧州でステップアップ移籍をする際に発生し、日本時代に所属したJクラブのみならず出身高校や中学にまで支払われる「育成補償金」も期待できなくなるだろう。
「ボスマン判決」の反作用としては、有力日本人選手に近付きゼロ円移籍を実現させ、その結果、Jクラブから“出禁”となる悪徳代理人が蔓延る事態を招いた。そして現在、「ディアラ判決」を受け、代理人たちも自分たちがどう振る舞うべきか熟考しているだろう。もう“選手転がし”だけでは食べていけない時代になっていくからだ。
もちろんJクラブ側も、欧州移籍を希望する選手が自チームにいるならば、それに沿った契約を結び、“育て損”とならない方策が必要となるだろう。仮にも最新のFIFAランキングで日本は15位で、昨年の欧州選手権でグループリーグを首位突破したオーストリア(23位)や、8強に進出したトルコ(26位)よりも上だ。
「EU圏外枠」という壁はあるものの、“入団させていただく”といった卑屈な姿勢でいる必要などないのだ。その将来性に見合わぬ金額や条件、レンタルを前提とした移籍など、選手のためにならないオファーと感じるのであれば突っぱねるくらいの姿勢で、海千山千の欧州クラブに相対していかなければならないだろう。