誤嚥性肺炎のリスクも…「舌力」が衰えてしまう現代人ならではの理由とは?

2025年3月14日(金)13時0分 マイナビニュース


歯と口腔の状態が全身の健康に影響を与える事は、今や周知の事実となりました。例えば、歯周病があると糖尿病は改善しにくいので歯周病と糖尿病は並行して治療することが望ましい、むし歯があると大腸がん発症リスクが上がるなど、枚挙に遑がありません。しかし、舌の状態が健康長寿に影響を及ぼしたり、死亡リスクを上げたりすることは、まだ意外と知られていません。そこで今回は、舌にまつわる健康リスクに迫っていきましょう。
舌が筋肉である深い理由
舌には神経や血管はありますが、ほとんどが筋肉で構成されています。骨はもちろんのこと、脂肪やリンパ管などの管は一切ありません。もし舌に脂肪があったら、肥満になったら舌が大きくなったり、痩せたら細くなったりして、食べる(咀嚼)・飲み込む(嚥下)・話す(会話)に大きく支障をきたすでしょう。
舌の主な役割は咀嚼と会話です。これは筋肉で構成されているからこその柔軟性と可動性によって可能になります。食べ物を口の中で操り、歯の上に乗せるから噛むことができますし、会話も舌が自由に動くのでさまざまな言葉を発することができます。また、舌がんなどの理由で舌を部分的に切除することがありますが、術後のトレーニングで残った舌の筋肉の機能が上がり、欠損部分の働きを補うようになります。
舌には味を感じるという大切な役割もあります。味を感じるセンサー(味蕾)の多くは舌の表面にあり、そこで味覚(甘味・塩味・酸味・苦味・うまみ)を識別します。特に苦味は大切です。毒や腐敗した食べ物は苦味が強くなるので、動物は舌で苦味を感じて、食べて良いものか悪いものかを判断します。舌にある味蕾は舌の表面が汚れると味が届きにくくなり、いわゆる「バカ舌」になるので味の濃いものを好むようになります。また高齢者は唾液の量が減少することによって唾液による浄化作用が下がるため、舌に汚れがつきやすくなります。そのため料理の味付けが濃くなり、塩分を多く摂取する結果、高血圧になりやすいと言われています。
舌の位置をチェック! 「落ち舌」が招く弊害
ところで「正常な舌の位置」をご存知ですか? 舌は喉の奥から出ているので、下顎に収まっていると勘違いしている人が多くいますが、正常な位置は唾をゴクンと飲み込んだ時の舌の位置です。その際、舌先は上の前歯の裏側になり、舌全体も上顎にくっついた状態になっています。つまり、舌は上顎に収まる位置が正常なのです。
しかし、最近はお口機能(口腔機能)の低下により「落ち舌」になっている人が急増しています。原因は柔らかい食べ物の普及やスマートフォン、タブレットの長時間使用による姿勢の悪化などで、こうしたライフスタイルの変化によって口呼吸になったことが口腔機能に障害を与える主な原因です。
そもそも舌の重さは150gあり、喉の奥では骨(舌骨)に繋がっています。しかし、舌の先端はどこにも繋がっていなくてフリーの状態なので、重力で下に下がる環境にあります。
落ち舌の弊害は容姿に表れやすく、顎ラインがたるむ二重顎となり、老け顔に見せます。これはブルドッグのような顎になることから「ブルアゴ」ともよばれています。顎の下に脂肪がついた二重顎とは異なり、舌の位置が下顎に収まった位置にあり、舌によって口の中から下の方に押されたことによる起こるたるみです。「痩せているのに二重顎」の人はこの可能性が高く、この影響は老若男女を問いません。
また舌の形にも影響を与えます。通常、舌は丸い形をしていますが、下顎に収まっている結果、下の歯の内側の形が舌にうつり、歯型の跡で舌がガタガタした形になります。
舌の衰えで誤嚥性肺炎のリスクも
口腔機能が衰えると「口腔機能低下症」という疾患に至りますが、判断基準でポイントとなるのが「舌圧」です。舌圧とは舌が上顎を押し上げる力の大きさのことを言い、舌の衰えを診断するものです。この検査は歯科医院で簡単に受けることができます(保険適用)。口腔機能の中でも特に嚥下機能のバロメーターになるとされ、測定基準値より低いと誤嚥のリスクが高くなり、死因の上位にある誤嚥性肺炎の原因となります。
日本老年歯科医学会の調査によると、口腔機能低下症の人の年代別割合は、40歳代36%、50歳代48%、60歳代62%で70歳代では83%となっています。口腔機能低下症になると、(低下症でない人と比べ)2年後には全身が衰える「フレイル」や「要介護状態」になるリスクが2.4倍になり、さらに2年後には「死亡リスク」が2.1倍になります。つまり舌の衰えは命を危険に晒す可能性があるという事です。50歳代の2人に1人が既に口腔機能低下症に陥っているのですから、他人事ではありません。
しかし、舌の衰えを自覚することは難しいのです。全国に先駆けて舌の衰えに対して対策活動している志木市(埼玉県)によると、舌圧が低下している市民に対して測定会・講演会・指導会による対策を行なっても、93%の市民は「自分は飲み込みに悩みがない」と回答しています。
舌力の衰えを予防、改善する生活習慣
前述のように舌の衰えは自覚が難しい反面、放置すると命を危険に晒す可能性があるので、意識して予防・改善する習慣を身に付けたいものです。対策は数多くありますが、どの方法が一番良いかは確立しておらず、どの方法にしても継続することが最も重要です。
舌圧は中年以降、年齢とともに衰えが進行します。今は良くても数ヶ月後には低下する可能性があるので、日常生活に支障をきたさず続けられる方法がお勧めです。
当院が推奨している方法が
(1)舌回し
(2)あいうべ体操
(3)全力5秒うがい
です。
「舌回し」とは、舌を歯の外側と唇の間に入れて、時計回りと反時計回りに5周ずつ、ゆっくり大きく回す方法です。舌の先を頬に突き出すように行うと効果的です。舌回しをすると、舌の奥、つまり喉の方に疲労感を感じて、効果を実感できます。
「あいうべ体操」は、あいうべ協会が推奨する方法で、「あ」「い」「う」「べ」の言葉を口を大きく動かして発音します。この体操は口呼吸の癖を止めて鼻呼吸に戻す効果もあります。口呼吸は鼻呼吸に比べ酸素を取り込む量が10%少なくなるので、血液中の酸素濃度が低下し、眠気を感じやすくなったり注意力散漫になったりする原因になります。その他、睡眠時無呼吸症候群やイビキ対策、免疫力アップなどにも効果があります。
最も生活習慣に馴染みやすいのがNHKでも紹介された「全力5秒うがい」です。歯磨きの際に行うだけで良いので、手軽ですぐに習慣化できるメリットがあります。方法は30ml(大さじ2杯)の水を口に含んで「ブクブクうがい」と「ガラガラうがい」をそれぞれ5秒ずつ行います(これを3回繰り返します)。ブクブクうがいの際に舌を前後に思いっきり動かすこと、ガラガラうがいでは喉奥を動かすことを意識すると効果が高くなります。
こうした予防方法は、楽しくみんなで行うことも継続する上で大切です。当院では歯科衛生士の有志による「べろマッチョ同好会」を発足。口腔機能向上に向けて集団指導会を開催し、早口言葉や吹き戻しによる的当てシューティングゲーム、「ピカタ体操」などのメニューを楽しく行なっています。
口腔機能を改善すると、滑舌も改善されます。食後に「アイス」を注文しても「ライス」が出てくる心配はなくなるでしょう。
歯科医師・歯学博士・MBA : 宮本日出 日本顎関節学会代議員・専門医・指導医。 1965年、石川県金沢市生まれ。愛知学院大学歯学部卒業後、石川県立中央病院歯科口腔外科に勤務。1994年、豪アデレード大学歯学部で研修し、1996年から同大学歯学部口腔顎顔面外科招待研究員に。2000年から明海大学歯学部の教員に就任。2007年、幸町歯科口腔外科医院を開業。国内外に160編以上の論文を発表している。 著書に『お口からの感染予防』(ギャラクシーブックス)、『レモン水うがいダイエット』(あさ出版)がある。 この著者の記事一覧はこちら

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