「今夜は月が大きいな」と思ったことがある人、集合! 実はそれ「錯覚」でした…【脳科学者が解説】

2024年3月22日(金)20時45分 All About

月、とくに上り始めの満月が、とても大きく見えた経験がある人は、少なくないようです。なぜ遠くにある月が、巨大に見えることがあるのか。これは脳科学で説明できます。わかりやすく解説します。

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Q. スーパームーンでもないのに、月が巨大に見えることがあるのはなぜ?

Q. 「スーパームーンなどの日でもないのに、上りはじめの満月がとても巨大に見えることがあります。
なんとなく『地球と月の距離が近い時期なのかな?』とも思っていましたが、説明がつかないくらい大きく見えるのです。なぜ遠くにある月が、すぐ近くに見えることがあるのでしょうか?」

A. 実は「錯覚」に過ぎません。ビルなどの景色と重なると、巨大に見えます

夕日が沈み、空が暗くなった午後7時ごろ。仕事を終えて帰路につきながら、ふと目線を上げたときにビルの谷間に満月を見つけ、「今日の月はものすごく大きいな」と感じた経験のある方は多いことでしょう。
最近は、テレビニュースのお天気コーナーで「今夜はスーパームーンです」などと紹介されることがあり、いつもとは違う月の姿を確かめようと夜空を見上げることもありますね。
月はおよそ1ヶ月かけて地球を一周します。そもそも、空で毎日満ち欠けしながら移動するように見える月(moon)が一周して元に戻るまでの期間を「1月(英語で1month)」と呼ぶことにしたので、月が1か月で一周するのは当たり前と言えば当たり前です。
しかしこのときの公転軌道は、完全な円ではなく、ほんの少しだけ歪んだ楕円形です。そのため、地球と月の距離は毎日ごくわずかに変化しているのです。
そのうち、月がもっとも地球に近づいたときにちょうど満月だったときは、いつもより月が明るく大きめに見えるというわけです。これが、いわゆる「スーパームーン」です(※ただし、この言葉は天文学の正式な用語ではありません)。
この「スーパームーン」を知っている人は、ビルの谷間に見つけた満月が巨大だったときに「今夜はスーパームーンだ」と思ってしまうかもしれませんが、それは間違いです。
月の実際の見えの大きさが変化するとは言っても、最小と最大の直径は10%程度の差しかありません。それに対して、ビルの谷間に見つけた満月は、いつもの倍以上に感じるのではないでしょうか。実は、これは「錯覚」なのです。
検証のために、ビルの谷間に満月を見つけたときにスマホなどで写真を撮ってみましょう。ズームはかけずに撮ってください。すると、目で見た時とは違って、がっかりするくらい、月が小さいことに気づくと思います。
さらに、同じ日に時間が経って空高く上った満月を同じように撮影して比べてみましょう。すると、まったく同じ大きさです。つまり、実際には大きくないのに、大きく感じるタイミングがあるということです。この理由を、わかりやすく解説しましょう。
まずは、下の図を見てください。「エビングハウス錯視」と呼ばれる、有名な錯覚図形です。左側と右側にそれぞれ6つの黒い丸に囲まれた中心に一つの赤い円が描かれていますね。その中心の円の大きさを左右で比べるとどちらが大きいでしょうか。

おそらく、右側の赤い円の方が大きいと感じたのではないでしょうか。錯覚図形にはよくある種明かしですが、実は左右の赤い円はまったく同じ大きさです。
信じられないという方は、画面上で指やものさしを使って円の直径を測って確かめてください。本当に同じであることが確認できても、それでもどうしても右側の方が大きく感じられますね、
この錯覚が生じるのは、私たちの脳が物の大きさを「相対的」に判断する習性があるからです。上の図の場合、赤い円の周囲には大小の黒丸が置かれているので、赤い円の大きさをその黒丸と比べて判断します。
左では、周囲に大きめの黒丸が並んでいるので「中心の赤い円は周囲の黒丸より小さい」、右では逆に「中心の赤い円は周囲の黒丸より大きい」ととらえるのです。また、左右では中心の赤い円と周囲の黒い丸の距離が微妙に違います。
右では、周囲の黒丸が中心の赤い円のすぐ近くに置かれているので、中心の赤い円が大きく膨らんで見えるという効果もあって、右側の方が大きそうだと判断するのです。
次に下の図を見てください。赤い横棒が2本描かれていますが、上と下のどちらが長いでしょうか。

おそらく、上側の赤い棒の方が長い(大きい)と感じたのではないでしょうか。しかし、実は上下の赤棒はまったく同じ大きさです。
信じられないという方は、画面上で指やものさしで測って確かめてください。本当に同じであることが確認できても、それでもどうしても上側の方が大きく感じられますね。
この錯覚が生じるのは、私たちの脳が物の大きさを判断するときに、奥(遠く)にあると思われるものを拡大して見ようとする習性があるからです。図の背景には、奥行き(遠近)感をかもしだす細い格子線が描かれているので、上側の赤棒は、下側の赤棒よりも奥(遠く)にあると感じられますね。
そのような遠近感を考えると、「見かけの大きさが上下で同じでも、上側の赤棒は遠くにあってこの大きさだから、(もっと近づいてみたら)実物はもっと大きいはずだ」という判断が無意識にされて、「上側の方が大きい」と答えてしまうのです。
上りかけの満月が巨大に見えるのは、これらの実験を通してわかった、私たちの脳がもつ次の2つの習性、
・物の大きさを相対的に判断する
・奥(遠く)にあると考えられる物を拡大して見ようとする
という性質のためで、月が大きく見えるのは錯覚なのです。
ビルの谷間に満月を見つけたときは、周囲にビルなどの比べる手がかりがあるため、この影響が顕著に現れます。私たちは月が遠くにあることは予め知っているうえ、歩いて移動すると月がビルに隠れて見えなくなることからも「月ははるか遠くにある」とわかります。
その上で、ビルと満月を見比べて相対的な大きさの判断をするときには、「ビル自体大きいことは知っているけど、そのビルに負けないくらいの大きさで満月が見えていて、しかもその満月はビルよりもはるか遠くにあるわけだから、実物は相当大きいはずだ」という考えがはたらくのです。
一方、空高く上った満月は、すぐ近くに比べる手がかりがないため、ありのままを感じるだけです。つまり、それが本当の大きさです。
錯覚は、ある意味、私たちの脳の「判断ミス」と言えるかもしれませんが、こうした複雑な情報処理と解釈を瞬時に、しかも無意識のうちに行える脳はすごいなと感じます。

阿部 和穂プロフィール

薬学博士・大学薬学部教授。東京大学薬学部卒業後、同大学院薬学系研究科修士課程修了。東京大学薬学部助手、米国ソーク研究所博士研究員等を経て、現在は武蔵野大学薬学部教授として教鞭をとる。専門である脳科学・医薬分野に関し、新聞・雑誌への寄稿、生涯学習講座や市民大学での講演などを通じ、幅広く情報発信を行っている。
(文:阿部 和穂(脳科学者・医薬研究者))

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