「最後は与えられた仕事ではなく、心からやりたいと思える仕事で」嘱託雇用を選ばず、60歳で定年退職して向かった道は…
2025年4月15日(火)12時30分 婦人公論.jp
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健康寿命が延びる中、お金の不安を解決する唯一の方法は「働き続けること」。『とらばーゆ』元編集長であり、人生100年時代のライフシフトを研究する河野純子さんは、65歳までを年金の「待ち時間」とせず、「雇われる働き方」から「雇われない働き方」へとシフトする準備を始めるべきだと語ります。その目標は好きな分野で小さな仕事を立ち上げ、90歳まで続けていくこと。会社や家族のためではない、自分のための人生へ。ライフシフトするためのポイントを、河野さんの著書『60歳の迎え方 定年後の仕事と暮らし』より紹介します。
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人生で一番ワクワクしたことを思い出す
「やりたいこと」を見つけるアプローチとして、これまでの人生を振り返り、「一番ワクワクしたこと」を思い出すという方法があります。
「ワクワクする気持ち」というのは、ひとりひとりの心の中から湧き出てくる未来への期待、行動の原動力になるものです。心が弾むワクワク感があるから、人は頑張れるし、そんなワクワクを仕事にできたら人生は楽しいに決まっています。
会社主催のキャリア研修などで、自分を振り返るワーク、いわゆる「キャリアの棚卸し」をやったことがある人もいるかと思います。
ただここでやることは、「自分ができること」に目を向けるのではなく、「ワクワクしたこと」にフォーカスして人生を振り返ることです。
また振り返るのは仕事だけでなく、人生全般。子どものころまで遡って、1歳ごとぐらいの詳しさで、じっくりと「ワクワク体験」を思い出してみてください。忘れてしまっていることもあるので、親や兄弟姉妹に聞いてみるのもよいでしょう。
またなぜワクワクしたのか、その背景にある気持ちまで深掘りしてみると、やりたいことにつながるヒントが見えてきます。
学生時代のバックパック旅行のワクワクを思い出し、旅行業で起業
例えば、機械メーカーで海外営業などを経験してきたTさんが、60年近い人生を振り返って思い出した一番の「ワクワク体験」は、学生時代のバックパック旅行でした。
Tさんは、57歳の役職定年を機に起業を考え始めます。
60歳の定年後も嘱託雇用で事務職として働く道はありましたが、給与も大幅に下がり、事務職に面白みを感じることもできないため、であれば60歳で定年退職し、自分が楽しいと思える仕事をしたいと考えたからです。
当初は何で起業したらいいのか全くわからず、得意の英語を活かして英会話の先生になることも考えましたが、英語は好きだけれど、教えることは好きではないことに気づきます。
そんななか、起業塾で「できることよりワクワクすることで起業すべき」ということを学び、自分を掘り下げるワークに取り組みます。
『60歳の迎え方 定年後の仕事と暮らし』(著:河野純子/KADOKAWA)
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そこで大学2年生のときに1年間休学して、世界20か国を巡ったバックパックの旅の楽しさを思い出したのです。
旅行業だったら、英語も活かせるし、自分も楽しみながら働けると思い、心が決まります。「暮らすように旅する」というコンセプトで、民泊を活用した長期滞在型の個性的な旅行をインターネットで販売するという事業を立ち上げることになります。
そこからのTさんは実にパワフル。ゼロから情報収集をした結果、旅行業を始めるにはやらなければならないことがたくさんあることがわかり、次々とこなしていきます。
中でも難関は合格率15%の「総合旅行業務取扱管理者」という資格の取得。勉強のためにあわてて会社を辞めて、4か月間集中して学んで見事1発で合格。無事に60歳でひとり起業しました。
開業当初は集客に苦労しましたが、同窓会や同業者の会などに積極的に参加してネットワークを広げ、軌道に乗せていきました。
Tさんのお話を聞いていると、添乗でお客様と一緒に旅をしたり、空港で解散したあとひとりで近国をふらりと旅することもあるとのことで、実に楽しそうです。
「起業には苦労はつきもの。英会話教室ではワクワクが足りず途中でやめていたかも」と話しています。
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一番楽しかったのは人事部時代と気づき、キャリア支援の道へ
新卒で信託銀行に入行したYさんが、65歳までの嘱託雇用を選ばずに、60歳での定年退職を選んだのは、「仕事人生の最後は会社から与えられる仕事ではなく、心からやりたいと思える仕事をしたい」という思いから。
また会社員時代に犠牲にしてきた趣味や家族との時間を取り戻したいという願いもありました。
とはいえ退職時には「心からやりたいと思える仕事」の具体的なイメージはありませんでした。
融資や資産運用については多少の自信がありましたが、もう金融の仕事はしたくない。何らか世のため、人のためになる仕事をしたいという思いはあるけれど、じゃあいったい何をしようか……。
退職してからの1年間は、震災被災者の就学支援をするNPOに参加したり、失業保険の給付を受けたりしながら、「次」を模索する日々が続きます。
道筋が見えたのは、ハローワークのセミナーで勧められた「キャリアの棚卸し」をしてからです。
これまでのキャリアを振り返る中で、ふと思い出したのが人事部で採用業務に従事していた頃のこと。融資や資産運用、海外勤務などが長く、採用業務を担当したのは数年でしたが、希望に燃える大学生と面談し、彼らの将来、会社の将来の両方を考えながら採用を検討する。のちに採用した社員が活躍している姿を見て、「私の目に狂いはなかった」とほくそ笑んだり、「あのときに採用してもらったからいまがあります!」と感謝されたり……。
これがYさんのキャリアの中でもっとも楽しく、心からやりがいを感じることができた仕事だったのです。
世の中を見渡せば、若者の非正規雇用や早期離職が社会問題化していることもあり、「若者の就職活動を支援する」という仕事には大きなやりがいがありそうでした。
「心からやりたいと思える仕事」に気づいたYさんはさっそく専門学校に入学。61歳にしてキャリアコンサルタントの資格を取得しました。
けれども実務経験はなく、自身で顧客を集めるノウハウもない。そこでシニアの就業を支援する派遣会社に登録をします。
登録後、30件ほどマッチングの不成立が続きましたが気長に待ち、やがて大学のキャリアセンターでの学生の就職支援、勤務は週1〜3日という理想的な仕事が舞い込んできたのです。
こうしてYさんは、キャリアコンサルタントとして大学生に向き合いながら、学生時代にあきらめたクラシックギターを習ったり、家族と旅行を楽しんだりと充実した日々を過ごしています。
派遣は「雇われない働き方」ではありませんが、はじめの一歩として活用するのは良い方法です。
※本稿は『60歳の迎え方 定年後の仕事と暮らし』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
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