『透析を止めた日』の作家・堀川惠子×医師・森建文 「〈血液透析〉は高級車。終末期の患者にはハイスペックすぎて必要以上に抜きすぎてしまう。〈腹膜透析〉なら高齢者も苦しまずに過ごせます」

2025年5月16日(金)13時0分 婦人公論.jp


ノンフィクション作家の堀川惠子さん(右/撮影:MAL)と、「腹膜透析」を推進する医師の森建文さん(左/写真提供:森さん)

腎臓の機能が低下した患者を生かすための治療、人工透析。堀川惠子さんは、「血液透析」を受け病と闘う夫に寄り添い続けました。しかし病状の悪化により命綱であるはずの透析は耐えがたい苦痛を伴うようになり、夫は透析中止を決断。苦しみながら他界しました。それから7年、透析医療のあるべき姿を求めて取材を重ねた堀川さんの著書『透析を止めた日』が、話題を呼んでいます。取材で出会った森建文さんは「腹膜透析」を推進する医師。その治療法のメリットとは。(構成:菊池亜希子

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どうすればこんな思いをさせずにすんだのだろう


堀川 仙台で往診に同行させていただいて以来ですね。その節はありがとうございました。

森 ご著書、すごい反響ですね。堀川さんの本を読んで来られる患者さんが増えました。「本に書かれていた通り、先生は白衣じゃなくてパーカーなんですね」とよく言われます。(笑)

堀川 あの日は高齢者施設で腹膜透析患者さんの往診でしたよね、パーカー姿で(笑)。お一人ずつ部屋を訪ねて、腹部エコー検査をしたり、お腹のカテーテルや透析液のバッグの状態を確認したり。皆さんリラックスして、悩みや不満を先生にこぼされたりして。その様子は、私が見てきた夫の血液透析とはまったく違っていました。

森 透析には血液透析と腹膜透析という2つの方法があることは、一般的にはあまり知られていません。とくに血液透析の設備が充実している都市部では、その傾向が強いかもしれないですね。

《腎臓の機能が低下すると》
血液から老廃物や余分な水分を漉し出し、尿にして体の外に排出するのが腎臓の役割です。その機能が正常の約30%未満まで低下すると、むくみや疲労感、息切れなどの症状が表れます。腎機能が正常の10%以下になると末期腎不全と呼ばれる状態に。治療せず機能低下が進行すれば、溜まった老廃物や毒素が皮膚や神経、循環器、消化器などに悪影響を及ぼす「尿毒症」という症状を起こし、命にかかわります。

⇒《腎不全になると》
腎臓専門医による定期的な診察を受けつつ、人工透析か腎移植が必要となります。全国に人工透析患者がおよそ34万人いるのに対し、腎移植実施例は年間およそ1700人(2021年)ときわめて少数。人工透析治療には「血液透析」と「腹膜透析」の2つがあり、血液透析が約97%を占めます。

【参考】日本腎臓学会・日本透析医学会・日本移植学会・日本臨床腎移植学会・日本腹膜透析医学会「腎不全 治療選択とその実際」
https://jsn.or.jp/jsn_new/iryou/kaiin/free/primers/pdf/2024allpage.pdf


(イラスト:赤池佳江子)

血液透析とは
病院など機器のある施設で行います。
血液を体外に取り出し、透析器を用いて余分な水分や老廃物を取り除いた後、再び体内に戻す透析法です。治療開始にあたり、動脈と静脈を繫ぐ「シャント」という人工血管を手術によって腕などに造設。シャントに専用の針を刺して血液を出し入れします。
週に3回、3〜5時間(個人差あり)かけて、横になった状態で行います。

堀川 夫は先天的な疾患から腎機能が低下し、38歳で血液透析を始めました。週3回通院して透析しながらドキュメンタリー番組の製作を続けてきましたが、60歳の時、病状が悪化して透析を回す(血液透析を行う)ことが苦しみに変わったのです。

目に見えて衰弱し、透析を回そうとすると血圧が下がり、全身がとてつもない痛みに襲われる。「心臓が痛い」「長距離走の直後のようだ」と、夫は何度も絞り出すように訴えました。それでも透析しないと尿毒症になって死ぬ。その恐怖のなかで必死に回し続ける日々は、透析するために生かされているかのようだった。

できることはないかと、私は透析患者の終末期に関する情報を必死で探したけれど、何もないんです。闘病ブログはどれも突然、更新が途絶えてしまう。発信者が亡くなってしまうからでしょう。最後は「意識がなくなった後に透析なんかされたくない」という夫の強い意志で透析を止めました。

それから死を迎えるまでの数日間のさらなる苦しみは、思い出すのもつらい。緩和ケアの保険適用が、がんなど特定の疾患に限られているため、痛みでのたうち回っていても麻薬系鎮痛剤がなかなか処方されないのです。どうすればあんなに苦しい思いをさせずにすんだのだろう。それを考えるために私はこの本を書いたのだと思います。

森 拝読して、私もかなりショックを受けました。医師として、そして、これがもし自分の家族だったら……という2つの立場で読んでいた気がします。

医師としては、私たちの言動が患者さんとご家族の人生を左右する選択に繋がることを改めて感じ、言いようのない怖さを覚えました。家族の立場としては……もう言葉になりません。

血液透析はハイスペックな高級車!?


堀川 腎不全で命を落とすはずの人が、生きて日常生活を取り戻せるという意味では、血液透析は素晴らしい医療だと思います。でも、衰弱して耐えがたい痛みで透析を回せなくなった時、どうして何も手立てがないのでしょうか。

森 血液透析は、たとえると、体中を駆け巡るハイスペックな高級車です。体のなかの太い道路(血管)から水分を除去し(除水)、老廃物を抜いてくれますが、細い道路からの除去は得意ではありません。また、食べる量が減る終末期や高齢の患者さんはそんなに抜く必要がないのに、抜きすぎてしまうのです。

かつ、本来、不要な老廃物を抜くのが透析ですが、血液透析はアルブミンやグロブリンといった免疫力を司る大事な物質まで抜いてしまいます。終末期や高齢の患者さんには、その悪影響のほうが強く出てしまう。

それでも尿毒症にするわけにいかないから、どんな状況になっても透析を続けるしかない……。

堀川 「奥さん、大丈夫です、まだ回せます」と何度も医師に言われました。目の前で苦しむ夫は全然、大丈夫じゃない。この時点で患者の心は完全に置き去りでした。血液透析がハイスペックな高級車なら、腹膜透析は何でしょうか?


腹膜透析の患者さんと、訪問診療の際に(写真提供:森さん)

腹膜透析は緩和ケアでもある


森 小型車、いや、自転車と言ってもいいでしょう。小回りを利かせて必要なところだけ巡るので、水分も老廃物も血液透析ほど多くは抜かないぶん、穏やかで体に優しい。だから、高齢者や終末期の患者さんが透析しながらも苦しまずに過ごせます。

堀川 この先、数十年生きるために十分な毒素除去をするのは無理でも、今を生きるために必要な分量を抜きつつ、大切な物質は抜かない。私が取材中にお会いした患者さんも、病院で血液透析をしていた頃はほぼ寝たきりだったのに、腹膜透析に変更したら腹水が抜けて食欲や血圧が戻り、自宅や施設に帰ることができました。

森 腹膜透析患者さんの最期は本当に穏やかで、眠るように逝かれます。娘さんが足をさすってあげている間に息を引き取られたケースもありました。亡くなられた後、娘さんは「私、母を看取れなかったんです」と私におっしゃった。

とんでもない。寄り添うご家族も気づかれないほど、静かに、安らかに逝かれたのです。最高の看取りだったといえるでしょう。

堀川 腹膜透析の患者さんを拝見していると、亡くなる当日、もしくは前日まで普通に透析できている。そしてご臨終間際も苦しまれないのですね。鹿児島で取材したケースですが、腹膜透析の患者さんとご家族、医師と訪問看護師、ヘルパーさんが揃って、ご最期を前に笑顔で写真を撮っているのを見た時は本当に驚きました。

森 命が尽きていくことを皆が受け入れて、逝く側も見送る側もそれぞれ納得しているから、笑顔になれるのでしょう。腹膜透析の患者さんは適度な除水ができて、かつ抜きすぎていないから、見た目も元気な頃とそれほど変わらないですしね。

<中編につづく>

婦人公論.jp

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