実家に引きこもり5年間のニート生活…「無職の才能があった」男性が30歳で働きだして気づいた“変えられないこと”

2025年5月19日(月)7時10分 文春オンライン

〈 「ループ物アニメの主人公になった気分だった」大学で留年を繰り返した男性に起きた“世にも奇妙な出来事”とは? 〉から続く


 30歳まで無職だった経歴をもつ、WEBメディア『オモコロ』の人気ライター・ディレクターのマンスーンさん。大学を卒業後、5年間の無職生活を経て、会社員になったマンスーンさんが気づいた“変えられないもの”とは?


 当時の赤裸々な暮らしぶりと、ライターになるまでの道のりを書いたエッセイ『 無職、川、ブックオフ 』より一部抜粋して紹介します。(全3回の3回目/ 最初から読む )



写真はイメージ ©graphica/イメージマート


◆◆◆


社会人になったら変わるのかと思ってたけど…


 30歳。会社員になった。働いた。今も働いている。右も左も上も下も毎日乗る電車のつらさもわからない状態だったのに。インターネットに記事を書いていたら就職できた。暇だからという理由でちゃんと〆切を守り続けていたら就職できた。暇も悪いものではない。土手とコンビニじゃない場所に毎日行ける。行ける。起きられる。朝。寝られる。夜。


 名刺を手に入れた。インターネットだった自分が紙に印刷された。自分を他人に渡せるようになった。机と椅子とパソコンを手に入れた。家じゃないのに座っててもいい。家じゃないのに涼しい。家じゃないのにインターネットをしててもいい。ウォーターサーバーで冷たい水をいつでも飲めるようになった。水うまい。


 社会人になったら変わるのかと思ってたけど、そんなに変わらなかった。社会人になっても変わらないのかと思ってたけど、少しだけ変わった。


 消費するだけの時間がもったいなくなった。やることがあるという事実だけで時間が突如として自分の残機みたいなものになって使い方を工夫するようにした。毎日寝て少しでも進めようとしていた時間。ああもったいない。こんなにも時間が大切なものだとは思わなかった。気を緩めたら一瞬で夜になる。瞬きをしたら朝になる。しかもそれが歳を重ねるごとに加速していくのだから困った。寝ていただけの1年も。忙しく過ごした1年も。1年だ。大して変わらない。かもしれない。どうしようもない。逆らえない。止めてくれ。止めて。時間を。人生を。止めないで。流れ続けて。終わりまで。連れてって。


漢字が書けなくても社会人になれる


 想像していた社会人って別に特別な人じゃなかった。仕事で色々な人に会うようになって思った。そう思えたのは留年を繰り返したからかもしれない。レールから外れるとレールを遠くから見ることができる。留年は人を強くする。だから思う。人。人。すごそうに見えても人。それ以上でも以下でもない。人だ。そこに違いはない。そう思っていたら全員がかわいく見えた。自分が上でも下でもない。みんな人だった。それだけだった。みんなも思ってほしい。楽になってほしい。全員。他人で。全員。人です。


 漢字が書けなくても意外といける。僕は子供の頃から漢字を書くのが苦手だった。それは自分の名前や自分の家の住所ですら。たまに間違える。恥ずかしい。特に人に見られている状態だとなおさらだ。区役所などで急に「ここに名前と住所を書いてください」なんて言われたら、頭の中が急に真っ白になる。恥ずかしい。そんな経験があるから会社で行われる会議ではいつもホワイトボードから一番遠い席に座った。ペンから物理的に距離を取る。でもそれで何とかなった。基本的にパソコンで全てが完結する会社で本当によかった。


 仕事終わりのビールが美味しいっていうのはよくわからなかった。だっていつ飲んだって美味しいから。仕事柄、勤務時間中にお酒を飲むことがある。どんな仕事だ。そういうときのほうが美味しい。時代はもう仕事終わりの一杯じゃない。勤務中の一杯にこそ幸せがある。


 想像すらしていなかった。自分が仕事をしている姿を。想像すらしていなかった。自分が取引先に出向いて会議をしている姿を。想像すらしていなかった。自分が知らない人からかかってきた電話に出ている姿を。想像すらしていなかった。こんなにも漢字が書けないんだってことを。


 働いて失ったもの。ない。


 働いて得たもの。ない。


 何も変わっていない。たぶん。そう願っている。


(マンスーン/Webオリジナル(外部転載))

文春オンライン

「無職」をもっと詳しく

「無職」のニュース

「無職」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ