幽体離脱は単なる幻覚じゃない?意識が脳の外にある可能性を示す新たな研究
2025年5月19日(月)21時0分 カラパイア
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人はときに、自分の身体を抜け出し外から見ていたと語ることがある。事故や病気、深い瞑想の最中に起こる「幽体離脱」と呼ばれるこの現象は、これまで主に脳の錯覚や感覚のズレとして説明されてきた。
だが近年、一部の研究者たちは、こうした体験が「意識は脳の外にも存在し得る」可能性を示しているのではないかと注目している。
そこで2025年、スペインの研究チームは、幽体離脱に見られる詳細な証言を手がかりに、意識が脳の外にも存在する可能性を探る研究を発表した。
その結果、意識が身体を超えて広がっているとしか思えないような感覚が、驚くほど一貫して報告されていたのである。
これは意識の正体をめぐる根本的な問いに対して、新たな角度からの仮説を提示するものである。
この研究は『Frontiers in Psychology[https://www.frontiersin.org/journals/psychology/articles/10.3389/fpsyg.2025.1566679/full]』誌(2025年5月5日)に掲載された。
幽体離脱とはどんな体験なのか?
幽体離脱(OBE)とは、自分の意識が身体から離れ、外から自分自身を見ているように感じられる体験を指す。
天井の上から寝ている自分を見ていた、突然自分の身体の外に浮かび上がった感覚があった、といった証言が代表的である。
こうした体験は、臨死体験の最中や大きな事故、深い瞑想、あるいは目覚める直前の夢の中など、極限状態にあるときに多く報告されている。
人によっては、「異なる次元にいた」「宇宙的な意識と一体になった」と語ることもあり、その内容には個人差がある。文化的背景や信念体系によって表現のしかたも異なることが知られている。
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科学はこれまで幽体離脱をどう説明してきたのか?
これまで科学の側では、幽体離脱を主に神経科学的な視点から説明してきた。
よく知られているのは、視覚情報と前庭感覚(重力や身体の傾きを感じる感覚)との不一致によって空間認識が乱れ、あたかも意識が身体の外にあるかのように錯覚するという仮説である。これは「感覚のミスマッチ」説とも呼ばれる。
2023年にはアメリカのスタンフォード大学の研究チームが、てんかん患者9人に脳内電極を装着した状態で幽体離脱に関係する脳の部位を調べる実験を行った。
研究では、頭頂葉の内側に位置する「前楔部(ぜんけつぶ[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A5%94%E5%89%8D%E9%83%A8]」の前部の領域が特に関係している可能性が示された。
この領域は、身体感覚や空間認識に関わる機能を担っているとされている。
ここに電気刺激を与えたところ、被験者は意識が身体の中からずれたように感じたり、自分が空間の中で動いているような感覚が報告された。
これらの結果から、幽体離脱は脳内の情報処理の異常によって生じる現象であるという見方が主流となっている。
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科学で説明しきれない「意識の謎」
とはいえ、脳の仕組みで幽体離脱の発生メカニズムを説明できるとしても、意識の本質そのものが理解されたわけではない。
この問題に関して、オーストラリアの哲学者で認知科学者のデイヴィッド・チャーマーズ氏は、1995年に「意識のハード・プロブレム[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%8F%E8%AD%98%E3%81%AE%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%96%E3%83%AC%E3%83%A0](hard problem of consciousness)」という概念を提唱した。
それは、「脳の物理的な活動がどのようにして主観的な体験、つまり”感じる”という意識を生み出すのか?」という問いである。
たとえば、脳が光の波長を処理して「赤」という情報を得ることはできても、「赤がどう見えるのか」「それを自分がどう感じているのか」は外部から測定することができない。
この問いは現在も解決されておらず、神経科学だけでは扱いきれない問題とされている。
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意識は脳の外にあるのか?
このような背景の中で、幽体離脱者の意識がどこにあるのかを確認するため、スペイン・バルセロナ自治大学の心理学者ジェニー・モイクス氏らの研究チームは、小規模な調査を実施した。
この考え方は「非局所的意識(non-local consciousness)」と呼ばれており、意識は空間的に脳の外にまで拡がる可能性があるという理論である。
科学的に確立された理論ではないが、一部の研究者が意識の本質を考察する上で注目している。
2025年に発表されたこの研究では、幽体離脱体験を持つ10人の参加者に対し、体験の状況や感じ方、意味づけについてのインタビューを行い、それぞれの語りから共通点や傾向を読み取るかたちで分析が行われた。
その結果、多くの参加者が「身体を離れている感覚」「別の存在領域にいた」「普遍的な意識とつながっていた」といった内容を語っており、主観的な感覚でありながらも、驚くほどの一貫性が見られたという。
研究チームは、このような体験を「幻覚」として片づけてしまうのではなく、「人間の意識の広がりの可能性として受け止める姿勢が、意識という現象を理解するための第一歩になる」と提言している。
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改めて意識を考える上での有意義な研究
今回の研究は、たった10人を対象とした小規模なものであり、統計的な結論を導くには不十分である。
しかし、意識が身体の外にあると感じる体験が、複数の人々によって共通の語彙で語られているという事実は、意識の本質を考える上で無視できない。
仮に脳の中で起こった錯覚であったとしても、なぜその錯覚が「身体の外に出た」という感覚として立ち現れるのか。その意味を考えることは、意識がどこにあるのかという問題に一歩近づく手がかりとなるかもしれない。
References: Out-of-Body Experiences Offer New Clues About Consciousness[https://neurosciencenews.com/out-of-body-experience-consciousness-28814/] / Out-of-Body Experiences Suggest Consciousness May Exist Outside the Brain, Some Scientists Say[https://www.popularmechanics.com/science/health/a64784235/consciousness-out-of-body-experience/] / Out-of-body experiences: interpretations through the eyes of those who live them[https://doi.org/10.3389/fpsyg.2025.1566679]