パルテノン神殿を3D技術で再現。意図的に暗く設計されていたことが判明

2025年5月22日(木)21時0分 カラパイア


紀元前430年8月30日午前5時30分のアテナ像との太陽の位置関係 / The author Juan de Lara (© Delara)[https://parthenon3d.com/]


 古代ギリシャのパルテノン神殿内部は、「太陽の光に照らされた明るく開放的な神殿」というイメージがあったが、実は意図的に暗く設計されていたことが最新の研究で判明した。


 建築と光の精緻な演出により、女神アテナ像が特別な瞬間だけ神々しく輝く「光の劇場」として設計されていたのである。


 これは、オックスフォード大学の考古学者、フアン・デ・ララ氏主導のもと、最新のVRや3D、天文学や CGI技術を駆使し、かつてのパルテノン神殿をデジタル空間で再現したことにより明らかとなった。


 それではパルテノン神殿の構造の謎にせまっていこう。


女神アテナを祀る古代ギリシャのパルテノン神殿


 女神アテナ(アテーナー)を守護神とするパルテノン神殿は、ギリシャの首都アテネに位置する丘、アクロポリスにそびえ立つ、古代ギリシャ建築の傑作だ。


 建設は紀元前447年頃に始まり、紀元前432年ごろに完成したとされ、長さ約70 m 幅約31 mの広大な敷地に築かれている。



image credit:Steve Swayne[https://commons.wikimedia.org/wiki/File:The_Parthenon_in_Athens.jpg], CC BY 2.0[https://creativecommons.org/licenses/by/2.0], via Wikimedia Commons


 この神殿は台座を持たない高さ約10mの力強い柱を際立たせるドーリス様式で建造された。


 この様式は、柱に縦に刻まれた溝や、重厚な上部の飾りなど、比較的簡素でありながら美しいバランスを追求することで知られる。


 今は失われているが、かつてその内部には、古代ギリシャを代表する彫刻家フィディアス(ペイディアス)が手がけた高さ12mもの女神アテナ像が立っていた。


 のちに像は失われたが、フィディアスやその弟子たちが手がけた、神殿を飾る美しく精巧なレリーフ群は今も残っており、神々や歴史の物語を伝えている。



今回再現されたアテナ像の設計図 /credit:The author Juan de Lara (© Delara)[https://parthenon3d.com/]


研究者が再現した「暗く静かな神殿」


 2025年5月6日に公開されたこのプロジェクトは、フアン・デ・ララ博士の研究に基づいたもので、約4年間の歳月と膨大な考古学的資料に加え、先端の3D CGI技術と天文データなど現代技術が用いられた。


 そこから再現された女神像を含むパルテノン神殿は、スマホやVRヘッドセットを使うことで、あたかも時空を越えて、実際に見ているような体験が可能だという。


 研究では、これまでのイメージを覆す設計も明らかになった。それは白い大理石が太陽光を反射した明るいイメージだった神殿が、実は意図的に光が届きにくく設計されていたのだ。


 その結果、神殿内部は「暗く、ほのかに光が差し込む空間」であったことが分かった。



 それらはシミュレーションの分析でわかったことだ。


 たとえば普段、東側の入口から入る光は、神殿内に据えられた巨大なアテナ像の腰あたりにしか届かず、顔も半分影になっていた。



 このように内部はたいてい薄暗かったが、実は例外があった。


 当時アテナイ(アテネのかつての地名)で4年ごと夏に開かれていた大祭、パナテナイア祭など、特別な日の早朝は、奇跡的な角度で太陽光が差し込み、女神像を照らす瞬間があったのだ。



紀元前430年8月30日午前5時30分のアテナ像との太陽の位置関係 / The author Juan de Lara (© Delara)[https://parthenon3d.com/]


パルテノン神殿に入るところを想像してください。外の明るい日差しに疲れた目が、神殿内の暗さに少しずつ慣れていく。その時、太陽の光が戸口から差し込むと、垂直に輝く光線が女神の黄金のローブを照らし出す。これが建築家とフィディアスが作り出そうとした効果でした (フアン・デ・ララ氏)


女神アテナ像の神性を演出


 その効果とは、空間と光を使って女神アテナ像の神性を強調する演出だ。



The author Juan de Lara (© Delara)[https://parthenon3d.com/]


 研究によると、神殿の奥に据えられた、高さ12mの女神アテナ像は当初から、圧倒的な存在感を放っていた。なおこの像を手がけた彫刻家のフィディアスは、パルテノン神殿建設も指揮していた。


 アテナ像は記録から黄金と象牙でできていたことがわかっている。その組み合わせは、古代ギリシャ時代に、神や精霊など、崇拝する偶像を造る技法として確立しており、社会的に高い地位を示す技法でもあった。



 美や富の象徴でまぶしい輝きを放つ金と、白くなめらかな光沢をもつ象牙は、当時においても希少で高価な材料だった。それらを巧みに組み合わせ、豪華さと精緻さの両方を極めた彫刻作品は、究極に貴重な美術品でもあったのだろう。


 それなら普段からよく見える位置に飾ればいい気もするのだが、前述したように、フィディアスたちのねらいは逆で、いつもはあまり見えないように影をまとわせることだった。


 研究チームのシミュレーションで、その材質からわずかな光でも輝くアテナ像が、暗い神殿の奥に立つことで、闇の中でも光をまとうがごとき神々しさを醸し出すことがわかったのだ。


神殿内に届く自然光は乏しいものでした。外側に並ぶ柱が格子状に光の大部分を遮ったからです。一方でフィディアスが彫刻したアテナ像には、ごくわずかな光でも反射する性質がありました。その性質でコントラストが際立ち、まるで本物の女神が暗闇から現れるような、神秘的な光景が生まれました


 他にも効果的な工夫がされていた。


 神殿を取り囲む構造は主に大理石で造られ、独特な輝きを高めるため成形・研磨されていた。また神殿内の水盤、窓、天窓の配置まで、アテナ神像の壮大さを強調するよう考えられていた。


 さらに考古学的な分析によると、神殿の侍従たちが薄暗い神殿内で、大量の香を焚き、畏敬の念を喚起していた。いわば香りによる演出だ。


4年に1度まばゆく光る女神像


 日当たりが良く明るいイメージの神殿が、実は意図的に薄暗く設計されていた、という発見はとても興味深い。



 この神殿の設計や建設に携わったフィディアスたちは、参拝する人々の間に、女神像が光るレアな姿にありがたみのような感覚が生まれることを期待したのだろう。


 特定の瞬間に輝きを放つ演出を思いつき、あえて普段は日差しが入らない設計を実現したというわけだ。


 暗さで神秘性を高め、奥に光をよく反射して輝く像を絶妙な位置に置けば、参拝者には4年に1度の大祭のときに見られるまばゆさが、さぞかし稀有な経験として印象に残ったはずだ。


 このような演出は、現代の宗教施設や宝石などのディスプレイにもみられるものだが、それが古代から使われていたとはびっくりだ。



未来の文化遺産保存にVR再現技術が役立つ可能性


 今回のVR再現プロジェクトは、ギリシャに足を運べない現代人でも、手軽に古代の神秘と美を体験できるよう構築された。こうした技術は近年、歴史学習の場や博物館でも採用されており、新たなスタンダードともいわれている。


 加えて本プロジェクトは、未来におけるデジタル文化遺産を保存する手段のモデルケースとなる可能性も秘めている。


 悲しいことだが、こうした遺産がいろいろな事情により現実世界で完全に失われたとしても、詳細なデータが残っていれば、将来デジタル空間に再構築されて、本物の遺跡を訪ねるようなVR体験が誰でもできるようになるかもしれない。


 今回の研究は、私たちに当時のギリシャ人の宗教的感覚だけでなく、古代人による空間や光の設計という斬新な視点を与えてくれた。


 2500年前の設計思想と現代技術の融合で得られた知見が、これからの考古学にも役立てられそうだ。


追記:(2025/05/23)本文を一部訂正しました。


References: Popsci[https://www.popsci.com/science/parthenon-virtual-reality/] / Zmescience[https://www.zmescience.com/science/news-science/researchers-used-3d-tech-to-rebuild-the-parthenons-lighting-and-discovered-it-was-nothing-like-we-imagined/]

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