高尾美穂 赤ちゃんから更年期まで「人の一生に伴走」したくて産婦人科医に。今も大事にしているのは「患者がなにを求めているのか」を考えてみることで…
2025年5月26日(月)6時30分 婦人公論.jp
(写真はイメージ。写真提供:Photo AC)
人間関係や生き方・働き方などに、悩みや不安を抱えて生きている人は多いことでしょう。産婦人科医の高尾美穂さんは、長年さまざまな患者の心と体に向き合ってきた経験から、「ひとりひとりが自分の人生をよりよく生きられるヒント」をアドバイスしています。今回は、そんな高尾さんの著書『人生たいていのことはどうにかなる あなたをご機嫌にする78の言葉』から一部を抜粋しお届けします。
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私が産婦人科医になったわけ
名古屋での研修医時代はさまざまな科で学びました。じつは、内視鏡科に進みたいと思っていたんです。なぜかというと、CTやMRIの画像など間接的ななにかを見て診断をつけるという方法よりも、内視鏡のように直接自分の目で見て判断するほうが自分の性格に合っているのではないかと思っていたからなんです。
実際、内視鏡を扱ってみて、わりと手先の器用なほうでしたし、胃カメラのスキルが身についていくのもうれしかったです。ただ、内科や外科など他の科から依頼を受けて検査をして診断がついたら、依頼元に戻っていく、そんなふうに、患者さんが自分の目の前を通過していく科だ、と感じました。なんとなく自分が思っていたイメージとは違うなと思いながら、内視鏡科での研修期間を終え、次の研修先が産婦人科でした。
医学生の頃、産婦人科医になろうと考えたことはなかったのですが、産婦人科で研修医として働くうちに気づきがあったんです。私はきっと、医師として一人の患者さんを長く診ていくことを望んでいるのだということです。
産婦人科は赤ちゃんが生まれるところから、生理が始まる思春期、子どもを欲しいと思ったとき、妊娠したとき、出産、そして更年期以降まで、一生をとおして困ったときや悩んだときにサポートをすることができます。
それ以外にも、たとえば、婦人科がんを診断するのも、手術をするのも、抗がん剤等の治療や緩和ケアをするのも、そしてお見送りするのも産婦人科です。一つの科の中で幅広く人の一生に伴走していくことができる科だと感じました。やりがいを強く感じた記憶があります。
そして、産婦人科だけは「一人で入院をしてきて赤ちゃんと二人で退院していく」ことが、当時の私にとっては大きな喜びだったような気がしています。産婦人科の恩師も素敵な先生でした。看護師さんたちとよいコミュニケーションを築けている私に、女性を相手にする産婦人科に向いていると何度も話してくださったから今があります。
患者さんがなにを求めて来ているのか
私が最終的に産婦人科医でやっていけると感じた理由は、外来に来られる患者さんであるおばちゃんたちのお話を聞くのが全然苦じゃなかった、むしろ好きだったということです。
産婦人科医の仕事は病棟業務や分娩、手術などさまざまあり、外来はその中の一部分にすぎません。でもその外来の場で、人生の先輩である女性の患者さんたちがいろんな悩みや思いを打ち明けてくれるわけです。
『人生たいていのことはどうにかなる あなたをご機嫌にする78の言葉』(著:高尾美穂/扶桑社)
その話はたいていこんがらがっていて、原因と結果がごちゃまぜになって悩んでおられる。絡み合ってしまったお話をどうほぐしたらご本人が納得できるだろうか、年の若い私からできる提案はなんだろうかとくり返し考えた記憶があります。
もちろん、産婦人科医としてホルモン補充療法や漢方による治療なども提案できるわけですが、「患者さんはなにを求めて来ているのか」をはっきり認識する、これが私が大切にしてきたいちばんのポイントです。
当時から、「この方は私にこのお話をすることで、その先はなにを望んでいるのだろうか」ということをいつも考えていました。確かに、ご本人にもその答えが見えていないことがありました。
でもその中で、いくつかの選択肢を考え、「もしかしたらこれかな、いや違うな、こちらかな」と試行錯誤する。その方自身の生活もしくはご家庭の状況に直接手は出せないけれど、その方自身の答えの方向に近づくことができる、これが私にとってうれしいことでした。
必要なのは「想像力」
私が医師として働きはじめてから20年以上が経ちますが、目の前の方がなにを望んで来られたかを推測してみることを今も大事にしています。たとえば、かゆいと訴えて来られた方が、かゆみをどうにかしたくて来たのか、かゆみの原因が知りたくて来たのか、問題ないことを確認したくて来たのか。
あくまでその方がなにを望んでいるのかを正しく把握しないかぎり、ご本人が満足してお帰りになることはありません。患者さんが望んでいることは、人それぞれ異なるから。
これは、医療職だけではなく、どんな「人対人」のコミュニケーションにも当てはまると考えています。ヨガのクラスに来られるお客さんが、なぜ自分のクラスに来てくれるんだろうと一度考えてみる。言葉を交わさないまでもどんなときにその方の笑顔が見られるかを観察するだけでも、その方が望んでいることは想像できるんじゃないかと思うんです。
必要なのは、「想像力」。それが思いやりや優しさを生みます。仕事はもちろん、もっと小さなコミュニティ、たとえば家族に対しても生かすことができると思っています。
西洋医学だけでは埋められない悩み
西洋医学を担っている私にとって、感じ続けてきた課題があります。それは、患者さんには西洋医学だけでは埋められない悩みがあるということ。私のイメージはこんな感じです。来られる患者さんが抱えている悩みを「長方形」で表したとき、この長方形をどうすれば埋められるか。
私は大学病院ではがんを診るチームにいて、大学院では卵巣がんを専門にしてきたわけですが、手術などの治療を行えば、この長方形にドーンと大きく丸を描く感じで、真ん中の大部分は埋められる、つまり、もっとも困っている状態は解消できるでしょう。でも、長方形の端っこに残ってしまう埋めきれていない部分を埋めるのは、西洋医学の医者にとっては非常に不得意な分野ともいえます。
私は好きでヨガを続けていますが、ヨガがこの長方形の端っこを埋める小さな丸の一つになればいいなという思いをもっています。この端っこを埋めるためにできることはないかと考えるとき、しばしばヨガからアイデアをもらいます。そして患者さんに提案してみると非常に喜ばれることも。大きな病気を経験された方が前向きに生き、QOL(生活の質)を高めるためには、必要な提案じゃないかと思っています。
私は今、分娩や大きな手術はしない現場で医師を続けていますが、その方の人生がよくなるためにできることはなにかを常に考えて取り組んでいきたいと思っています。
※本稿は、『人生たいていのことはどうにかなる あなたをご機嫌にする78の言葉』(扶桑社)の一部を再編集したものです。
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