覚醒剤を「やってみよっかな♪」と思っていたら前科九犯の“シャブ中”になぜか激怒されて…『ルポ歌舞伎町』著者(33)が唯一大事にしている“人生の指針”
2025年5月29日(木)7時0分 文春オンライン
『ルポ西成 —七十八日間 ドヤ街生活—』『ルポ路上生活』『ルポ歌舞伎町』などディープな著作で注目を集める若手ルポライターの國友公司さん。
初のエッセイ集『 ワイルドサイド漂流記 歌舞伎町・西成・インド・その他の街 』では、歌舞伎町、西成、インド、モンゴルなどを訪れては衝撃的な出来事に次から次へと巻き込まれ、パンチの効いた人間たちに翻弄され、時に命すら危険に晒しながら街を漂流するさまが魅力的に描かれます。
本書の刊行を記念して「まえがき」を先行公開します。

「バニラ求人」テーマソングを脳内で完コピ
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歌舞伎町の近くに借りているマンションのベッドで寝ていると、外から聞こえてきた爆音のメロディーで目が覚めた。こんな歌に起こされるなんて心底不快である。しかも、時計を見るともう昼の十二時。あー、またやってしまった。
歌舞伎町に住み始めて早六年。ベランダから何度このメロディーが聞こえてきただろうか。一日一回は耳にしているとして、少なく見積もっても二千回は超えているはずだ。健全な大人ならまず住もうとしないこの街で得たものといえば、そんな「バニラ求人」のテーマソングを脳内で完コピしたことくらい。歌詞はもちろん、合いの手から音程まで、完璧に再現できる自信がある。ただ、その能力を人に褒められたこともなければ、誇ったこともない。
これは巷で「バニラカー」と呼ばれているトラックから流れている音楽だ。ひたすら風俗嬢の募集をしている。いつどこで見てもひたすら風俗嬢の募集をしている。そして私は、いつ見ても同一人物である運転手の顔まで覚えている。眼鏡をかけた仏頂面のあのおじさん。バニラカーは歌舞伎町だけではなく日本全国で見かけるが、きっとドライバーはエリアごとに固定されているのだ。ただ、そんな豆知識は今後の人生において一切役に立たないことは分かり切っている。
「俺っていつも浴衣で過ごしてるんだよねっ」
ウダウダしていたら知らないうちに十三時になっていた。重い腰を上げて布団を這い出た後は歌舞伎町にある喫茶店「パリジェンヌ」あたりで溜まっている仕事をやっつけて、十八時からは高田馬場に住んでいる友人と銭湯のサウナに行くことになっている。この友人というのがまた変な奴で、仕事以外のときはなぜかいつも浴衣を着ている。そして、会うと目をキラキラさせながら「俺っていつも浴衣で過ごしてるんだよねっ」などと言っている。そんな彼の話を「うんうん」と聞きながらメシを食べて酒でも飲んだらもう二十二時。もともと自堕落な人間しか住んでいない街だ。歌舞伎町の一日はこんな感じで過ぎていく。
なぜ私は歌舞伎町に住んでいるのか?
歌舞伎町に住んだのは取材が目的だった。ただ、『ルポ歌舞伎町』(彩図社)という本を出し、取材も一段落した。まだなんとなく街を気にかけてはいるものの、取材当時ほどの熱はもう持っていない。では、なぜ私はこの街に住んでいるのか。在住五年目にさしかかったあたりから漠然と考え始めるようになった。
家賃は月収の三分の一まで。住む場所は職場からなるべく近いほうがいい。洪水や地震など自然災害のリスクは低いか。最寄り駅から徒歩五分以内か……。住む物件を探すとき、お決まりの観点はいくつかあるが、みんなは自分が住む街をどうやって決めているだろう。その街にはいつまで住むつもりだろう。その街に一生住もうという気概はあるだろうか。
ルポライターという職業に就いている私は、これまで意識的にいろんな街に赴いてきた。ときにはその街のことを知るために長期滞在したり、実際に住んだりすることもあった。その街を列挙してみる。
東京都練馬区、栃木県那須町、埼玉県さいたま市、茨城県つくば市、八丈島、中野坂上、香港、中国、ベトナム、ラオス、タイ、インド、ネパール、モンゴル、上野、大阪市西成区あいりん地区、歌舞伎町、横浜市中区寿町。一時期ホームレス生活をしていたこともあるので、都内各地の路上や河川敷にも住んでいたことがある。
「國やん、覚醒剤だけはやったらあかんで」
なんだか一貫性のない並びだが、こうやって思い返すと私はそれぞれの街で多大なる影響を受けていることに気付く。たとえば大阪市西成区あいりん地区では、周りの人々があまりにも当たり前のように覚醒剤を嗜んでいるので私も「やってみよっかな♪」と考えていたところ、前科九犯の重度のシャブ中が「國やん(筆者のこと)、覚醒剤だけはやったらあかんで」と激怒。以降、「何があっても覚醒剤だけはやらない」が私の人生の指針になった。
人は食べたものでできていると言うけれど、私は、自分が住んだ街で出会った「突飛な変わった人」によってできている。この本には、私が各地で出会った「突飛な変わった人」が私の人生観が変わる重要なポイントで出現しまくる。すでにこのまえがきで二人登場してしまったが、そんな彼らの一挙手一投足が、読者のみなさんが住む街を選ぶ際の手助けになれば私も彼らも報われる。
(國友 公司/ライフスタイル出版)