ひとりぼっちで水を求めて160km。モンゴルの希少種「ゴビヒグマ」の過酷な旅

2025年5月29日(木)12時0分 カラパイア


 アジア大陸の心臓部、モンゴルと中国の内モンゴル自治区にまたがる広大なゴビ砂漠。そこは、生物が生き延びるには過酷すぎる世界である。


 そんな過酷な環境に生息している、幻のヒグマがいる。ヒグマの亜種でありながら、体は一回り小さく、名前も姿もほとんど知られていない存在。それが「ゴビヒグマ(モンゴル語でマザーライ)」だ。


 そんなゴビヒグマの一頭が乾いた砂漠を歩き続け、ようやく水場にたどり着く瞬間の映像がトレイルカメラに収められ、BBCによって公開された。


過酷な環境で水を求めて歩き通すゴビヒグマ


 ゴビ砂漠は他の砂漠に比べ、高緯度に位置しているのが特徴で、夏は灼熱の砂漠のイメージそのままだが、冬の間はマイナス40度を記録することもあるという。


 BBCの動画の中で、デイビッド・アッテンボロー氏はこう語る。


アジアの乾燥した中心部での生活は、ゴビヒグマを地球上で最も過酷な環境に適応した動物の一つに変えました。
モンゴル語で「ゴイ」は「水のない場所」を意味しており、そこには彼らにとって最大の試練が待ち受けているのです


 水源は160kmも離れた場所にある。ゴビヒグマは水を飲むために、砂漠を横断する過酷な旅に挑まなくてはならないのだ。



ゴビヒグマは水を求め、過酷な砂漠を横断する踏み慣らされた道をたどります


 一般に砂漠と聞くと、砂に覆われた砂丘をイメージすることが多いかもしれないが、ゴビ砂漠には岩や砂利に覆われた場所や、短い草の生えたステップ地帯も広がっている。


 ゴビヒグマはそんな地面に「獣道」を形成するほど、水源までの道を繰り返し繰り返し歩き続けているのだ。


 そして長い旅路の末、ようやくオアシスにたどり着く。このオアシスは地下深くから湧き出ている泉で、清涼な水がたたえられている。


 砂漠を歩き通して来たゴビヒグマは、ここでようやく水を飲み、思う存分水浴びができた。



小柄なヒグマ「ゴビヒグマ」


 ゴビヒグマはヒグマの一亜種で、中国と国境を接するモンゴル南西部にある、グレートゴビA厳重保全地域(GGSPA)の一部にのみ生息している。


 身体は他のヒグマと比べてかなり小さく、体長はオスで147〜167cmほど、体重は100〜120kg程度である。メスはさらに小柄で、オスの3分の1程度。これは食料の少ない乾燥した環境に適応した結果ではないかと推測されている。


 生息域はGGSPA内の東西約300〜350km、南北約50〜75kmの範囲とされ、主にオアシスのある3つの地域に分かれて暮らしている。


 かつてはもっと広範囲に生息していたと思われるが、人間による牧畜や鉱山の開発が進む中、次第に住む場所が失われていったようだ。


 その個体数は極めて少なく、現在ではおそらく40頭以下になっていると推測されており、レッドリストに載る希少種である。


 遺伝的にも地理的にも近縁種から距離があるために、移入や移出が発生する可能性は極めて低い。また、動物園などの人間の飼育下で生きる個体は、今のところ確認されていないという。


 1頭のゴビヒグマの行動範囲は、オスの場合で約2,400平方kmと推定されている。これは日本の佐賀県程度の広さだ。メスはそれよりも狭い範囲で生活していると見られている。


 砂漠という、ただ生き延びるだけでも難しい環境の中で、彼らはこれだけの距離を移動し、食べ物を探し、水を求める生活を続けているのだ。



保護活動は進められているものの…


 ゴビヒグマの食料は主に砂漠に自生する植物の根や果実で、虫やトカゲ、他の動物の死肉などを食べることもあるようだ。雑食ではあるが、基本的に植物食がメインらしい。


 彼らの生息域であるGGSPAでは、20世紀の終わりから2000年代にかけて大きな干ばつに見舞われ、年間降水量が半分にまで減った。


 この干ばつによる植物の激減が、ゴビヒグマの個体数の減少につながったとの見方もある。


 また、ゴビグマは基本的に夜行性で警戒心が強く、生息域が人間の住む場所からは遠く離れているため、人間の前に姿を現すことはめったにない。


 そのため世界での認知度も低く、保護活動のための資金集めも難しい。生態の調査もなかなか進まないでいるという。


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 現在、モンゴル科学アカデミーや国際クマ協会などの研究者によって立ち上げられた「Gobi Bear Project[https://www.gobibearproject.org/]」が、ゴビヒグマの保護活動を開始している。


 Gobi Bear Projectでは、20頭のゴビヒグマにGPSのついた首輪を装着。DNAの分析と並行し、彼らがその生息地でどう移動し、どのような生活を送っているのかの調査を進めているそうだ。


 さらに給餌所を設けて、彼らが食物にアクセスできる環境を整備。死亡率の上昇を防ぐ試みを続けている。


私たちはコストや入手状況に応じて、飼料やペレット、その他の代替餌を交互に与えています。こういった給餌所は、デリケートなバランスを保っています。
彼らの給餌所への依存を招かないようにしつつ、死亡率の上昇を防ぐため、十分な食料へのアクセスを確保することが重要なのです


 Gobi Bear Projectでは、彼らの活動についてこう説明している。


彼らの生息地域は、鉱山開発に圧迫されています。この素晴らしい動物を絶滅から守るためには、私たちの科学的研究から得られた知見を、適切に応用することが大切です。
そしてさらに、地域住民との連携強化も欠かせません。そこには教育や、監視・パトロール活動も含まれます。ゴビヒグマが依存する生態系の健全性と安全性を維持するためにも、こういった活動は不可欠なのです。


国境を越えた中国でも目撃例も


 なお2024年8月、このゴビヒグマの姿が、国境を越えた中国の新疆ウイグル自治区哈密(ハミ)市で確認されたというニュースが流れた。


 ゴビヒグマが目撃されたのは、モンゴルとの国境から約20kmの場所で、自然環境は彼らの生息地であるGGSPAと非常に似ている場所だという。


 哈密(ハミ)市内の下馬崖という集落では、2020年ごろから、ゴビヒグマが何度も目撃され、映像も録画されているらしい。



image credit: 人民網 / Xinhua News[https://j.people.com.cn/n3/2024/0829/c94475-20211974.html]


 また、2015年にはGPSを装着した個体が1頭、国境を越えて中国側に入り、約1か月後に再びモンゴルに戻った例があるそうだ。


 2024年に目撃された個体も、GGSPAから一時的に移動してきただけなのかもしれない。


 中国当局は、近隣地域でのゴビヒグマの生息実態の調査を行うとともに、モンゴルに対し、国境を越えた保護活動を呼び掛けていく予定だそうだ。



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