徳島県で「関西弁っぽいアクセント」が使われてる!? その歴史を紐解くと...
2018年6月17日(日)17時0分 Jタウンネット
「徳島県は関西弁に近い」——。大学時代を関西で過ごした筆者は、かつてこのようなことを聞いたことがある。
周囲に徳島県出身の人はいなかったので、実際に徳島出身の人が話しているのを見たことはないが、徳島県の方言はなぜ関西弁に近いと言われるのだろうか。詳しい人に聞いてみることにした。
江戸中期の名残?
徳島県は方言だけでなく、物理的にも関西に近い。例えば、JR四国バスでは、13時半に徳島駅を出発すると、16時15分には大阪駅に到着と、3時間もかからない。道中の停留所には高速鳴門(鳴門市)があり、神戸淡路鳴門自動車道を通じて、徳島県と関西地方を結ぶ、かけ橋となっている。
なぜ、徳島県の方言が関西のアクセントに近いのか、徳島大学の岸江信介教授(方言学)は、Jタウンネット記者に「江戸時代中期に見られた『白拍子(しらびょうし)』の名残だからです」と説明する。
白拍子とは、少なくとも江戸時代以前から存在していた歌舞の一種。当時の上方(大阪、京都)のアクセントで、「高い発音、低い発音、といったように口うるさく」(岸江教授)話すようにと厳密に指導されていたという。
当時のアクセントでの話し方は、この白拍子をもとに近畿地方で使われており、和歌山県の旧龍神村一帯(村域は2005年に田辺市へ統合)でもその名残がみられるとのことだ。
また、関西弁のアクセントに近い地域は、高知市と和歌山県田辺市でもみられるという。「両地域とも似たアクセントで、こちらは平安時代末期の京都のアクセントの面影を残しています」。こちらは漢字を引くための辞書「類聚名義抄」がルーツだとされている。
徳島県だけでなく、高知県でも関西弁に近いアクセントが見られるのは、500〜1000年以上前の名残が現代にも引き継がれていたからだった。