職場が「若者の墓場」に見えた…年収350万円・偏差値36の高卒男性が「年収1000万円」を目指して行き着いた場所
2025年5月29日(木)17時15分 プレジデント社
(取材日:2025年3月3日)
撮影=プレジデントオンライン編集部
坂井俊太郎さん - 撮影=プレジデントオンライン編集部
■池袋で見た「なぜか忘れられない風景」
確か……あれは池袋だったと思います。
上京する1年前だから2023年3月。21歳のときに、長野から夜行バスに乗って友だちと東京に遊びに来たんです。
東京は小学校の修学旅行以来でした。ほぼほぼはじめての東京に遊びに来たのは、地元には刺激がなさ過ぎて、新しいものを見たかったからです。思いつきの上京だったのでホテルの予約をとらずに、ネットカフェやカラオケボックスで寝ながら、新宿、秋葉原、浅草、池袋あたりを見て回りました。
池袋では、人の数に圧倒されました。人が多すぎて歩きにくくてイヤだな、とふと上を見上げたんです。
そしたら、でっかいスクリーンがあって。誰かは覚えていないんですが、お笑い芸人が映っていました。そのときいいなと感じたんです。こっちは人混みのなかで、下を向いて歩いているわけじゃないですか。それなのに、あの芸人は、上から、みんなを、俺たちを、見下ろすようにしている……。
俺が意識を取り戻したのは、それからです。
それまでは、死んだように生きていました。このまま地元にいたら、退化して、死ぬだけなのだろう。漠然とですけど、そんな諦めがあった気がします。でも、池袋で見た芸人を見て考えました。地元にいる限り、何も変わらない。もう東京に出よう。いや、東京に出るしかない、と。
振り返ると、上京して芸人を目指すきっかけが池袋だったんです。
■のどかすぎて若者には刺激がない
俺の地元は長野県松本市です。
のどかで住みやすい町なんですよ。俺も、キホン、好きですよ、地元。のどかだから、老後にゆっくり過ごすにはとてもいい町だとは思います。人間関係もずっと一緒で楽ですし。初対面の人と会っても、友だちの友だちや、後輩の元カノみたいな感じで、みんなつながっていますからね。逆に言えば、毎日に変化がない。若者にとって刺激がなさ過ぎる。
俺は、地元のこと、若者の墓場だと思ってて――。
■働いていたドリンク工場が「若者の墓場」に見えた
地元には、パチンコくらいしか若者がやることがないんですよ。高速のインターを降りて国道に入ると、まずラブホがあって、少し行くとパチ屋みたいな風景だったし、夜中になると駅前で暴走族が走っているし。俺の高校が、偏差値36くらいだったからかもしれないですけど、ギャンブルやって、暴走族とかになって悪いことに手を染めて、そんなふうに腐っていくヤツばかりでした。
若者の墓場を目の当たりにしたのは、高校を卒業して入った住宅設備の会社を1年で辞め、ドリンク工場に転職してからのことです。
ベルトコンベアで流れてくる6本の紙パックジュースが1ケースにまとめられる。エラーや問題がないか、目視でチェックするのが俺の仕事でした。8時間勤務の3交代制で、事故がないことを祈りながら、ただそこに8時間、無心でいるだけ。仕事の楽しさもやりがいも微塵もないですけど、生活できてしまうんですよ。
写真=iStock.com/GCShutter
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/GCShutter
月にして、手取り22、3万円。ボーナスもあったので、年収は350万円くらいにはなっていたんじゃないですかね。地元の同世代ではもらっていたほうです。それに、実家暮らしだったんで、生活には困りませんでした。
■同僚のおじさんも昔は「若者」だったはず
同僚には、40代、50代のおじさんがたくさんいました。地元にそこそこ稼げる工場があるからという理由だけで20年も30年もずっと同じ仕事をし続けている。俺もそうですけど、向上心もなくて、毎日毎日同じ作業をして、仕事が終われば、パチンコを打つだけ。パチンコを打ち続けるとどんどん目から覇気が失われて、顔の筋肉も緩んでくるんですよ。それに気づいて、俺はパチンコをやめました。
工場で働くおじさんたちも、昔は若者だったわけでしょう。若者が行き着いた墓場。俺にはそんなふうに見えたんです。けど、当時は俺自身も死んでいて、墓場から抜け出そうとかそういう意識はなかったですね。
工場で働きはじめて1年くらいが経ったある日、何かあったわけでもないんですけど、友だちに「東京に行こうぜ」と声をかけたんですよ。そして、なんとなく東京に行って、池袋で、あのスクリーンに映し出されたお笑い芸人を見ました。
このまま地元に残り、工場で働き続けるのか……。池袋で意識を取り戻した俺は地元に戻って自問しました。一度想像したら、耐えきれなくなってしまって、地元から早く離れたくて仕方なくなりました。
■学はない、けど地元は出たい
でも、俺には学がない。偏差値36ですから。学が必要な仕事はムリです。どんな仕事をするか。どんな仕事が自分に向いているか。考えているときに思い出したのが、高校時代にやっていた配信アプリです。
日常の出来事を話したり、投稿してもらったコメントに対する感想を言ったりしただけですけど、500人とか600人のファンもできて、投げ銭をもらえるようになったんです。もらえたといっても、月のタバコ代くらいですが。成功体験って言うと大袈裟ですが、話す仕事なら自分に向いているんじゃないかと考えるようになりました。
漫才で使われているソニー「C-38B」(写真=Ryuichi IKEDA/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons)
ラジオのパーソナリティとかアナウンサーになるにはどうするか調べてみました。でも、すぐにムリだとわかった。大学を出たり、専門学校に入ったりしなければいけませんから。当たり前ですけど、何もなしにパッとできるような仕事じゃない。YouTuberもいいなと思いましたが、地元にいたら何も変わらない。何をするにしても地元を出たかったんです。
■とりあえず「年収1000万円」を目標に
そのときに頭のなかに浮かんだのが、池袋で見たスクリーンでした。
学や資格がなくてもよくて、話す仕事――それって、芸人なんじゃないかと気づいたんです。それに、芸人になれば、年収1000万いけるかもしれないでしょう。
なんで1000万円か、ですか?
深い意味はなくて、高校を卒業したときに立てた目標が年収1000万円だったんですよ。自分が向上心とか闘争心がないタイプの人間なんで、目標がないとやる気が出ない。だから、死に物狂いで何が何でも稼いでやるっていう感じではないんですが、いまも年収1000万円が自分の目標ではあるんです。
東京に出て、吉本の養成所に入るって言ったとき、親は「うん? 突然、こいつは何を言っているんだ」という顔をしていました。地元で死んだように生きたくない。後悔したまま死ぬくらいなら、東京で芸人を目指したい……。両親も俺が言い出したら、聞かないことをわかっていますから「自分のケツを自分で拭くなら」と折れました。
■M-1を見たこともなかったのにお笑い芸人養成所へ
工場勤務の貯金で、養成所の入学金や学費などもろもろの50万円も一括で支払えましたし、引っ越し資金も自分で出せました。
養成所――NSC吉本総合芸能学院の校舎は池袋のサンシャインシティにあります。だから池袋まで西武池袋線で、1本で行ける桜台駅の近くにアパートを借りました。4畳と2畳半のロフトがある家賃5万5000円の部屋です。
料理はしないので、家具は電子レンジと小さな冷蔵庫だけ。テレビも洗濯機もない部屋に、いまも寝袋で寝ています。快適とはいえないですけど、先輩の芸人さんたちがよく話す「キツい下積み生活」を経験したかったし、少し生活が豊かになっていい部屋に住めるようになれば、幸せじゃないですか。
ただ養成所では浮いてますね。芸人を目指して上京したわけですが、俺は最近のお笑いをほとんど見ていなかったんですよ。
有名なM-1グランプリの出囃子があるでしょう。聞いたことはあったんですが、あれがM-1の出囃子だって知らなかったんです。実はM-1を見たこともなかった。
一方で、養成所の生徒は、本当に真面目で、どうしても芸人になりたいと真剣に考えている人ばかりです。そんな人には俺がお笑いを舐めているように見えるんでしょうね。
撮影=プレジデントオンライン編集部
坂井俊太郎さん - 撮影=プレジデントオンライン編集部
■俺は墓場から蘇った
養成所の生徒は700人くらい。大学生もいますし、60代や70代の人もいます。授業は週に4、5コマで、講師にネタを見てもらって、批評やアドバイスをもらう感じです。ネタ見せは挙手制なので、なかには1年で1回もネタを見せない生徒もいます。700人のうち、1年間で半分くらいは辞めちゃうみたいです。俺は養成所で出会った人とコンビを組んで、月に1回くらいは自分で書いた漫才を見てもらうようにしています。
授業では毎回スベりまくって、まったくウケもとれずに、講師に酷評されて、死にたくなることもありますけど、辞めようとは思ったことは一度もありません。お笑いが、いまの俺の唯一の芯なんです。芸人を諦めたら、絶対に後悔するのはわかっていますから。
もうすぐ養成所の1年間が終わるので、春からはお笑い芸人としての活動をはじめていきます。舞台のオーディションを受けながら、夜はいままで通りキャバクラの黒服のバイトを続けつつ、昼のバイトも探すつもりです。
テレビで活躍できるのは、養成所に通う700人のうち1%もいないそうです。正直に言えば、俺は、売れるとか、賞レースで勝ちたいとか、あんまり考えていないんですよ。ただ、いまは芸人として、やり切りたい。自分が満足できればいい。それだけなんです。
死ぬように生きていた墓場から蘇ったときに決めたんです。笑って、死ねるような生き方をしようって。その手段が、いまの俺にとって、お笑いなんです。
プレジデントオンラインでは、「令和の上京」の体験者を募集しています。
本連載は、個々の上京を通して、令和という時代や、東京と地方の格差、社会の変容を浮かび上がらせる目的で取材を続けています。
取材をお受けいただける方は、生年や出身地、ご職業、上京の時期や動機、思い出やエピソードなどを添えて、右のQRコードのアドレスもしくは〈reiwa-jokyo★president.co.jp〉(★を@に変えてください)までお送りください。
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山川 徹(やまかわ・とおる)
ノンフィクションライター
1977年、山形県生まれ。東北学院大学法学部法律学科卒業後、國學院大学二部文学部史学科に編入。大学在学中からフリーライターとして活動。著書に『カルピスをつくった男 三島海雲』(小学館)、『それでも彼女は生きていく 3・11をきっかけにAV女優となった7人の女の子』(双葉社)などがある。『国境を越えたスクラム ラグビー日本代表になった外国人選手たち』(中央公論新社)で第30回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。最新刊に商業捕鯨再起への軌跡を辿った『鯨鯢の鰓にかく』(小学館)。Twitter:@toru52521
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(ノンフィクションライター 山川 徹)
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