「東日本大震災は死者が多すぎた」「火葬が追いつかないから海岸沿いに遺体を埋めて…」元火葬場職員が語る、“災害大国”日本で火葬場が果たす役割
2025年3月11日(火)7時10分 文春オンライン
〈 「電車事故のご遺体は、バラバラになった身体に小石が混ざっていた」“顔だけ”の遺体を火葬したことも…元火葬場職員が明かす、損傷が激しい遺体を火葬する難しさ 〉から続く
1万人のご遺体を見送った経験のある元火葬場職員・下駄華緒さん。各種メディアで火葬場の実態を発信し続けている彼が、火葬場の裏側や仕事の実情を描いたコミックエッセイ『 最期の火を灯す者 火葬場で働く僕の日常 』(竹書房)の第4巻を上梓した。
かつて大震災が起こった際に、火葬場は大きな混乱に陥ったという。なぜ震災時に火葬場の混乱を招いてしまったのか。火葬場は公共インフラとして、どのような役割を果たしているのか。下駄さんに話を聞いた。(全2回の2回目/ 1回目 から続く)

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過去の大震災時は火葬が追いついていなかった
——今回の書籍では、震災時の火葬についても取り上げられていました。下駄さんは、子どもの頃に阪神大震災を経験されたそうですね。
下駄華緒さん(以下、下駄) はい。当時僕は小学3年生でした。地震の大きさには驚きましたが、幸い僕の住んでいたマンションは一部損壊で済んだのです。ヒビが少し入った程度だったから、そのまま自宅に住み続けられました。
でも、友人の中には長い間、家族で学校の体育館に避難している人もいましたね。当時は今ほどプライバシーへの配慮もなく、老若男女関係なく雑魚寝していたと聞いています。また、あまりにも被害が大きかったから、火葬が追いつかずにご遺体と被災者が一緒に過ごすような避難所もあったそうです。
——下駄さんは当時小学3年生だったということは、後になってから当時の話を聞いたり、調べたりしたのでしょうか?
下駄 はい。当時について調べたところ、震災の影響で故障してしまった火葬場もあったそうです。それでも、亡くなった人は通常の何倍もいましたから、24時間体制で火葬しても追いつかない。
これをきっかけに、「災害時には、火葬においても地域を超えて連携しないといけない」、いわゆる「広域火葬計画」の考えが広まっていきました。
でも、それから10数年後に起こった東日本大震災では、広域火葬計画がうまく機能しませんでした。被災地の火葬は追いつかないし、ご遺体を一時保管するためのドライアイスも足りない。そのため、海岸沿いにご遺体を埋め、順番が来たら掘り出して火葬するという対応をとっていました。
東日本大震災後、広域火葬計画への意識が高まった
——その作業に携わった方々の苦労は、相当なものだったでしょうね……。なぜ、そんな事態になってしまったのでしょうか?
下駄 阪神大震災以降に広域火葬計画の考え方が広まったとお話ししましたが、いろんな事情から策定していない自治体が多かったんです。その中には、東日本大震災で大きな被害を受けた岩手県、宮城県、福島県も入っていました。
ただ、それ以降は一気に意識が高まって。例えば2024年にあった能登半島地震では、早い段階からヘリコプターでご遺体を他県に移送して火葬することを検討するなど、広域火葬計画が機能していました。もちろん、まだまだ課題はありますが、歴史から学んで少しずつ改善されてきていると思いますね。
一方で、さらに広域火葬計画を進めるうえで、現在の日本の火葬事情では、悩ましい点もあるんです。実は日本では、年々火葬場の数が減っていってるんですよ。
多死社会の日本で、火葬場の数が減少している理由
——多死社会と言われているのに、火葬場の数は減っている?
下駄 そう。多死社会だから、火葬の件数自体は増えています。つまりどういうことかというと、1つの火葬場で火葬する件数が増えてきているんです。
例えば、ある街に、1日5件火葬できる火葬場が2箇所あったとします。年々死者数が増えている関係で、街は新しい火葬場の立ち上げを計画することに。しかし、近隣住民から火葬場新設への反対意見があがりました。同時に、同じ街の中で2つも火葬場があることに苦言を呈する人も出てきます。
現実問題として、火葬件数は増やさないといけません。そこで街は「今2つある火葬場を1つにまとめましょう。その代わりに、1日に10件ではなく、15件できるよう改修しましょう」と提案する。そんな状況が、日本各地で起こっているんです。
——住民の意見を汲みながら、火葬件数を増やせるという点ではいい案のように思えますが、災害時を考えると問題がある、と。
下駄 はい。街に1つしかない火葬場が災害で稼働できなくなったら、その地域では全く火葬できなくなってしまいます。災害対策の面から考えれば、いろんな地域のいろんな場所に火葬場があることが理想です。
——平常時の効率性と災害時の対応力、この2つのバランスを取るのは難しそうですね。
下駄 そうなんです。「うちの近くに火葬場があるのは嫌だ」という意見がとにかく多く、どんどん火葬場の数は減り、街の中でも人気のないところに追いやられていく。住人の気持ちももちろん分かるのですが、災害時を考えると正直心配です。
火葬場は重要な社会のインフラ
——そういう話を聞くと、火葬場って重要な社会のインフラなんだな、と感じます。ご遺族の精神的なケアという面だけでなく、衛生面や社会機能の維持という点でも、火葬場がないと大変なことになりますね。
下駄 日本全国に火葬場はありますが、その規模はさまざまです。例えば日本最大規模と言われる名古屋の八事斎場には、46基もの火葬炉があります。2回転すれば、1日でほぼ100件の火葬ができる計算ですね。
一方で、地方の小さな火葬場だと、炉が2つしかないところも少なくありません。ただ、どんなに人口の少ない地域でも、どんなに小規模な施設でも、故障や災害に備えて最低2つの炉を維持しているところがほとんどです。まさに、インフラだからこその備えですよね。
——下駄さんには、これまでも度々取材をさせていただきました。そのたびに、「火葬場の現状が広まってきていると思いますか?」と聞いてきましたが、最近は何か変化を感じていますか?
下駄 最近、知り合いの葬儀屋さんから面白い話を聞いたんですよ。ご遺族から「火葬後の骨についているカラフルな色は、花の色じゃなくて金属の色なんでしょう」という質問が増えているんですって。
僕が火葬場で働いていたときは、まずそんな質問をされることがなかった。また、これまでYouTubeや漫画で何度か「骨についた色は金属の色だ」と発信してきましたが、そのたびに驚かれることも多かったんです。でも少しずつ、変わってきてるというか。現場の人たちから今回のような話を聞く機会が増えてきて、すごく良い変化だな、と思っています。
元火葬場職員が「日本は“死”をタブー視している」と感じるワケ
——これまでは閉ざされた場所、触れにくい領域と思われていた火葬場について、情報が出回ることで関心を持つ人が増えてきているんですね。
下駄 はい。一方で、日本はまだまだ火葬場というか、“死”をタブー視しているな、と思った出来事もあって。
先日、台湾でトークイベントをする機会があったんですよ。その時に、「日本では、焼骨に色がついていたら、本当は金属の色なのに『花の色が移った』と説明する文化があった」と話したところ、「そんなはずがないだろ」って会場から大きな笑いが起こったんです。
——国による文化の違いが表れていますね。
下駄 日本では、“死”に関する話題でドッと笑うことってないですよね。国によって死生観や火葬に対する意識がこれほど違うのかと、興味深かったです。
——他にも台湾と日本の火葬や葬儀に関する違いを感じた点はありますか?
下駄 台湾の火葬では、ご遺体が炉に入る瞬間に参列者が一斉に「逃げて!」と声をかける文化があるそうです。なんでも、ご遺体の魂に向けて、火から逃げるように呼びかけているんだとか。日本では想像しがたい光景ですよね。
火葬場への理解が、災害への備えとなる
——最後に、東日本大震災や能登半島地震のような大災害は、今後も起こる可能性があるというニュースをよく目にします。今回のインタビューでは「火葬場はインフラ」という話も出てきましたが、これからの社会の火葬場について、どう考えていますか?
下駄 火葬場の建設計画が持ち上がると、必ず反対運動が起きます。でも実は、その影響をもっとも受けるのは反対している住民自身なんです。施設がなければ、何かあったときに火葬の待ち時間は非常に長くなる。もし大規模災害が発生したら、火葬そのものができなくなってしまうかもしれません。
「自分の住む地域には建ててほしくない」という気持ちはわかります。でも、災害の可能性も含めて少し考えていただき、火葬場の必要性を理解する人が増えてくれたら……。
これから来るであろう大規模災害に向けて、少しでも多くの地域で火葬機能が維持できるよう、今からできることをしていく。それが、亡くなった方への最後の敬意を表すことにもつながると思います。
撮影=細田忠/文藝春秋
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(仲 奈々)