熊本地震から7年 建物に甚大な影響を及ぼすキラーパルスとは

2023年4月14日(金)5時10分 ウェザーニュース

2023/04/14 05:00 ウェザーニュース

熊本地震が発生した2016年4月14日(前震)・16日(本震)から7年。ともに最大震度7を観測した大地震は、死者273人・重軽傷者2809人という人的被害に加え、建物も全壊8667棟を含む20万棟以上が破損するという甚大な被害をもたらしました。(数値は消防庁応急対策室による)
建物被害の調査・研究が進むにつれて注目を集めているのが、1〜2秒程度の周期(揺れが1往復するのにかかる時間)の地震波「キラーパルス」です。今年(2023年)2月6日に起きたトルコ・シリア地震でも生じたとみられ、熊本地震で大きな被害を与えたキラーパルスとはどのような現象で、どんな危険性を秘めているのか。
気象・防災・減災の専門解説を行っているウェザーニューズの気象予報士、宇野沢達也が解説します。

周期1〜2秒の地震動で木造住宅と共振

東日本大震災(2011年、東北地方太平洋沖地震)から12年を経て、近年では甚大な被害が危惧される「南海トラフ巨大地震」発生の切迫性も高まっています。熊本地震で建物に大きな被害をもたらしたとされるキラーパルスとは、どのようなものなのでしょうか。
「まず、地震は地盤の食い違いである『断層』が破壊されることによって発生します。断層の破壊は、始まった地点から断層全体に拡がっていきます。
震源断層には地質などによって、破壊が進みやすいエリアや進みにくいエリアがあります。このため、震源断層から発せられた地震波(地震動)は、破壊が広がる過程でさまざまな長さの周期をもつことになります。
地震動の周期は、建物の構造によって影響度が変わってきます。ガタガタと小刻みな揺れで屋内での家具の転倒などを起こしやすい周期1秒未満のもの、逆に高層ビルが大きく揺れる周期2秒以上のものなどがあります。
このうち特に周期1秒から2秒程度の地震動は、一般の住家に多い木造建築物に大きく影響を与えたり、建物の倒壊を発生させたりすることが多いため、『キラーパルス(killer pulse=危険な波動)』と呼ばれているのです」(宇野沢)

周期の違いによって変わる建物への影響

地震動の周期の違いによって、具体的には建物にどのような影響・被害の差が生じるのでしょうか。
「地震動は震源からの距離や地下構造などにより、場所ごとに異なります。地震の規模はマグニチュード(M)や震度で表されることが一般的ですが、構造物に対しては『地震の揺れ方』が大きな影響を及ぼしています。
地震動の周期は0.5秒以下を『極短周期』、0.5〜1.0秒を『短周期』、キラーパルスに該当する1.0〜2.0秒を『やや短周期』、2.0〜5.0秒を『やや長周期』、5.0秒以上を『長周期』と呼んでいます。
阪神・淡路大震災(1995年、兵庫県南部地震)では、多くの木造住宅に倒壊被害が生じました。これは主に『やや短周期』の地震動、つまりキラーパルスによるものです。
東日本大震災でみると、たとえば内陸部の宮城県栗原市周辺では震度6強〜7を観測しましたが、揺れを直接の原因とする建物被害は、津波によるものと異なり比較的少なく済みました。地震動が比較的震源に近い場所で生じやすい極短周期・短周期だったことによるとされています。
一般的に古い木造家屋のような低層の建物では、同じ震度であってもキラーパルスの場合は倒壊の危険性が非常に高まります。低層の建物がもつ『固有周期』がキラーパルスの周期とほぼ一致しているため、揺れが共振によって増幅されることが理由です。
人的にも建物にも大きな被害が出た新潟県中越地震(2004年)や新潟県中越沖地震(2007年)でも、『キラーパルス』が確認されています」(宇野沢)

東日本大震災や南海トラフ地震のシミュレーション映像などでは、超高層ビルが大きく揺れる映像をよく目にします。
「やや長周期・長周期地震動の場合も振動周期の一致による共振が生じ、一般の建物にはほとんど被害がないのに高層建物が大きく揺れるケースです。
東日本大震災の際、東京都内は震源から200km以上離れて震度5強でしたが、新宿区の超高層ビル群が10分以上にわたり大きくゆっくりと揺れました。600km離れた震度3の大阪市内でも、高さ256mの大阪府咲洲(さきしま)庁舎で約10分・最大1mの揺れが生じ、エレベーターの緊急停止による閉じ込めや内装材、防火扉の破損などの被害が出ています。
新潟地震(1964年)や日本海中部地震(1983年)では、長周期地震波が原因とみられる石油タンク火災が発生し、平成15年十勝沖地震(2003年)の際に北海道苫小牧市で起きた大規模タンク火災と浮屋根沈没を契機に、広く注目されるようになったのです」(宇野沢)

キラーパルスが生じた益城町

熊本地震でみられた建物被害と地震動の周期、特にキラーパルスとの関係性はどのようなものだったのでしょうか。
「熊本地震は布田川(ふたがわ)・日奈久(ひなぐ)の両断層帯が震源断層とみられています。2016年4月14日の前震(M6.5)、16日の本震(M7.3)を合わせた建物被害は、鹿児島を除く九州6県で全壊家屋約8000棟、半壊家屋約3万4000棟、一部損壊家屋約15万3000棟など計約21万棟に及んでいます。
最も被害が大きかったのが熊本県で、特に前震・本震ともに震度7を観測した世帯数1万1477(2015年)の益城(ましき)町は、全壊3025棟、半壊3214棟、一部損壊4344棟の計約1万棟と、被害が突出しています。
熊本地震では場所によって地震動の周期はさまざまでしたが、益城町周辺などでキラーパルスが観測されています。この地域で低層の木造建物の被害が多くなった要因は、キラーパルスによるもの考えられています」(宇野沢)

東京大学地震研究所の調査・研究では、益城町や熊本市での地震動は震源が近いことによる短い周期0.4〜0.6秒の成分に加えて、周期1〜2秒程度のキラーパルスにあたる成分も強かったことが報告されています。
この特徴は熊本地震と同じ内陸直下型の兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)で、木造家屋の被害が多かった神戸市の神戸海洋気象台(現・神戸地方気象台)や神戸大学で観測された地震動の記録とよく似ています。
また、京都大学大学院工学研究科は「地震動特性と木造住宅の倒壊率の関係」について、益城町での本震の際に観測されたキラーパルスにあたる周期約1秒を含む地震動が、木造住宅の変形に大きく影響しているとの研究報告を発表しているそうです。

トルコ・シリア地震でもみられたキラーパルス

最近では、死者5万6000人以上の大きな被害をもたらし、多くのビルや家屋が倒壊したトルコ・シリア地震(M7.5)でも、キラーパルスが生じていたとの報道がなされています。
「日本の地震工学の専門家が地震発生時のトルコ国内の地震計データを解析したところ、周期1〜2秒の揺れ、すなわちキラーパルスが観測されたと指摘しています。
また、特に地表面での地震動の加速度が大きく、複数の地点で熊本地震の益城町や阪神・淡路大震災のJR鷹取駅(神戸市須磨区)における観測記録にも匹敵していた可能性があるといいます」(宇野沢)

「耐震等級3」の住宅はほぼ被害なし

行政や建築関係者などは、今後も大地震で予想されるキラーパルスによる建物被害に対してどのような対策を講じているのでしょうか。宮城県で注文住宅などの設計・施工を取り扱う佐藤工務店の佐藤博昭さんに解説していただきます。
「国土交通省は『住宅の品質確保の促進等に関する法律』(2000年施行)に基づく『住宅性能表示制度』で、地震に対する住宅の崩壊・倒壊のしにくさを評価する3段階の耐震等級を定めました。
現行の建築基準法(1950年施行)では、耐震基準が『極めてまれに発生する地震による力に対して倒壊・崩壊しない程度』とされていますが、住宅性能表示制度ではこれを等級1として、等級2ではその1.25倍、等級3では等級1の1.5倍の力を受けても倒壊・崩壊しないレベルの耐震性を示しています。
国交省『熊本地震における建築物被害の原因分析を行う委員会』の調査によると、当時益城町には耐震等級3の住宅が16棟ありましたが、その16棟全てに大きな被害はなかったそうです」(佐藤さん)
さらに、地震による住宅の揺れを軽減するための制震テープなどを施工するなど、地震の揺れによって生じる建物への衝撃を吸収するための対策も大切だといいます。
地震の被害は震度やマグニチュードの大きさや震源との距離だけで判断・想定するべきでなく、キラーパルスを含む揺れの周期についても考慮する必要があるといえるでしょう。
地震そのものの発生を予知することは現在のところ不可能で、高い耐震性を有する住宅への建て替えも各家庭の状況によっては容易ではありません。
しかし、地震発生時の避難やその後の避難所や破損した住宅などでの生活を送るについては、事前の「備え」が大切なことはいうまでもありません。
熊本地震の発生から7年経ったいま、キラーパルスの危険性を理解したうえで、改めて日頃からの地震への備えについて考え、できることから実行してみてはいかがでしょうか。

参考資料など

消防庁応急対策室「熊本県熊本地方を震源とする地震」(https://www.fdma.go.jp/disaster/info/items/kumamoto.pdf)、内閣府「2016年(平成28年)熊本地震」(https://www.bousai.go.jp/kaigirep/houkokusho/hukkousesaku/saigaitaiou/output_html_1/pdf/201601.pdf)、「2016年熊本地震における地震動特性と木造住宅の倒壊率の関係」(村瀬詩織,大村早紀,杉野未奈,林康裕:日本地震工学会論文集 第18巻 第2号 2018)、東京大学地震研究所「2016年4月14日熊本地震」、同「2023年2月6日トルコ南部の地震」、文部科学省研究開発局地震・防災研究課「地震がわかる! Q&A」

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