“渋谷の北朝鮮”と呼ばれたマンションが直面した現実「相場の30~40%に設定しても買い手がつかない」渋谷の一等地なのにマンションが売れない事情とは
2025年4月26日(土)12時20分 文春オンライン
〈 土日は介護ヘルパーの入館禁止、管理人が警察沙汰を起こしたことも…「渋谷の北朝鮮」と呼ばれたマンションの“とんでもない独裁体制” 〉から続く
新宿駅からわずか2駅、最寄り駅から徒歩4分。都心の人気のヴィンテージマンションシリーズにもかかわらず、相場に比べて格段に安価なマンションがあった。その理由は、管理組合の理事たちによる30年近い“独裁的な管理”と、そこで強制される大量の謎ルールにあった。
住民たちはマンションの自治を取り戻すべく立ち上がり、無事に“政権交代”を実現。現在は資産価値も上昇している。
いったいそのマンションには、どんなルールがあったのか。管理組合と闘った住民たちの結末とは——。ノンフィクションライター・栗田シメイ氏の著書『 ルポ 秀和幡ヶ谷レジデンス 』(毎日新聞出版)より一部を抜粋・再編集して紹介する。(全2回の2回目/ 1回目 から続く)

◆◆◆
有志の会を襲った苦難
2020年2月の総会を終えて、有志の会の一部メンバーは手応えを感じていた。次回の役員改選で、勝負をかけられるのではないか。そんな感触をつかみつつあった。最大の理由は平時の総会の参加者が増えてきていたこと。加えて、委任状の集まりが80に届いていたことだった。
しかし、新型コロナウイルスの蔓延により、集会や活動に大きな制限がかけられることになる。以前より、活動資金を得ることも重要課題であった。19年に会則を作り、自治会で口座を開設した。これを最後に、集会所の閉鎖に伴い、月に2度開いていた集会は自粛を余儀なくされる。
「最もツラい時期を挙げるなら、20年3月からの半年間ですかね。そもそも満足な活動がほとんどできなかったので。これまで苦労して積み上げてきたものが手から崩れ落ちていくような感覚でした」
ゴールが見えない絶望感
手島は、後にこう振り返っている。
世間の風潮に鑑みても、とても開催に踏み切ることはできなかった。住民の中には仕事を失う可能性がある人、生活に不安を抱える人もいた。賛同者に高齢者が多いことから、集会によるクラスターの発生を恐れた面もある。
有志の会や自治会と日常生活を天秤にかけた時、大半の住民が自分の生活を優先した。手島にはそのことを咎めることなどできなかった。そんな中でも月に1度のメルマガ配信だけは継続した。
ようやく有志の会の活動が再開したのは、4カ月後、7月24日の昼下がりであった。通常であれば固定メンバーが10名ほどは参加していたが、この日は手島、今井、桜井の古参の3名の参加に留まった。
「前年のことが噓のように、委任状の数(の増加)も止まってしまった。それどころか、賛同者から抜けていく人もどんどん出てきたのです。集会すらままならないのですから、仕方ないですが、ゴールが見えない絶望感があった。ただ、私が折れると本当に終わってしまうかもしれない。病の身でも何とか顔に出さないように振る舞っていました」
プロローグで記したように、そんな折に私は佐藤と出会った。後に聞いた話だが、マスコミの取材が入ることに対して慎重な意見も少なくなかったという。
「取材により秀和幡ヶ谷が荒らされるのではないか」
「自分たちの生活に弊害が生まれるのではないか」
こんな声が上がった。おそらく私が区分所有者でも同じように感じただろう。これまで配慮に欠けたマスコミ取材が原因で活動が崩壊してきた現場を数々見てきた。マスコミを警戒する彼らの感覚は概ね正しい。むしろ、その慎重さゆえにここまで活動が成り立ってきたのだろうと想像がついた。
「生活に自由がない」「私たちは普通の暮らしを求めているだけ」住民たちの悲痛の声
行政や警察、司法も議員も動けない。そんな中で、藁にも縋るような気持ちでイチ記者である私に、人を介して佐藤からのコンタクトが届いた。
「正直に言うと、今後どうしていいのかもう分からなかった。理事会に委任状を預けている人たちは、有志の会の言動を『妄想だ』と捉えているような節すらあった。理事会がそう吹聴していたから、そのまま信じていたんだと思います。加えて、理事会のルールなど管理状況を一切知らなかった、知ろうとしなかった人たちも一定数いた。その見解を崩すには、我々の活動だけでは限界が来つつあった。もしかしたら1つの報道が流れを変えるかもしれない。そう信じるしか他に選択肢がなかったんです」
佐藤と何度かやり取りしたあと、私は「できるだけ多くの角度から証言を集めたい」と求めた。記事の構成としては、有志の会と管理組合の互いの意見を掲載する“紛争”報道にするしかないと考えていた。そんな中でも、区分所有者たちの切なる声はとくに細かく拾っておくべきだ、と判断した。
ここからの佐藤の行動は迅速だった。新宿の事務所で会ったあと、すぐに有志の会を集める段取りを組んだ。コロナ禍のため、せいぜい2〜3人の参加だろうと高をくくっていたが、10名ほどが区の集会所に集まった。ニット帽を被り、頭部を隠した手島の姿もあった。
有志の会の主張は、これまで記してきた管理体制の是非を問うものが大半だった。その上で、
(1)大幅な管理費値上げの見直し
(2)国が推奨する総会運営の実現
(3)マンションのお金の流れの明確化(第三者機関などへの調査依頼)
(4)避難経路の常時確保、外階段の常時施錠の撤廃
(5)デイケアなど、介護・医療機関の出入り制限の撤廃
(6)希望者には「バランス釜」から「ユニットバス」への変更を許可すること
(7)現管理組合の固定理事による執行部長期体制の見直し
の7点を管理組合に求めていくという趣旨だった。さらに、一部の不動産業者への売買の解禁やタッチキーの付与についても言及した。
当時の私の取材メモを見返してみると、印象深い言葉に二重の赤線を引いていた。
「生活に自由がない」
「私たちは普通の暮らしを求めているだけ」
強烈な内容の管理ルールよりも、住民たちの口から次々とこぼれ出る率直な言葉に対して、心が動かされていた。
「相場から30〜40%に設定しても、全く買い手がつかない」理由とは…
この日の参加者の中に、1人興味深い立場の人間がいた。渋谷区代々木に不動産会社を構える島洋祐(41)だった。
島は数カ月前に、ある不動産会社から請われる形で、秀和幡ヶ谷レジデンスの1室を法人名義で購入していた。発端は「オーナーが管理組合に強い不信感を持っており、たたき売りでもいいから手放したい」と相談を受けたことだった。渋谷区の一等地であれば、転売すれば利益が出るはずだ。そんな皮算用のもと、格安ともいえる金額で島は購入を決めた。
売買契約を結ぶ前、島は視察に訪れている。習慣的に外観の写真を撮っていると、管理人の大山が「何をやっているんだ、お前は!!」と小走りで追いかけてきた。「撮った写真を全部消せ」と威圧的に凄まれ、その場で消去を強制された。数多の売買を成立させてきた島にとっても、初めての経験だった。
管理人には面食らったが、立地を考えると売れるはずだ。内外装もヴィンテージマンションにしてはきれいに保たれていることも加点要素だった。ただ、島の培ってきた不動産業界の常識は、秀和幡ヶ谷レジデンスには当てはまらなかった。
「相場から30〜40%に設定しても、全く買い手がつかないんです。非常に売りづらいマンションで、その理由は理事会の存在に凝縮されていた。不動産屋から問い合わせが来ても、管理の実態を告知義務として伝える必要がありました。そうすると、見事にスーッと引いていってしまう。世帯数が多いと組合の交代のハードルは一層高い。正常化には何年かかるか分からない、というのが当初の印象でした」
購入から間もなくして売却を半ば諦めた島は、賃貸で貸し出すことにした。入居者はあっさり決まったが、早々にトラブルに直面する。水漏れが生じた際に、借り主が管理人に相談すると工事業者を手配したという。そこで「オーナーには報告するな」とした上で、後日、工事業者から数十万円の請求書が島の会社に届いた。
「何の権限があって勝手に高額の工事を行ったのか」
島は激怒し管理人を問い詰めたが、要領を得ない説明しかない。支払いを拒否したことで、直接的な嫌がらせともとれる行為にも遭った。水漏れ後に空室になり、別の借り主を探そうとすると、入居者面談でことごとく落とされたという。賃貸もおぼつかなくなり、困り果てた島は、内容証明郵便を送付したが受け取りを拒否された。
理事会の言い分はこんな趣旨のものだった。前オーナーが売却を検討していた際に、吉野理事長から「勝手に売るな」「ウチの指定した不動産屋で売れ」「そうでないと新しい区分所有者は認めない」という“注意”がなされた。書類上では売買契約は完了している。
ただし、管理組合の承認を得ていないため、区分所有者として認めない、というロジックだ。正当性が危ぶまれる理屈ではあるが、島の他にも秀和幡ヶ谷レジデンスで同じような経験をした者は複数名いたことも記しておく。
(栗田 シメイ/Webオリジナル(外部転載))
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