《大手私鉄間では「45年ぶり」》小田急→西武で車両の“嫁入り”が起きた背景

2025年4月29日(火)12時0分 文春オンライン

 2025年4月10日、西武鉄道は新型車両「8000系」を報道公開した。5月末頃から国分寺線で投入する予定だ。


 この車両、西武鉄道にとっては「新型」だけれども、実は小田急電鉄の移籍車両である。「西武鉄道が小田急電鉄の中古車を導入する」として話題になったが、実車を見れば入念に整備されており、西武電鉄の仕様に改められている。小田急の素材を使った西武鉄道の新車だ。


小田急から来た“花嫁”を着飾らせた西武


 第一印象としては「小田急らしさ」も残したように見える。例えば白い車体だ。小田急8000形は白地に青帯。対する西武8000系は、白地に青と緑のグラデーションで市松模様を作っている。小田急色を残して飾り帯を変えただけのように見えて、実はこの白は小田急の白ではない。西武鉄道の白に塗り替えられている。



市松模様が特徴的な西武鉄道8000系(筆者撮影)


 小田急の車体は「ケープアイボリー」といって、少し黄色みがある。アイボリーは象牙に由来する色だ。ケープアイボリーに青帯は1969年から採用した通勤型車両のシンボルカラーだ。1987年にステンレス車体の1000形が登場して以降は銀色車体に青帯となった。8000形は往年の小田急色を残した最後の形式として、小田急ファンに人気がある。


 そのケープアイボリーを、西武鉄道は白に塗り変えた。飯能と西武秩父を結ぶ4000系と同じ白だ。西武ライオンズを象徴する「白地に青と赤と緑」の白である。西武鉄道の通勤車両は1969年以降に黄色の車体が標準となり、1988年の4000系から白が基調となる。現在はステンレス車体が中心だけれども、先頭車運転席付近に白を残す。


 古風な言い方になるかもしれないけれど、西武鉄道は小田急生まれの“花嫁”を迎えるに当たり、西武カラーの「無垢の白」に塗り替えたわけだ。そのうえ西武鉄道のシンボルである青と緑で着飾った。「新しい着物をあつらえて、これからも大切にしますよ」というメッセージといえそうだ。


小田急が花嫁に持たせた“嫁入り道具”


 鉄道会社にはそれぞれ異なる仕様がある。「軌間と電圧が同じならそのまま走る」とはいかない。そこで花嫁には他にも「西武家」の作法が与えられた。


 保安装置の列車自動停止装置(ATS)はその一つだ。同様に列車無線機器、地上機器と車両機器の情報伝送装置も取り替えた。床下機器では蓄電池も増設。これは小田急と西武の規定の違いだ。電源を供給しない場合、車内機器を維持するために蓄電池を搭載している。小田急は30分維持できる蓄電池を搭載しており、西武鉄道は60分維持する規定になっているそうだ。


 増設した蓄電池ボックスは新品ではなく、小田急が廃車した8000形からの流用だ。このほか、改造元になった車両で傷みがあった機器については、廃車した8000形から程度の良いものを流用しているという。これは小田急側の作業だったとのこと。繰り出す側も、しっかり“嫁入り道具”を調えたわけだ。


 ちなみに、連結器部分もスッキリしている。小田急電鉄で使っていた電気連結器を取り外したからだ。電気連結器は編成同士を連結したときに、電気信号などの配線を接続するために使用する。小田急電鉄では小田原方面と江ノ島方面の電車を連結するために使っていたけれども、西武鉄道で導入予定の国分寺線では編成の連結や解結は行わないため、外した。


「新しい車両」といわれても違和感ナシ?


 車内で大きく変わったところは座席だ。車両の端の座席について、小田急時代は4席掛けだった。ここを西武鉄道は3席にし、そのために座席の凹みを変更。だから座面の素材も7人掛け席とは異なっている。優先席の4人掛け席はタテのポールが中間に配置されていた。立ち座りのサポート役であると同時に、2人ずつ分けるような配置で、4人掛けを意識させていたわけだ。ここを3人掛けとするために、立ち客用のパイプの位置も変更している。荷棚の端を見ると、元のパイプ取り付け部の跡が残る。


 蛍光灯部には監視カメラを設置した。これは近年の車両更新ではよくある。このほか、荷棚上の広告サイズも異なるため、西武鉄道用に取り付け治具を追加した。


 すっかり西武鉄道仕様になったため、事情を知らない国分寺線のお客さんは「新しい電車になったな、また池袋線や新宿線から回ってきたのかな」と思うだろう。これが小田急電鉄から来た電車なんて、鉄道に詳しい人でなければわからない。それこそ西武鉄道の意図だ。この電車は西武鉄道の8000系である。それでいいのだ。


大手間の車両譲渡は「45年ぶり」のレアケース


 大手私鉄の通勤電車はだいたい20年から30年で引退する。減価償却期間は13年だけれども、実際はもっと長持ちする。引退の理由は老朽化ではなく、主にサービス向上のために新車と入れ替えるからだ。スピードアップや最新の信号設備の導入、相互直通運転に対応するタイミングで新車が入り、現役の電車はところてん式に押し出される。


 引退した通勤車両の多くは解体されてしまうけれど、状態の良い車両は運行頻度の低い支線に転用させられるか、中小私鉄に譲渡される。中小私鉄は経営難だから、新車を発注するよりも程度の良い中古車両を買って走らせたいわけだ。大都市の通勤電車は激務だったけれども、ローカル私鉄ならまだまだ頑張れる。読者の方々も遠く離れた旅先で、通学や通勤で乗っていた電車に再会し、懐かしく思った経験があるかもしれない。


 一方、大手私鉄から大手私鉄への車両譲渡はとても珍しい。しかし、ゼロではない。大正期に目黒蒲田電鉄(後の東急電鉄)から阪神急行電鉄(後の阪急電鉄)へ譲渡した事例がある。また、戦後の混乱期は大手私鉄も経営困難で、運輸省(当時)が国鉄63系電車を大手私鉄に割り当てた。それを大手私鉄間で融通するという事例があった。中でも名鉄から東武や小田急への譲渡などが知られている。


 近年の例として、1975年と1980年に東急電鉄の電車が名古屋鉄道に譲渡された。名古屋鉄道沿線の通勤需要が増大し、通勤用ロングシート車両が不足したところで、ちょうど東急電鉄が車両の売却を決めたからだった。そこから数えると、大手私鉄同士、今回の小田急電鉄から西武鉄道への車両譲渡は45年ぶりである。まさに電撃移籍(電車だけに)。


 今回、西武鉄道は小田急電鉄の電車を買った。実は西武鉄道はもう1車種、東急電鉄の9000系電車も購入予定だ。小田急と東急から、2030年度までに約100両を購入予定としている。


続々と中古車両を導入……西武鉄道は「金欠」なのか?


 勘違いしないでほしいのは「西武鉄道もとうとう資金不足になり、中小私鉄と同様に中古車両の購入に切り替えた」のではない、ということだ。例えば、西武鉄道は最新型の40000系電車も増備を続けている。西武新宿線の特急「ニューレッドアロー」の老朽化引退に向けて、新たなライナー車両も導入予定だ。


 西武鉄道は車両の寿命が長い。車両整備技術が高いからだ。なにしろ戦後は国の車両供給割り当てを待てず、各地の被災車両を拾ってきて電車に仕上げたくらいである。その伝統を引き継いだ高度な整備技術のおかげで、池袋線や新宿線に導入した新型車両を長く使えている。これらの電車は、まだ支線に転用する時期ではない。


 支線では古い車両が頑張ってきたけれども、こちらの老朽化は問題だ。特にモーターに電力を提供する制御装置が旧式で電力消費が大きい。近年の制御装置はVVVFインバータ(可変電圧可変周波数制御)方式になっている。ならば支線用にVVVFインバータ搭載車両を採用した新型電車を作ればいい、となるけれど、長い目で見るとよろしくない。


 これは私の見立てだけれども、支線用の新車が長生きすると、池袋線や新宿線を引退した車両の行き場がなくなる。だから、あと10年か15年、そのくらいのつなぎ役があればいい。そこで着目した施策が「他社で引退し、まだまだ使えるVVVFインバータ電車を譲ってもらおう」だった。


西武の要求を小田急・東急が快諾したワケ


 これは西武鉄道が掲げる「グループ全体でのCO2排出量を2030年度までに2018年度比で46%削減、再生可能エネルギー導入率を2030年度までに50%とする」という目標にも合致する。支線向け新型車両を少しずつ投入するよりも、他社で引退するVVVFインバータ電車を大量に調達したほうが目標を達成しやすい。何より、電車の製造時に使うエネルギーで大量のCO2を発生させることも看過できない。


 こうして西武鉄道の中古車両探しが始まったわけだが、なかなか大変な作業だったようだ。自動車なら中古車情報誌があるけれど、鉄道業界にそんな便利な手段はない。「おたく、電車が余っていませんか……」と門を叩くような取り組みが始まった。


 幸いなことに、小田急電鉄と東急電鉄が西武鉄道の主旨に賛同し、新車と入れ替えに発生する余剰車両を譲渡してくれることになった。小田急はグループ全体で2050年までにCO2排出量の実質ゼロを目指し、東急グループも2030年までにCO2排出量を46.2%削減し、再生可能エネルギー率50%を目指している。小田急電鉄、東急電鉄ともにさらなる省エネ車両の導入を進める一方で、引退車両の処遇に困っていたと思われる。大柄な20メートル級車体は中小私鉄に譲渡しにくく、解体するしかなかった。それを西武鉄道が引き取ってくれるのだ。


 西武鉄道は程度の良い省エネ車両を得られ、沿線の人々も新しい車両に乗れて、小田急と東急は車両を捨てずに済んだ。三方良しである。小田急沿線にお住まいの方も、西武鉄道の国分寺線に乗りに行って懐かしさを楽しんでみてはいかがだろうか。東急沿線育ちの私は、東急の9000系電車がどんな「西武鉄道色」に染め上がるか、今から楽しみだ。


(杉山 淳一)

文春オンライン

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