「日本では中身が似通ったビルが乱立している」建築家・重松象平が虎ノ門ヒルズ ステーションタワーに託したメッセージとは?

2025年5月7日(水)7時0分 文春オンライン


建築家の重松象平氏は、九州大学BeCATのセンター長として研究・教育拠点の運営を担ってきた教育者の顔を持つ。一方、2023年開業の「虎ノ門ヒルズ ステーションタワー」の設計を担当するなど建築業界の第一線で活躍中だ。自身の活動を通じて体現してきた“建築家が本来あるべき姿”とは。重松氏が語った。



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牡蠣殻を建材に活用したい


 私が学生だった頃は、実際のプロジェクトに関わることができる機会といえば、建築設計事務所でのアルバイトに限られていました。しかし、携わるというより手伝うという感覚の方が強く、設計スキルや模型の作り方は覚えることができても、自らイニシアティブを取ることは当然ながらできません。こうした経験から、今の学生には、なるべく早い段階で実社会と接する機会を作りたいと考えています。



2023年開業の「虎ノ門ヒルズ ステーションタワー」は、重松象平氏が設計を担当した (Photography by Julian Cassady)


 しかし、そもそも建築家というのは、元々イニシアティブを取る機会が非常に少ない職業です。クライアントの発注ありきの職業なので、建築家自身が起業家的精神を持って自ら事業を計画し、設計もやることは、そう多くない。当然、大学でもイニシアティブを取るための自発的な教育はほとんど行われていません。しかし私は、世の中の課題が多様化する中で、建築がそれらの課題を解決し、環境や経済など社会全体に良い影響を及ぼす可能性は大きくなっていくと考えています。


 BeCATでは現在、牡蠣の殻を活用した建材づくりに着手しています。糸島にはたくさんの牡蠣小屋がありますが、そこで捨てられる大量の牡蠣の殻が産業廃棄物として問題になっています。地域にこうした課題があると知って、我々と学生たちは牡蠣の殻を建材に活用できないか、地元の建材メーカーに話を持って行きました。協議を重ねながら、セメントと牡蠣の殻を混ぜ合わせた建材用タイルを開発し、現在、商品化を目指し試験を重ねています。


 このように、建築家はクライアントからの依頼を待つだけでなく、自ら課題を発見し、それを解決するために技術を活用することが可能です。たとえ社会的な大きな課題でなくても、例えば日差しが強すぎる住宅の問題を、環境シミュレーションを用いて解決することもできます。建築家の可能性は非常に大きく、社会に貢献できるという認識を、学生自身が早期に身につけ、また社会に理解してもらうことで、従来の「箱物を作るだけの建築家」というイメージが変わっていくのではないかと考えています。


なぜ同じようなビルが乱立する?


 私はよく、建築物をお弁当箱に例えるのですが、一般的に、建築家は「かっこいいお弁当箱だけを作ってください」という依頼を受けることが多く、中身である具材はデベロッパーなどクライアントに一任されてきました。しかし私は、建築家は箱だけでなく、中身にあたる具材の構成にも積極的に関与すべきだと考えています。実際、2023年に開業した「虎ノ門ヒルズ ステーションタワー」の設計時には、虎ノ門というビジネスや官公庁の中枢を象徴する施設を作るべきではないかと、デベロッパーに提案しました。その提案が基になって、タワー上層階にある複合施設「TOKYO NODE」が完成しました。しかし、これまでこうした建築家からの主体的な提案があまりなされなかったために、日本では中身が似通ったビルが乱立する現状があります。駅前のビルは大体どこに行っても同じようなテナントが入っていて、建築家の個性を感じられるケースは稀です。どんなに箱をかっこよく作っても、中に入っている具材が同じだったら、同じお弁当を食べている経験にしかなりません。


 これは、建築家だけの課題ではなく、社会やクライアントの建築に対するリテラシーの低さという課題でもあると思います。「デザイン性はどうでもいいから安く仕上げたい」、「箱だけかっこよければ中身はどうでもいい」という考えの施主ばかりでは、建築家が社会に変化をもたらすような提案はできません。


 私は常々、建築学科の最終目標が建築家になることだけに偏っている点が問題だと思っていました。例えば芸術学科ではアーティストになることだけが目標ではなく、キュレーターやコレクター、アート系メディアに携わる人材も輩出しています。


 一方、従来の建築学科では、講義を行う側もほとんどが建築家で、その結果、建築家になることが唯一のゴールとされがちです。しかし、建築というのは非常にすそ野が広い業界であり、施主やデベロッパー、政治家、財界人、行政担当者、評論家など、さまざまな分野の「理解者」が必要です。BeCATでは、講師にクライアント側の立場の人を招くなど、良い建築家だけでなく、良い理解者を育てることも重視し、建築業界全体の“生態系”の見直しを図っています。



※本記事の全文(約4700字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています(重松象平「 建築学科を根本から作り変えたい 」)。



(重松 象平/文藝春秋 2025年4月号)

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