「教皇に黒人のルーツ」報道に驚きの声…初のアメリカ人教皇は、現地でどう見られているのか?《在米ライターが解説》
2025年5月27日(火)8時0分 文春オンライン
4月21日(現地時間、以下同)にローマ教皇フランシスコが死去し、5月に行われた教皇選挙によって新教皇レオ14世が誕生した。カトリック史上初となるアメリカ人教皇は、祖国ではどのようにみられているのか? 在米ライターの堂本かおる氏が寄稿した。
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2025年5月18日、新教皇となったレオ14世の就任ミサがバチカンのサン・ピエトロ広場にて行われた。世界中から集まった10万人を超す人々を前に、新教皇は「地球の資源を搾取し、最貧困層を疎外する」経済システムを批判し、ウクライナとガザのために祈りを捧げた。
戦争、経済、移民問題などいくつもの問題を抱えて世界中が激しく揺れている今、信仰も国も問わず、誰もが精神的なリーダーを欲しているように見える。

史上初のアメリカ生まれの教皇
レオ14世は史上初のアメリカ合衆国出身の教皇となったが、人々が不安に苛まれているのはアメリカも同じだ。第2期トランプ政権の発足からわずか4カ月だが、連邦職員の大量解雇や関税による物価の大幅上昇など市民生活を直撃する政策の連打となっている。
アメリカにおけるカトリックの人口比は20%弱だが、アメリカ人もまた信仰にかかわらず、拠り所を求めている。折しも映画『教皇選挙』のヒットが重なり、新教皇選出への関心が高まっていた。そこへ思いもかけないアメリカ人教皇誕生のニュースが飛び込み、レオ14世への関心は否が応でも高まった。
5月8日の教皇選出以来、アメリカのメディアは新教皇の経歴、信条、人柄、日々のスケジュールを追い続けた。教皇は連日のように大観衆を前にしてのミサや、世界中から1000人以上ものジャーナリストを迎えて所見表明などを行い、その度に何らかの社会的、政治的な発言を行っている。現代社会にあって聖職者も政治にノータッチではいられないのだ。加えて「教皇は黒人のルーツを持っていた」と驚きのリポートもなされ、アメリカ人の教皇への関心はさらに掻き立てられたのだった。
現在69歳、ペルーで通算20年を過ごした
教皇レオ14世の本名はロバート・フランシス・プレヴォスト。1955年9月14日、イリノイ州シカゴのサウスサイド地区で生まれている。3人兄弟の末子で、現在69歳。カトリック系の高校を経て同じくカトリック系の大学で数学を専攻したのち、神学校にて神学の修士号を取得。その時期、地元の高校で数学を教えることもしている。その後にローマの教皇庁大学にて教会法博士号を取得。
1985年に宣教師としてペルーに赴き、以後、通算20年を過ごし、ペルーの市民権を取得してアメリカとの重国籍者となっている。英語、スペイン語、イタリア語を話す。2023年、生前の教皇フランシスコによってバチカン勤務を命じられ、枢機卿として世界中の司教を任命する任に就く。2025年5月の教皇選挙にて第267代教皇に選ばれ、レオ14世を名乗ることとなった。
黒人のルーツを持つことが発覚
教皇選挙の結果を知ったルイジアナ州ニューオーリンズのある歴史家は、教皇のプレヴォスト(Prevost)という姓がフランスに多いことから、ふと教皇の祖先を10〜12世代ほど遡ればルイジアナに縁があるかもしれないと思って調査し、驚くべき事実を発見する。白人と思われていた教皇は、その祖父母がルイジアナ・クレオールだったのだ。
クレオールとは広義には白人と黒人の文化が混じり合ったさまざまなものを指すが、ルイジアナ・クレオールにはもう少し狭義の意味がある。現在のルイジアナ州は1803年に買収されるまでフランス領だったことからフランス系の白人が多く、加えて黒人(フランス領/植民地だったカリブ海の島経由)、さらに先住民やスペイン系もおり、混血も進んでいた。肌の色はさまざまだったが、こうした人々はルイジアナ・クレオールと呼ばれた。
調査によると、教皇の母方の祖母はルイジアナ・クレオールであり、祖父はカリブ海のイスパニョーラ島(ハイチ/ドミニカ共和国)からの移民。当時、祖父母は国勢調査に「黒人」と記録されていた。祖父母はのちにシカゴに移り、1910年の国勢調査ではともに「白人」と記録されている。黒人差別が激しかった時代、肌の色が薄い黒人の中には差別を避けるために、状況が許せば出自を隠して白人として生きる道を選んだ人々がいる。これを「パッシング(passing)」という。
教皇の母親は、この祖父母からシカゴで生まれ、長じてシカゴ生まれのイタリア系2世の男性(その父、教皇の祖父はイタリアのシシリー島からの移民)と結婚し、教皇を含む3人の男児を出産。教皇の長兄はこの件について取材され、「一家は黒人であるとは認識しておらず、クレオール系のルーツについて話したことは一度もない」と答えている。教皇と兄たちが家系についてどれほど知らされていたのかは不明ながら、教皇は母方と父方、双方の家系の詳細が報じられたのち、自身を「移民の子孫」と語っている。
同郷人が教皇になったとして喜んだのはアメリカ人、ペルー人だけではない。レオ14世が流暢なスペイン語を話すことから中南米諸国のスペイン語話者も教皇に強い親近感を抱いた。さらに“クレオール報道”により、アフリカ諸国やカリブ海諸国の黒人カトリック教徒にも大いなる驚きと喜びをもたらしたと伝えられている。
レオ14世は教皇に選ばれたのち、公の場では冒頭のみ簡略に英語で話し、説教や祈りではイタリア語またはスペイン語に切り替えている。しかし教皇の英語はアメリカ英語であり、アメリカ人であればすぐに聞き分けることができる。さらにシカゴでの数々のエピソードが伝えられ、アメリカ人の親近度は一気に高まった。
シカゴニアンの間で高まる“レオ熱”
教皇が過去にシカゴに帰郷した際にメジャーリーグ・ホワイトソックスのユニフォームを着て試合を観戦している写真、ピザ・レストランでの友人もしくは同僚たちとの集合写真などを見ると、「どこにでもいる普通のアメリカ人」といった出で立ちだ。
ゆえにアメリカ人、中でもシカゴニアン(シカゴ人)の“レオ熱”は高まり、早々に発売されたレオ14世のトレーディングカードは、スポーツ選手以外のカードとしては過去最高の売り上げとなった。教皇の仮装でホワイトソックスの試合を観戦するファンも現れた。シカゴのあるレストランは「神聖に味付けされたイタリアンビーフを使い、グレービーソースによって洗礼」された、「ザ・レオ」と名付けたサンドイッチを売り出している。
教皇との思い出を語る“2人の兄”
レオ14世の“普通のアメリカ人”像をさらに押し上げたのが、教皇の2人の兄だ。どちらも多くのメディアに取材され、弟のロブ(=ロバートの愛称)が教皇となった驚きと喜びを繰り返し語った。しかし、2人の兄のキャラクターは対照的だった。
真ん中の兄・ジョンは地元シカゴでカトリック系の学校の校長だった人物。穏やかな語り口で子ども時代の思い出や、教皇が幼い頃から聖職に就くことを自覚していたことなどを語った。また、これまでは毎日電話で話し、Wordleというオンラインの言語ゲームを一緒にやっていたが、今後は会うことがさらに難しくなるだろうと寂しそうな表情も見せた。
長兄のルイスはフロリダ在住の退役軍人。ジョンと異なり、大きな声で表情豊かに話す。弟が教皇になったことに戸惑いながらも、次に会うときは「それでも弟として扱う。ハグして、『ロブ、この間抜けめ、なんてことしでかしたんだ?』と言う。ヤツの帽子を脱がせて nuggie(ナギー) をくれてやる」とおどけた。nuggieとはアメリカのコメディ映画などで見掛ける、相手の首を腕で抱え、頭をげんこつでグリグリする仕草だ。
しかし、メディアはルイスの過去の過激なSNSポストや発言を掘り起こし、ルイスが「MAGA*」であると報じた。最悪のものはおそらく、民主党の元下院議長ナンシー・ペロシを「酔っ払いのC___(女性器の蔑称、馬鹿者の意味で使われる)」と罵ったものだと思われる。他にも元大統領バラク・オバマと民主党を「独裁国家、しかも人種差別国家に変えることを望む、完全な共産主義者」などと批判。トランスジェンダーの子どもについても、その親を攻撃するものがあった。
*MAGA=「アメリカを再び偉大に」の英語頭文字で、トランプの熱烈な支持勢力を指す
また、イギリスのTVパーソナリティー・ピアーズ・モーガンの番組に登場した際には、海軍時代にトランプの元側近として知られるスティーヴ・バノンが同じ戦艦に乗っており、(バノンがトランプの側近として知られるようになったのちに)連絡を取ろうとした」などと話している。
米副大統領を批判するポストも
レオ14世は枢機卿時代にX(旧ツイッター)のアカウントを持っており、コロナ禍のワクチン推奨、死刑反対、白人警官に殺害されて世界的なBLM現象の発端となった黒人男性ジョージ・フロイドへの祈りなど、社会問題についてポスト、もしくはリポストしていた。
最近では2月に、JDヴァンス米副大統領のキリスト教観を「JDヴァンスは間違っている」「ランク付けは無い」と、引用記事のタイトルをそのまま使って批判していた。
ヴァンスのポストは「キリスト教にはまず家族を愛し、次に隣人を愛し、次に地域社会を愛し、そして市民を愛し、そして最後に世界の残りの人々を優先するという考え方がある。しかし極左の多くはそれを完全に覆している」というものだった(教皇就任後にアカウントは削除され、新たに教皇としてのアカウント〔@Pontifex〕を継承している)。
トランプ大統領は教皇の衣装をまとった画像を投稿
トランプと親しい極右インフルエンサーのローラ・ルーマーは、トランプが米国内の非正規移民をエルサルバドルの刑務所に強制送還した件を教皇が批判したとして、「教皇は反トランプ、反MAGA、国境開放派、マルクス主義者」と非難した。
トランプ政権第1期の首席戦略官だったスティーヴ・バノンは、レオ14世を「アメリカ人だが、アメリカ・ファーストではない」とし、「レオとトランプの間に摩擦が起こるだろう」と対立を煽っている。
トランプ自身は先代の教皇フランシスコが亡くなった直後に、自分が教皇の衣装をまとったAI画像を自身が運営するSNS「トゥルースソーシャル」にポストし、それを「X」のホワイトハウス公式アカウントが再ポスト。これは故人への敬意を著しく欠く「コスプレ」であるとして猛烈な批判を浴び、あるカトリック団体が抗議の声も上げた。
しかし、トランプはレオ14世については、今のところ教皇就任の祝辞をポストしたのみ。ただし教皇選挙の3日後に「大統領選でカトリック信者の投票を勝ち得た、たくさん!」とポストしている。トランプにとっては信仰や信者もまた「票」なのである。
教皇が贈った「平和は壊れやすい花」と刻まれたブロンズ像
18日の教皇就任ミサには世界150カ国からの代表が参列したがトランプ自身は出向かず、ヴァンス副大統領と国務長官マルコ・ルビオを送り出した。ともにカトリック教徒だ。ウクライナのゼレンスキー大統領も参列し、ミサの後にレオ14世と個別会談した際、重火器の弾薬を保管していた木箱の破片に描かれた「聖母子」の絵を教皇に贈呈し、教皇からも贈り物を受け取った。
ヴァンス副大統領とルビオ国務長官も翌19日の朝に教皇に謁見した。会談は非公開だったが、「教会と米国政府の協調」が語られたと伝えられている。贈り物の交換はメディアの前で行われ、ヴァンス副大統領は教皇の出身地のアメリカンフットボールチーム、シカゴ・ベアーズのTシャツに教皇の名前を入れたものと、ホワイトハウスへの招待状を手渡した。教皇からヴァンス副大統領に贈られたのは、イタリア語で「平和は壊れやすい花」と刻まれたブロンズ像であった。
教皇の「平和」を重要視した意見
レオ14世の社会問題に対する意見は、あらゆることに非常に寛容かつ包摂的だった先代フランシスコに近いが、フランシスコに比べると中道寄りとされている。
まず、何よりも「平和」を重要視し、ウクライナとガザの現状について繰り返し語っている。
移民問題については、レオ14世が20年暮らしたペルーには多くのベネズエラ移民がおり、その苦境を長年にわたって見てきたことから、特に関心が強い。そこからトランプの移民政策への批判的な意見も出ている。
カトリック教会における女性の地位向上については、先代フランシスコが司教会議で女性に投票権を与えるなどした改革を評価し、それを引き継ぎながらも女性を司祭に任命することには反対している。
気候変動については「言葉から行動へ」と、その危機感を認識。また、SNSを使いこなし、AIについてもこれからは必要なものとしている。バチカンとメディアの関係性も重要視しており、同時に「言葉」が武器にもなり得ると警告している。
LGBTQ+については以前より保守的とされていたが、選挙後に行われたバチカン外交団との初会談で「家族は男と女の結びつきに基づいている」と語り、LGBTQ+の人々を落胆させた。ただし、先代フランシスコの影響もあってか、「単にライフスタイルを理由に人々を排除したくない」と、同性愛に対する自身のかつての考えをやや緩和させている。
また、中絶と安楽死は現代社会の「使い捨て文化」の証拠であるとして、認めていない。
新教皇とアメリカの複雑な関係
教皇とは全世界14億人のカトリック教徒とカトリック教会の頂点に立つ人物だが、信仰に基づきながらも信仰の枠を超えて世界を見る。加えてレオ14世はアメリカ人であることから、アメリカの政治や社会に自ずと強い関心を抱いている。多くのアメリカ人も同様に、自身と同じ国で生まれ育ち、同じ文化を共有し、同じ言葉を話すレオ14世に強い親しみと、精神的なリーダーとしての期待を寄せている。もちろん、すべてのアメリカ人が教皇のすべての意見に同意はできないにせよ。
また、教皇の複雑な家系は、アメリカの移民の物語、人種の物語を象徴しているようにも映る。
「トランプとの対立」という煽りに教皇が乗ることはないだろう。ただ、祖国アメリカが大きく道を踏み外すようなことがあったとすれば、忌憚のない意見を発するのではないか。新教皇レオ14世とアメリカの関係は、非常に複雑かつ興味深いものになっていくと思われる。
(堂本 かおる)