アメリカ映画の「ハリウッド離れ」が始まった…マクドナルドのハンバーガーすら買えない映画俳優の末路
2025年5月28日(水)9時15分 プレジデント社
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Alphotographic
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■突然の関税発表、混乱に陥るハリウッド
アメリカ映画業界に激震が走った。ドナルド・トランプ大統領は5月5日、自身のソーシャルメディア「トゥルース・ソーシャル」で、海外で製作された映画に100%の関税を課す方針を打ち出した。
ハリウッド近郊に拠点を構えるロサンゼルス・タイムズ紙によると、トランプ氏は「アメリカの映画産業は急速に息絶えようとしている」と危機感を表明。「諸外国が様々な優遇措置で映画クリエイターやスタジオをアメリカから引き抜いている」と主張した。
唐突な発表に、米映画業界は困惑している。米ウォール・ストリート・ジャーナルと米ワシントン・ポストによると、エンターテインメント業界の重役たちは、海外での収益が大半を占める大型映画ビジネスへの影響に懸念を抱いているという。米映画全体が世界からそっぽを向かれれば、ハリウッドにとってむしろ痛手だ。ロサンゼルス・タイムズ紙は、米映画はその収益の最大60%を海外での上映で賄っていると報じている。
米映画産業が国際市場に虐げられているかのようなトランプ氏の主張も疑問だ。ニューヨーク・タイムズ紙は、2023年の米映画産業データをもとに、輸出226億ドル(3兆8155億円)に対し輸入153億ドル(2兆1946億円)と、貿易黒字を達成していると指摘する。主要な海外市場すべてにおいて、輸出超過の状態だという。
■トランプ氏「ハリウッドが息絶えようとしている」
もっとも、トランプ氏は米映画業界が「急速に息絶えようとしている」と表現したが、これは決して誇張ではない。米フォックス・ニュースによれば、ロサンゼルス郡の映画・録音業界の就労者数はパンデミック前より約20%少なく、約10万人にとどまっている。
同メディアが引用する米国労働統計局のデータによると、パンデミック初期と昨年のストライキ時を除けば、30年ぶりの低水準だ。10年前、カリフォルニア州の映画・録音産業が全米に占める割合は約40%の水準にあった。いまや30%未満にまで落ち込んでいる。
撮影現場も活気を失いつつある。ロサンゼルス・タイムズは非営利団体フィルムLAの調査を引用し、テレビ番組、映画、CMの製作が2024年第1四半期に前年同期比で22%減少したと伝えている。
世界的に見てもアメリカ映画業界の衰退は明らかだ。英BBCは、調査会社プロドプロ(ProdPro)のデータを引用し、2024年第2四半期のアメリカ内の制作数が2022年同期比で約40%減少したと報じている。世界全体でも同期間で20%の減少となった。
■イギリス名物ジェームズ・ボンドも米で撮影?
突然の関税宣言はアメリカに留まらず、世界的な憂慮を巻き起こした。英テレグラフ紙によると、イギリスの映画業界にも動揺が波及。なかでも懸念されているのは、アマゾンが今年2月に10億ドル(約1435億円)超で制作権を取得したジェームズ・ボンド・シリーズだという。
ボンド映画は世界各地でロケが行われてきたが、シリーズ全体を通じてイングランドに位置するピンウッド・スタジオと深い関係があり、公式25作品中23作が同スタジオで撮影されている。だが、関税の影響を避けようとするならば、製作拠点をアメリカに移転せざるを得ないとの議論も噴出。イギリス文化の象徴であった007シリーズの行方が懸念されている。
業界団体も危機感を示している。イギリスの放送・娯楽・通信・劇場組合(Bectu)のフィリッパ・チャイルズ氏はテレグラフ紙に、「こうした関税は、コロナ禍と最近の不況からようやく回復しつつある業界に致命傷を与えかねない」と語り、アメリカ国外の映画業界を不調に追い込むものだと非難した。
■「マクドナルドの5ドルの食事にも躊躇する」ハリウッド俳優の悲鳴
ハリウッドで働く人々の懐具合は、関税発表以前から厳しさを増している。BBCが昨年9月に報じたのは、アメリカの俳優兼ドローン撮影技術者、マイケル・フォーティン氏の事例だ。
フォーティン氏は2012年、各スタジオがストリーミング番組を量産しはじめたタイミングを見計らい、趣味だったドローンの操縦をビジネスとして起業。以来10年以上にわたり、ネットフリックス、アマゾン、ディズニー作品の空撮を担当してきた。また、脇役ながら俳優としても精力的に活動。Amazon作品『ボッシュ:受け継がれるもの』ほか、米CBS系列の人気TVドラマ『CSI:科学捜査班』の続編『CSI:ベガス』などに出演している。
しかし今、かつて成功への道を見いだしかけていたフォーティン氏は、住まいさえ失いつつある。南カリフォルニアでの生活費を賄えなくなり、妻と幼い子ども2人と移り住んだラスベガスのアパートからも立ち退きを迫られているという。「ホームレスになる寸前」だとBBCは伝えている。
「家を買うために貯金していました。お金もあり、すべきことはやってきたつもりです」とフォーティン氏はBBCに語った。「2年前なら、家族と外食して200ドル(約2万9000円)使うことなど気にもしませんでした。今ではマクドナルドの5ドル(約720円)の食事を買うことさえ躊躇してしまいます」
■俳優の仕事は年10日だけ…
契機となったのは、2023年。この年、脚本家組合(WGA)と俳優組合(SAG-AFTRA)が相次いでストに突入。およそ60年ぶりに発生したダブルストライキの影響で、映画製作は大きく停滞した。ストライキ前、フォーティン氏のドローンは、ほぼ毎日のように空を舞っていたという。高々と舞うドローンのように、彼の事業は順風満帆だった。
だが、ストライキ後の1年間で、ドローン案件はわずか年間22日のみに激減。俳優としての仕事も10日間だけだったという。生活を支えるためエキストラとしても働いていたが、その報酬はラスベガスからロサンゼルスへの往復のガソリン代をかろうじて賄える程度にすぎなかった。
「素晴らしい波に乗っていたけど、消えてしまった」とこぼすフォーティン氏だが、それでも彼は希望を捨てていない。昨年4月以来、初のドローン撮影となったApple TV+の番組『プラトニック』の撮影を皮切りに、「少しずつ仕事が戻ってきている」とBBCに語った。取材を終えたフォーティン氏は、住んでいるアパートの退去命令の審問に出席するため、せわしなくラスベガスへと戻って行ったという。
■ウィル・スミスが語るハリウッド衰退の本当の理由
なぜハリウッドは衰えたのか。その答えをハリウッド屈指のスターが語った。米著名エンタメメディアのスクリーン・ラントによれば、俳優のウィル・スミス氏はトーク番組『ホット・ワンズ』で、興行的成功を収めることが難しくなっている映画業界の現状を明かした。
スミス氏は観客の鑑賞習慣の変化を最大の要因に挙げた。「ヒット作の定義(求められる興行収入)はほぼ変わっていないが、それを実現することが格段に難しくなっている」と話す。
「昔なら予告編に爆発シーンと面白いジョークを少し入れるだけで、人々は映画館に足を運んだだろう。しかし今や、(ストリーミング作品含む)テレビの質が非常に高くなり、わざわざ家を出る必要を感じないコンテンツが溢れている。人々が家から出て映画館に行くには、(大型シリーズなど)特定のタイプの映画への需要がより高まっている」とスミス氏は指摘した。
近年、ストリーミング作品は予算規模もジャンルも大幅に拡大している。『ゲーム・オブ・スローンズ』『ストレンジャー・シングス』『三体』など、巨額の制作費が投じられた作品が目白押しだ。
また、一般家庭のテレビのインチ数やサウンドシステムなど、鑑賞環境も向上。自宅に快適な映画鑑賞環境が整ったことで、ますます劇場離れが進んでいるとスミス氏は指摘する。
写真=iStock.com/diegograndi
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■優位性が崩れつつある
このように米映画業界として、パイの確保が難しい状況だ。せめて外国作品の上映を減らし、アメリカ作品に優位性を持たせたい——。トランプ氏の関税策にはこのような目論見があるのだろう。
だが、関税で海外作品を締め出す施策は的外れだとの指摘が聞かれる。諸外国のように補助金を出すことで自国の映画産業を育成する方が、よほど建設的だとする意見だ。
ウォール・ストリート・ジャーナルによれば、カナダやイギリスなどは俳優やスタッフの雇用費、スタジオ使用料、特殊効果作業などに実質的な補助金を出している。また、東欧などではそもそも人件費が安く、その点で海外の製作会社からロケ地に選ばれる機会が増えている。
ロンドンは特に、ハリウッドのスタジオからも、新たな撮影拠点として注目されているという。税制上の優遇措置、充実した設備、ネイティブで英語を話すスタッフなどの強みから、製作地として台頭している。ディズニー所有のマーベル・スタジオは、次の『アベンジャーズ』シリーズをここで撮影中だ。
■物価高が人材流出に拍車をかける
ロケ現場が海外へと流出している現状は、数字にも克明に表れている。ウォール・ストリート・ジャーナルは調査会社プロドプロのデータを引用し、4000万ドル(約57億円)以上の予算規模の映画・テレビ制作への総支出額が、アメリカでは2年前と比べて26%減少したと報じている。一方、同じ期間にイギリスとカナダでは増加した。
ロサンゼルス・タイムズ紙の取材によれば、アメリカ国内でもハリウッドを敬遠する傾向が業界内に顕著だ。カリフォルニア州の高い生活費が、人材流出に拍車をかけている。
ニューヨークやアトランタなどはカリフォルニア州よりも格段に制作コストが安くつき、ハリウッドが往年の輝きを取り戻せない要因になっているという。こうした都市は多額の税控除を用意しているほか、比較的安い賃金で現場に駆けつける関係者にとっても、生活費の低さは魅力だ。
特に「ビロー・ザ・ライン」と呼ばれる技術者やスタッフたち(プロデューサー、監督、脚本家など「アバブ・ザ・ライン」と呼ばれるクリエイティブ陣に対し、カメラ、音声、メイクなど撮影現場を支えるクルー)にとって、ハリウッドの物価は耐え難いものとなってきているという。
写真=AFP/時事通信フォト
2025年5月20日、ロサンゼルスの映画製作・制作組合連合(SAG-AFTRA)本部で、映像産業への支援を表明する行政命令に署名する記者会見を開いたロサンゼルス市長のカレン・バス氏 - 写真=AFP/時事通信フォト
■業界は関税でなく税額控除を求めている
トランプ氏の提唱する関税がハリウッド再生への道となるか、多くの専門家は疑問視している。米ワイアード誌によれば、関税はトランプ氏の期待するような効果をもたらさず、むしろ制作会社が映画事業を縮小するか、あるいは映画館の入場料高騰につながる危険性があるという。
一方、カリフォルニア州のギャビン・ニューサム知事は、この危機を好機に変えようとしている。「アメリカは引き続き映画大国であり、カリフォルニアはより多くの制作をこの地に呼び込むことに全力を注いでいます」と声明で述べた。「実績ある州のプログラムを土台に、トランプ政権と連携して国内制作を強化し、アメリカを再び映画大国として復活させたいと考えています」と意気込む。
労働団体もこの流れに賛同している。ウォール・ストリート・ジャーナルによると、国際舞台労働者同盟(IATSE)はトランプ政権に、連邦レベルの映画制作税優遇プログラムを実施するよう要請した。
米国内での撮影に大手スタジオが再びメリットを見いだせるよう、仕組み作りは急務だ。同記事は、他国の手厚い税制優遇や低い人件費に米スタジオが惹き寄せられていると指摘。カメラマンやメイクアップアーティストなど米国内のスタッフたちにとって、アメリカでの仕事が長年減少している——と指摘する。
■日本でチケット値上げも起きかねない
2期目のトランプ政権は、引き続き「アメリカを再び偉大に」をモットーに、国内産業の強化を図っている。それ自体は、国を導くリーダーの指針として正しいのかもしれない。しかし、関税がすべてを解決するかのような振る舞いには、思慮の浅さも感じられる。
就任演説を行うドナルド・トランプ大統領(写真=The Trump White House/PD-USGov-POTUS/Wikimedia Commons)
すでに発表した外国製品に対する関税は、カナダをはじめ諸外国からの国際的な反発を招き、アメリカが長年をかけて培った友好的なイメージを失墜させた。そればかりか輸入品の値上げを招き、アメリカの国民生活を困難にしている。
映画への関税適用も同じ道を辿りかねない。海外映画に高いチケット代を払うことになれば、アメリカ国内の映画ファンからの反発は必至だ。これまで海外の安価なロケーションで撮影できていた在ハリウッドの大手スタジオ各社にとっても、米国内での高くつく製作を強いられることとなれば、業界の苦境は一段と深刻になる。制作費の上昇はやがてチケット代に転嫁されるだろう。
そもそも論として、まずは手軽に観られるストリーミング作品に対し、映画としての魅力をいかに打ち出すかが先決だろう。同時に、必要であれば連邦政府として補助金の枠組みを創設するなど、建設的な方法で国内産業の育成を図るべきだ。
外国作品を締め出せばハリウッドに有利に働くとの指針は、アメリカをますます孤立させるだけでなく、米国内の映画ファンにもハリウッド関係者にとっても受け入れがたい結果を招くことだろう。制作費の高騰が巡り巡って日本国内のチケット価格にも反映されるような事態となれば、私たち日本の映画ファンも失望せずにはいられない。
トランプ政権はアメリカの業界関係者と意見をすりあわせる姿勢を示している。今後、より思慮深い方法でハリウッドを復権へ導けるか、手腕が問われている。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)