部品の破損を事前に察知「Komtrax」の次の一手とコマツが20年かけて育てる「リマン事業」とは?

2025年1月24日(金)4時0分 JBpress

「特許」には企業の過去から現在に至るまでの発明・イノベーションの歴史が記されている。いずれも専門的な情報が多く、読み解くのは容易ではない。しかし、そこには企業や事業の価値、ひいては「未来」をも予測する貴重な情報が数多く示されている。本連載では『Patent Information For Victory 〜「知財」から、企業の“未来”を手に入れる!〜』(楠浦崇央著/プレジデント社)から、内容の一部を抜粋・再編集。知財力に優れた国内2社の事例を元に、特許戦略の最新事情を解説する。

 今回は、コマツが成長戦略に掲げている部品再生事業「リマン」(リ・マニュファクチャリングの略)と、建機モニタリングシステム「Komtrax」とのシナジーから、同社が狙う次の一手を分析する。

コマツ ③
次の一手は? IoTからDXへ、「モノ」から「コト」へ

■ 総仕上げは「リマン」「リビルド」事業の拡大

 ここからは、Komtraxの「次の一手」として 、コマツがどのようなことを考えているか、進めているか、特許情報を交えながらご紹介します。

 IoTという言葉がない時代に、建設機械のIoTを発明し、緻密な特許網を形成し建設機械のイノベーションをリードしてきたコマツですから、次の一手は気になりますよね。当然それは今回も、特許にしっかり表れているわけです。そのあたりを読み解いていきます。

 まずは、Komtrax関連の最新状況から紹介しましょう。2021年度の決算説明会資料p47(図87)に、2022年〜2024年の中期経営計画、成長戦略が示されています。

 一つ目の「現場を最適化する新たな顧客価値の創造」のトップに、後で説明する「スマートコンストラクション」(スマコン)が入っています、つまり、コマツの中期経営計画の一丁目一番地がスマコンなわけですね。4つ目に「バリューチェーンビジネスの進化による更なる成長」とあります。これは、Komtraxのデータをもっともっと活用して儲けていこう、という意味ですね。

 図87内の「バリューチェーンビジネスの進化による更なる成長」の中身をさらに見ていくと、「リマン・リビルド事業の拡大」とあります。あまり耳慣れない言葉かもしれませんが、僕には懐かしい言葉です(笑)。

「リマン」とは、リ・マニュファクチャリングの略で、部品を修理してまた使えるようにする、という作業を指します。

「リビルド」は、消耗した部分は新品と交換して組み立て直す、という作業を指します。ざっくりいうと、いずれも「再生品」という意味なんですね。イメージとしては、中古部品を整備して使えるようにしたもの、と思っていただいてOKでしょう。

 建設機械は、製造のリードタイムがすごく長い部品(コンポーネント)がたくさんあるので、ゼロからつくるのではなく、中古部品を再生して迅速に提供しましょう、ということですね。

 HPを見ると、エンジンや油圧モータ、減速機などを想定していることがわかります。「リマン・リビルド」(以降、リマン)は、実は顧客にもコマツにもメリットがある、非常に面白いアプローチなんですね。

 Komtraxで建設機械をモニタリングしていて、部品の破損につながるような異常を示すデータが出始めたとします。一度壊れてしまうと修理までの間、建設機械が使えないので、壊れる前に壊れそうな部品は交換したほうがいいですよね。機械ってだいたい、一度壊れてしまうとその影響で余計なところもあちこち修理しないといけなくなる可能性が高いんですね。

 でも、壊れる前なら部品の交換だけで済みます。しかも、交換を中古部品でやればコストが安く済む。そして、引き取った部品は壊れる前のものですので、消耗部分を交換して組み立てなおせば、また販売できるわけです。頭いいですね(笑)。

 また、建機はだいたい15〜20年ほど使用するのが普通です。1万時間ぐらい運転すると、新車購入費に対して80パーセントぐらいの価格のメンテナンス費用が発生するんですが、1年で6000時間以上使うユーザーもいる。

 そうすると2年で新車1台分ぐらいのメンテナンス費用が発生するわけです。これはビジネスチャンスとして非常に大きいですし、顧客にとってもランニングコストがそれだけかかるということなので、これも大きい。

 だから、「リマン」は、とてもwin-winな事業なんですね。お客さんとしては、リーズナブルな部品が手に入ってメンテナンスコストが下がる。コマツとしては、もちろん部品の原価が安くなる部分もあるでしょうが、製造リードタイムが短くて済むので、資金負担が軽くなります。

 実は、リマンという言葉は僕がコマツに在籍していた2002年にもよく耳にしました。しかし、2002年はKomtraxが標準化された翌年ですから、まだまだ、リマンやリビルドを事業として本格展開できる段階ではなかったんですね。

 しかし、そこから20年以上たって、お客さんにも、自分たちにも大きなメリットがあるものとして、これでやっていけるというレベルにまで仕上げてきたんだと思います。

 それでようやくIRに「リマン」という言葉が出てきたわけですね。「リマン」も、20年育ててきた事業なんです。

 繰り返しですが、大型の建設機械は、つくる台数がそもそも少ないんですね。何年か前につくったきりとか、そういうのがたくさんあります。台数が少ないと、故障とか損耗に関するデータの蓄積もすごく少ないので開発や改良がしづらいんです。

 そもそも大型の建設機械は、開発段階でも取れるデータが圧倒的に少ない。そこで、お金を儲けながら故障や異常のデータをもっときめ細かく取りますよ、それを製品改良や新製品開発にもどんどん活用しますよ、というのが、Komtraxとリマン事業の本質なんだろうと、僕はにらんでいます。

 Komtraxによる「運転履歴データ」と、経済的な部品交換を積極的に提案することで集まる「故障データ」(故障寸前の部品)、この組み合わせがコマツのアセットになるんですね。

 すでに、それなりに集めていると思われますが、事業として本格的に拡大すると、加速度的に集まります。Komtraxデータと実物を突き合わせることができて、実際に部品が摩耗や損耗したときに、どういうデータになるかがわかる。これは「故障予測」「予防保全」の視点から、非常に重要なデータになると思います。

 僕が川崎重工でオートバイのエンジン設計者だった当時、机の上に壊れた部品をいっぱい置いていました。どこがどんな理由で壊れるか、を知ることは設計者にとっては非常に重要なんですよね。ギリギリの設計を突き詰め、競合より一歩抜きんでるための「生命線」だと言っても過言ではありません。だけど、「壊れた後」だとわからないことも多い。

「どうなっていって壊れるか」とか、「どこまできたら壊れるのか」みたいな、「壊れる前」の情報もほしいんですね。だから、壊れる前というか、壊れそうなところまできた部品のデータが「事業として」「お金を儲けながら」集められるのは、高品質で高性能な建設機械をつくる上で、非常に大きなメリットがあると思っています。

 僕も、設計者としてそういう環境で仕事がしてみたいですね(笑)。脱線しました。

 ひとことで言うと、損耗部品を「廃棄」させずに「循環」させることで、「損耗」「損傷」についてのデータを実物から確実に取ることができ、また、致命的な破損が起きる前に交換してもらうことで、良質な中古部品とデータが取れる、一石何鳥かの取り組みだと僕は考えています。

 故障を予知して事前にメンテナンスする「予知保全」が、「リマン」を軸に全員にメリットがある仕組みとして回るので、素晴らしいんですよね。

 実物を分析すれば、「あとどれぐらい使えそう」みたいなこともわかります。Komtraxデータと突き合わせれば、「メンテナンスの提案」の精度も上がりますから、ホントに素晴らしいんです。

 個人的には、もう一歩で建設機械の各種部品について高精度な寿命予測ができる「デジタルツイン」ができそうだなという気がしています。実は、公表されていないだけで、もうできているのかもしれませんね。

 予知保全は、プレス機を製造しているグループ会社のコマツ産機が、すでにやり始めています。プレス機にもKomtraxは装備されています。プレス機の制御コンピューターから得られるデータをもとに、AIが補修部品の残存寿命を計算して、運転状況を加味して交換時期を予測する、という仕組みです。

 メンテナンス時期が事前にわかりますから、顧客は生産計画を調整し、コマツ産機は部品の準備をそのタイミングに合わせればよいわけです。これはほんとにwin-winですよね。

<連載ラインアップ>
■第1回 「食品知財の黒船」花王はいかにして他社を寄せ付けない“鉄壁の特許網”を築いていったのか?
■第2回 食品業界を震撼させた花王の「減塩醤油特許」、他社に大きな影響を与える緻密な特許戦略とは?
■第3回 ヘルスケア・メディカルに特化した「Another Kao」なぜ花王はソリューション領域を目指すのか?
■第4回 世界に先駆けてIoT分野を開拓したコマツ、建設機械の在り方を変えた特許戦略「Komtrax」とは?
■第5回 「盗難防止」が目的ではなかった? 特許出願から読み解ける、コマツ「Komtrax」発明の真の狙いとは?
■第6回 部品の破損を事前に察知「Komtrax」の次の一手とコマツが20年かけて育てる「リマン事業」とは?(本稿)

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筆者:楠浦 崇央

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