美味しいサンマはなぜ消えたのか…水産庁幹部が「本当は獲らないべきなのだが…」とこぼす歴史的不漁の背景

2024年2月11日(日)14時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/marucyan

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サンマが深刻な不漁にあえいでいる。いったい何が起きているのか。時事通信社水産部の川本大吾部長は「2000年以降、日本のサンマ漁が活発化する秋より先に外国漁船が公海上でサンマをごっそり獲ってしまうようになった。国際資源管理機関である北太平洋漁業委員会に規制を訴えているが、聞き入れられていない」という——。

※本稿は、川本大吾『美味しいサンマはなぜ消えたのか?』(文春新書)の一部を再編集したものです。


写真=iStock.com/marucyan
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■「サンマ漁獲枠25%減」も資源保護への実効性は疑問


2023年3月下旬、サンマに関するニュースが報じられた。


新聞各紙の見出しは、時事通信社も含め「サンマ漁獲枠、25%削減」だった。札幌市で開催された北太平洋漁業委員会(NPFC)の年次会合で、漁業国の2023、2024年の総漁獲枠を2022年の33万3750トンから25万トンへ、4分の3の水準に減らすことが決まったという記事であった。


一見すると、深刻な不漁にあえぐサンマ資源に配慮した決定のように思える。


しかし、NPFCが決めた数字は、実際に漁獲されるサンマの量よりもはるかに多いのだ。2022年に各国が漁獲した合計数はおよそ10万トンにすぎない。にもかかわらず、2023年の総漁獲枠は25万トンと、獲り切れるはずのない上限が設定されている。


さらに、25万トンの枠のうち、日本のサンマ漁獲枠は前年(約15万5000トン)に比べ、24%減の約11万8000トンとなった。過去最少ではあるが、こちらも2022年の実際の漁獲量である約1万8000トンに比べれば、桁違いの数字だ。過去にもこのような余裕のある枠が設定されたことがあり、資源管理上、実効性ある漁獲制限の必要性を指摘する声は少なくない。


■ほとんど獲っていないEEZに枠の大半が割かれている


しかも、日本の漁獲枠約11万8000トンのうち、近年の漁獲の大半を占めている公海の枠は約2万1000トンと少なく、残りの約10万トンは日本とロシア双方の排他的経済水域(EEZ)内に設定された。昨年、全体のわずか数パーセントしか両国のEEZ内で漁獲されなかったにもかかわらず、何故か大量の枠が認められている。「獲れる可能性はほとんどないが、仮にEEZ内にサンマが入ってくれば、獲ってもよい」という甘い管理策だ。


いったいなぜ、こうした上限設定が国際会議でまかり通るのか。


日本や中国、ロシア、韓国、台湾など、9カ国・地域が加盟するNPFCは、2015年に設立された新しい国際資源管理機関だ。今回、協議の焦点となったのは漁獲の大半を占める“公海での総漁獲枠”であり、2022年の19.8万トンから24%削減して15万トンとした。前述のとおり、近年はサンマの分布はほとんどが公海で、日本とロシアの200カイリ内の漁獲は、わずかな量にとどまっている。


獲れるはずのないEEZ内の漁獲枠を含め、「実際の漁獲量の数倍もの総漁獲枠が設定されるのはおかしい」といった疑問の声が、漁業・魚市場関係者の間で広がった。他にも漁業者からは、「日本でサンマ漁が始まる前の5月ごろから、外国漁船が公海で先獲りするのを禁止すべきだ」といった声が上がっていたが、NPFCではスルーされている。


■日本のサンマ漁が活発化する前の時期に外国漁船が獲りまくる


1990年以降、ロシアに加えて台湾や韓国がサンマ漁に加わり、2000年以降になると、外国漁船の台頭がより顕著になった。日本漁船の操業が活発化する秋を待たずに、5月ごろから超大型漁船によって、遠い公海上でサンマをごっそり獲りまくる中国、台湾漁船などが目立っていたが、そうした先獲りへの規制は聞き入れられなかったのだ。


その結果、近年は日本のサンマ漁獲のシェアがごく一部になっている。ただ、不漁を嘆くのは日本だけではない。わずかな量しか獲れず、小さくスリムなサンマばかりで物足りないのは、中国や台湾も同じであろう。


NPFCの漁獲枠設定や操業ルールの甘さに関し、漁業・魚市場関係者から疑問の声が高まるなか、「サンマ漁を1、2年控えたらどうか」と一時的な禁漁が必要だとする声も出ている。サンマの寿命は2年ほど。つまり、獲れるのはその年か前の年に生まれたサンマで、資源を回復させるためには少しでも親魚を守って、次の代のサンマを増やすことが必要だ。そこで、豊洲市場の競り人からは「甘い漁獲枠を設定するくらいなら、ちょっとサンマ漁を我慢して、かつてのようにたくさんサンマが獲れるようにした方が良いのではないか」といった声も上がっている。


■「本当は獲らないに越したことはないのだが……」


最高レベルの漁業規制である「禁漁」が、科学的に見て必要かどうか。資源研究者の間には「必ずしも有効とは限らない」という消極的な見方が多い。


水産資源の管理には「最大持続生産量」(MSY)という指標が用いられる。自然環境下で魚が持つ回復力に着目し、「回復量と同じ量だけ漁獲すれば、資源量の維持・増大が期待できる」(資源研究者)といった考え方で、禁漁しなくても、自然に増える分だけ漁獲すれば大丈夫というわけだ。


ただ、こうした考え方は、資源そのものを守るのではなく、漁業経営の維持を念頭に置いたものとも言える。「緊急事態」に置かれているサンマ資源だけに、必要以上の規制、あるいは禁漁といった対策を講じて、少しでも漁獲枠を抑えることが求められているにもかかわらず、NPFCの協議にその発想はない。


年次会合が終了したあと、水産庁の大幹部(当時)はため息交じりにこうつぶやいた。


「本当は獲らないに越したことはないのだが……」


筆者が、「まるで、クジラの保存・利用を目的とした国際捕鯨委員会(IWC)が、欧米の環境論により、クジラを捕らせないための組織に変容したのとは真逆の『サンマを獲らせるための会議』ですね」と指摘すると、大きくうなずいていたのを覚えている。まったくやり切れないといった様子だった。


■1カ国でも反対すれば無秩序な漁獲が横行する可能性もある


ともあれ今春のNPFCでは、漁獲枠が前年比で削減されたほか、各国の漁船の操業隻数や操業期間に関する規制策も合意に達し、表面的には前進が見られた。日本の政府関係者などの間からは、「不漁が続くサンマの資源回復へ一定の前進」と、安堵の言葉がこぼれた。


それでも決して十分とは言えない結果となったのは、NPFCでは規制策などの決定はコンセンサス(全会一致)が条件となっているからだ。つまり、1カ国・地域でも反対すれば、規制案は通らないばかりか、漁獲枠で合意できなければ、ルールなしの無秩序な漁獲が横行する可能性さえある。日本政府もサンマ規制について、及び腰の姿勢にならざるを得ないのである。


■なんの前触れもなく突然サンマの生息分布が変わった


今回の協議では、漁獲枠のほか、「東経170度以東における6〜7月の漁獲禁止」が初めて合意に達した。東経170度はニュージーランドが位置するあたりの経度であり、北太平洋のこの海域には、生まれたばかりの0歳魚、つまり翌年以降、漁獲対象になり得るサンマが多いのだという。


漁船に追い回される心配がないのだから、「少しでも仲間を増やして来年はぜひ、日本の近くまでいらっしゃい」と願うばかりだが、資源量が激減している今、遠い東の沖合に分散しているサンマたちが、日本に回遊してきて、かつてのような豊漁になる状況ではないだろう。


写真=iStock.com/kazoka30
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kazoka30

では、サンマは近年、なぜ歴史的な不漁に見舞われているのだろうか。理由は決して単純ではない。


サンマ資源の調査・研究をしている国立研究開発法人水産研究・教育機構によると、まず不漁の契機となったのは、「2010年に突然起きた分布の沖合化」だった(研究機関が「突然」と表現しているだけに、少なくとも目立った前兆はなかったようだ)。サンマの生息分布が日本沿岸ではなく、太平洋の遠い沖合に移り、それまで秋にみられた日本近海での南下が見られなくなったという。


■1年で約10万トン減ったサンマ、同時期から増えたマイワシ


2010年以降についても、「海洋環境の変化や餌環境の変化、他の浮魚類の出現などにより、サンマ回遊の沖合化と資源の減少が継続・進行している」(同機構)と分析されている。


確かに、日本のサンマ漁獲量は、2009年に31万トンを超えていたが、2010年には約20万7000トンと急降下した。その後、30万トンレベルの年はなく、現在では、数万トンレベルに落ち続けている。


同機構の指摘のなかに、「他の浮魚類の出現」とあるが、これはマイワシとサバ類を指す。サンマやマイワシ、サバ類などの多獲性魚(一度に大量に獲れる魚)は、深海ではなく主に海面の表層に生息する浮き魚に分類される。回遊ルートはまったく同じではないものの、特に日本の近海に餌を求めてやってくれば、競合してしまうのだという。


こちらも相関がはっきりとしている。マイワシの方は2009年から増加傾向を示し、2011年には漁獲量が急増しているため、勢力が拡大している様子がうかがえる。サバ類については、2010年に49万トン以上の豊漁となり絶好調だった。つまり、サンマ資源の減少と入れ替わるように資源量を増やしていたのだ。


かと言って、サンマ資源を増やすためにマイワシ、サバ類をたくさん獲ろうというのは現実的でない。棒受け網漁を主体としたサンマ漁業と、巻き網漁などのマイワシ、サバ漁業は、それぞれの対象資源の評価の下で管理されており、他の魚を増やすために特定の魚を余計に獲ることなどあり得ない。そもそもマイワシ、サバ類には漁獲可能量が設定されていて、枠内での操業が行われているのだ。


■サンマが好む冷たい海水が流れ込んでこなくなった


魚の資源研究は既存の40〜50年のデータを基にしており、それ故、「分からないことも多い」ことは付け加えておきたい。これはサンマだけでなく他の魚にも共通する、資源研究者への取材の中で時折、漏れる言葉である。



川本大吾『美味しいサンマはなぜ消えたのか?』(文春新書)

そうしたなか、サンマの資源というよりも、漁場形成そのものに大きな影響を与えているとみられるのが、日本の漁期となる夏から秋にかけての「親潮の弱体化」と、それに伴う北海道東・三陸沖の海水温の上昇だ。


サンマはこれまで、春に太平洋を北上し、秋から冬にかけて北海道東・三陸沖を南下するタイミングで漁獲されてきた。かつて親潮は、秋に千島列島に沿って北から南へ冷たい海水を運んできたが、近年は流れが弱まり、日本列島に沿って南下しにくくなっている。道東・三陸沿岸から離れるように東へ蛇行してしまうのだという。


水産研究・教育機構は、「(主に三陸沖の)北緯40〜41度付近の海面水温の高い海域が、東西方向に広く帯状に形成されているため、親潮がそれを乗り越えて(日本の近海を)南下することができなくなっている」と説明する。


その結果、三陸沖などの水温は高いままで、冷たい海水を好むサンマが秋に獲れないというわけだ。少々ややこしいが、同機構はこうした親潮の南下を阻む北緯40〜41度付近の「高水位偏差の壁」が、サンマ漁場を日本から遠ざけ、不漁となっている最大の海洋要因と結論付けている。


■各国の競い合うような漁獲もサンマの減少の一因


このほか、同機構は、▽サンマの餌となるプランクトンの量も近年、減少傾向にある、▽分布域が沖合に偏ったため、産卵場や生育場も餌の条件が良くない沖合に移動した、▽沖合の方が(沿岸よりも)餌の密度が低いため、生育場の沖合化は成長の低下を招くだけでなく、成熟にも悪影響を及ぼしている、と分析している。


サンマの不漁要因につながる海洋環境の変化について詳述したが、ともすると「不漁が海の状況次第なら、乱獲、あるいは規制や禁漁などは関係なく、結局はサンマに適した海洋環境に戻らなければ、豊漁になることはないのではないか」と考えるかもしれない。しかし、決してそんなことはないと付け加えておこう。


同機構の研究者は、「サンマ資源が減少傾向にあるなかで、2000年以降、日本に加えて外国漁船も競い合うように漁獲してきたことや、5月ごろに中国・台湾漁船が早獲りしていたことなども、資源水準の低下を招いた要因」とみている。漁業国のサンマ漁獲にも、何らかの原因があることを忘れてはならない。


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川本 大吾(かわもと・だいご)
時事通信社水産部長
1967年、東京都生まれ。専修大学経済学部を卒業後、1991年に時事通信社に入社。水産部に配属後、東京・築地市場で市況情報などを配信。水産庁や東京都の市場当局、水産関係団体などを担当。2006〜07年には『水産週報』編集長。2010〜11年、水産庁の漁業多角化検討会委員。2014年7月に水産部長に就任した。著書に『ルポ ザ・築地』(時事通信社)など。
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(時事通信社水産部長 川本 大吾)

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