ハマス擁護の国際政治学者は浅薄…佐藤優が「イスラムが"善"イスラエルが"悪"ではない」と語るワケ
2025年2月20日(木)8時15分 プレジデント社
パレスチナ自治区ガザ市で、葬儀に参列するイスラム組織ハマスの戦闘員 - 写真=時事通信フォト
※本稿は、佐藤優『いまと未来を読み解く!新 地政学入門』(Gakken)の一部を再編集したものです。
写真=時事通信フォト
パレスチナ自治区ガザ市で、葬儀に参列するイスラム組織ハマスの戦闘員 - 写真=時事通信フォト
■「第三次世界大戦前夜」と呼べる現状
冷戦終結から30年以上経過した現在、世界情勢は新たなフェーズに入っています。
それは「第三次世界大戦前夜」とも呼べる状況です。その引き金になる可能性が高いのがガザ紛争です。
2023年10月、パレスチナ自治区のガザ地区を実効支配するイスラム過激派組織ハマスがイスラエルを襲撃したことに端を発するガザ紛争において、イスラエルは現在もハマスの掃討を行っています。さらに、イスラエルは隣国レバノン国境付近で、ヒズボラと本格的な戦闘を展開するようになり、イエメン北部を拠点とするフーシ派はイスラエルへの攻撃を行っています。
ハマスとヒズボラ、フーシ派の黒幕はイランです。
イスラエルがこのまま反イスラエル陣営に囲まれ窮地に陥ることになれば、イスラエルとイランとの間で核戦争が起き、それにより第三次世界大戦に発展する可能性があります※。
※イスラエルが核兵器を持っているのは公然の秘密であり、イランにも核兵器保有の疑惑があります
出所=『いまと未来を読み解く!新 地政学入門』(Gakken)
■「イスラエルと全面戦争は避けたい」というイランの意向
2024年11月、イスラエルとイスラム過激派組織ヒズボラとの戦闘を巡り、イスラエル・レバノン両政府がアメリカとフランスの仲介により、停戦に合意しました。この停戦合意を疑問視する声も多いですが、多少の小競り合いがあっても、ヒズボラは基本的に停戦に従わざるをえないと予想されます。今回の停戦合意には、イスラエルとの全面戦争を避けたい、ヒズボラの後ろ盾であるイランの意向が強く働いているからです(詳しくは後述します)。
■ユダヤ人国家・イスラエルVS過激派組織ハマス
イスラエルは本当に「悪」なのか
2023年10月、ガザ地区を実効支配するイスラム過激派組織・ハマスによるイスラエルへの越境攻撃により、子どもや妊婦を含む約1200人が殺害され、251人が人質に取られました。これを受け、イスラエルは自衛権を行使してガザ地区へ侵攻。ハマスの掃討作戦を始めました。
パレスチナ自治区ガザの広さは東京23区の5分の3の面積と同じくらい。そこに、220万人以上が閉じ込められているため、「天井のない監獄」と呼ばれています。
ハマスは憲章でイスラエルの抹殺を明記しており、そこに共存も対話も存在しません。イスラエルが支配している地を取り戻し、ユダヤ人の国を地図上から消滅させることが究極的な目標になっています。
中東の専門家でない国際政治学者などは、ハマスの行動を強者に対する弱者の抵抗運動と公然と擁護しました。しかし、ハマス、ヒズボラ、イランなどのユダヤ民族の生存権を認めないイスラム組織・国家が「善」で、全世界を敵に回しても自分たち民族の生存権を守るイスラエル=「悪」という図式はあまりにも浅薄です。今回のハマスのテロとそれに伴うイスラエルの自衛のための戦いは、双方の内在的論理を踏まえて冷静に分析するべきです。
出所=『いまと未来を読み解く!新 地政学入門』(Gakken)
■keypoint 民間人を盾にするハマス
イスラエルが必ずしも100%正しいとは限りませんが、少なくともイスラエルは国際法に則り、可能な限り民間人への攻撃を回避して、ハマスの無力化を行っています。それに対して、ハマスは病院や民家に兵士や武器を潜ませ、子どもや女性、病人などのパレスチナの人々を人間の盾にして、イスラエル軍が攻撃できないようにしています。この紛争は人権を守る側と、人権を無視する側の非対称戦なのです。
■ヒズボラとフーシ派のイスラエル包囲網
ヒズボラはハマスの10倍は強い!
ハマスとの戦いで、イスラエルは現在、ガザ地域の中立化(武装解除)を行っていますが、その隙をついて、陸続きの隣国レバノンの南部を拠点にするヒズボラ(戦力はハマスの10倍といわれています)の国境付近での動きも活発になっています。
佐藤優『いまと未来を読み解く!新 地政学入門』(Gakken)
ハマスとヒズボラの共通点は黒幕がイランであること。イランの支援を受けた陸続きのハマスとヒズボラの両勢力とイスラエルの戦いはランドパワーの論理で行われています。
こうしたイスラエルの包囲網のシナリオを描いたのはイランといえますが、イランはなぜそのようなことをするのでしょうか。それはシーア派イスラム原理主義のイデオロギーに則って、イスラエルを地図上から抹殺することを国是としているからです。一方、イスラエルは「全世界から同情されながら滅亡するよりも、全世界を敵に回して戦ってでも生き残る」を国是としていますから、いくら周辺が敵対国だらけでも、一歩も引く姿勢がありません。
また、海上作戦を展開するイスラム過激派組織も存在します。同じくイランの支援を受けたイエメン北部を拠点とするフーシ派です。この組織の強みは、国際海運の要所のひとつである「紅海」の出口に面していることです。
出所=『いまと未来を読み解く!新 地政学入門』(Gakken)
■フーシ派の影響を受ける日本の船
イエメン北部を押さえるイスラム過激派組織フーシ派の最大の強みは、地政学でいうところのチョークポイントである紅海の出口を押さえていること。これにより、紅海を航行する「親イスラエル」の国の船舶を攻撃することが可能になりました。
日本もこの影響を受け、石油タンカーなどの船舶は紅海航路を回避してアフリカの喜望峰を迂回するルートを通ることを余儀なくされています。
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佐藤 優(さとう・まさる)
作家・元外務省主任分析官
1960年、東京都生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了。2005年に発表した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で国策捜査の裏側を綴り、第59回毎日出版文化賞特別賞を受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『獄中記』(岩波書店)、『交渉術』(文藝春秋)など著書多数。
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(作家・元外務省主任分析官 佐藤 優)