今でも乳酸菌はブルガリアから空輸している…大阪万博で生まれた「明治のヨーグルト」が愛され続けるワケ
2025年3月4日(火)7時15分 プレジデント社
撮影=プレジデントオンライン編集部
撮影=プレジデントオンライン編集部
■ヨーグルトで首位の「明治ブルガリアヨーグルト」の秘密
家庭での食事を中心に喫食される「ヨーグルト」の市場規模は約4730億円という巨大市場だ。ブランド別の首位は「明治ブルガリアヨーグルト」(1973年発売)で、メーカー別では「明治プロビオヨーグルト R-1」ブランドも持つ明治がシェア35.8%で首位(2023年度インテージ社SRI+による)という。
現在、日本の消費者にとってヨーグルトはどんな存在なのか。
「食生活の定番として浸透し、喫食経験がある人は約8割となっています。ただし、大半が朝食メニューです。私が担当する『明治ブルガリアヨーグルト』についていえば、約9割という高い認知度があり、毎日150万〜160万個を食べていただいています」
こう説明するのは、明治 グローバルデイリー事業本部の淡路大志氏(発酵マーケティング部 ヨーグルトグループ グループ長)だ。
だが、近年のヨーグルト市場全体は微減傾向にあり、商品価格は上昇している。
おいしさと健康機能性を中心に各社それぞれのこだわりで商品提案を行うが、健康食品は多種多彩でヨーグルトの独擅場ではない。それでも乳酸菌の持つ多様な働きやたんぱく質訴求など、ヨーグルトの魅力は堅く、プレーンヨーグルト市場は伸長している。
そこで、明治ではさまざまな切り口で消費者訴求を行っている。
■デザート以外のヨーグルトの活用法
2024年12月1日から2025年1月31日までの2カ月間、アパホテル直営レストラン「ラ・ベランダ」全店にて、「明治ブルガリアヨーグルト」を使ったコラボメニューが期間限定で提供された。
明治ブルガリアヨーグルト50周年を記念して開業40年の同ホテルと「40−50(フォーティー・フィフティー)」記念コラボとして実施。宿泊客や来店客に限定メニューを提供したのだ。
限定メニューは全6品。メニューは、表面を焼いた豚肉とヨーグルトでマリネした野菜をあわせた「ロースの低温調理野菜のヨーグルト漬け添え」、パンに水切りしたヨーグルト、味噌、チーズをのせて焼き上げた「ホテル特製タルトフランベ、プルマンホワイト仕立て」など。6品中4品はヨーグルトをデザートとしてではなく、食材として使用していた。
画像提供=アパホテル
「ロースの低温調理野菜のヨーグルト漬け添え」(左)と、生地にもヨーグルトを使用した「ホテル特製 スーパープチアメリカンドッグ」。 - 画像提供=アパホテル
「この企画は、お客さまとのタッチポイント(接点)を増やすためです。明治ブルガリアヨーグルトは半世紀にわたり親しまれてきましたが、もっとさまざまな食べ方をお楽しみいただきたい。その一例としてホテルのレストランでの限定メニューとしてコラボレーションさせていただきました」(淡路氏、以下表記がないものは同氏の発言)
日本のヨーグルト市場を拡大させたのが、明治ブルガリアヨーグルトだ。ヨーグルト市場はどのように発展したのか。同ブランドの歴史や訴求についても考えたい。
■きっかけは1970年の大阪万博
家庭用ヨーグルトの嚆矢は「チチヤスヨーグルト」(チチヤス乳業:1917年発売)と聞く。今でもファンが多いロングセラーブランドである。
市場が一気に拡大したのは戦後の高度経済成長期、1970(昭和45)年前後からだ。
「明治ブルガリアヨーグルト誕生のきっかけは、1970年に開催された大阪万博(日本万国博覧会)です。パビリオンのひとつ『ブルガリア館』で当社の社員が本場ブルガリアのヨーグルトを試食して感動したことから商品開発が始まりました」
撮影=プレジデントオンライン編集部
明治 グローバルデイリー事業本部の淡路大志さん。 - 撮影=プレジデントオンライン編集部
翌71年には前身商品「明治プレーンヨーグルト」を発売。商品名に“ブルガリア”を入れたかったが、ブルガリア国の許可が下りなかった。粘り強く交渉した末、同国政府から国名使用許可を得て、1973年に「明治ブルガリアヨーグルト」として誕生した。
「先人の熱意によりブルガリアとの関係ができ、技術支援や情報提供も受けられるようになりました。今でも乳酸菌は同国から空輸しています。それをもとに発酵する牛乳は国内産を使用します」
本場ブルガリアのヨーグルトと明治ブルガリアヨーグルトはどう違うのか。
「基本的な味わいは変わりませんが、ブルガリアのヨーグルトは乳脂肪分量の異なる商品がいろいろあり、低いモノでは2%、高いモノだと10%を超えるものもあります。『明治ブルガリアヨーグルトLB81プレーン(400g)』は乳脂肪分3.0%です」
ちなみにブルガリア語でヨーグルトは「キセロ・ムリャコ」という。現地では「酸っぱいミルク」という意味だが、煮込み料理をさす場合もあるそうだ。原材料の乳は、乳牛だけでなくヤギや水牛を使うこともあるのが日本製との違いだろう。
■「常識」を覆すプロジェクト
ヨーグルトは、牛乳に乳酸菌を混ぜて発酵させるシンプルな製法だ。確認されているだけで500種類以上あるという乳酸菌の組み合わせで、ヨーグルトの特徴は変化する。
明治の研究所では乳酸菌に関する基礎研究や応用研究を行っており、その研究に携わるメンバーが中心となり、明治ブルガリアヨーグルトは発売以来、さまざまな製法を見直してきた。
たとえば1993年には乳酸菌を“LB81”にリニューアル。LB81乳酸菌を使った同商品は3年後の1996年、厚生省(当時)より「特定保健用食品」(トクホ)の表示許可を得た。(ちなみにトクホ市場が伸長して各社が注目するようになったのは2000年代前半から)
ただトクホ取得により、明治ブルガリアヨーグルトでは使用する乳酸菌をLB81から変えることができなくなった。
当時の常識では、乳酸菌を変えない限り味や食感を変えられないとされていた。ただ、時代とともに好まれる食感や味わい、また健康意識は変わる。それをわかっていた研究チームは、菌の変更以外で時代にあった味わいをつくるという、これまでの常識を覆す研究を始めたという。
通常、ヨーグルトは40度以上の温度で発酵させる。しかし、ブルガリアの伝統的なヨーグルトは、より低い温度で発酵させることで独特のなめらかさがでることが知られていた。
この低温発酵ができないか。何度も取り組んだものの、発酵の遅さで生産効率が悪く実現しなかった。
ブルガリアのヨーグルト(写真=Ned Jelyazkov/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons)
■答えは「おいしくて健康だから」
ブレイクスルーとなったのは、自社の人気商品「明治おいしい牛乳」から着想を得たアイデアだった。明治が生み出した脱酸素した牛乳を使って低温発酵させるという技術は「まろやか丹念発酵」と名付けられ、なめらかな食感かつまろやかな風味のヨーグルトが誕生した。この技術は、「明治ブルガリアヨーグルト」以外にも明治の商品に活用されていくことに。
23年3月には、この技術と後に開発された「くちどけ芳醇発酵」の2つの技術を活用し、「明治ブルガリアヨーグルト」をリニューアル。「酸味がまろやかになり、ヘビーユーザーの方からも好評」(淡路氏)という。
なぜ明治ブルガリアヨーグルトは長きにわたって支持されているのか。淡路氏は、「伝統のブランドという安心感、そして『おいしくて健康だから』ではないでしょうか。おいしさも健康もどちらかが欠けてもいけない。このふたつを追求してきた自負があります」
商品パッケージには「ヨーグルトの正統」とある。伝統の維持には研究者のたゆまぬ努力があったのだ。
■「健康」の中身が多様化した
淡路氏の話すように、消費者がヨーグルトに求めるものはおいしさに加えて、昔も今も「健康」(機能性)だ。その健康訴求がどう変わったのか。競合メーカーの取り組みも紹介したい。
「BifiXヨーグルト」や「朝食りんごヨーグルト」「ヨーグルト健康」などの人気ブランドを持つ江崎グリコ。このうちヨーグルト健康は1969年に誕生しており、健康をキーワードにしたブランドでは明治や雪印(現在は雪印メグミルク)よりも早かった。
「まだ世の中にヨーグルトが定着していない時代に“牛乳”と“乳酸菌”で親子の健康を育みたいという思いから誕生しました。生きて腸まで届くプロバイオティクス乳酸菌を使用しており、お子様のすこやかな成長をはぐくむヨーグルトとしても愛され続けています。発売55年を迎えた昨年、栄養機能食品(ビタミンD)としてリニューアルしました」
こう話すのは江崎グリコ・乳業事業部の熊 貴史氏(マーケティング部 発酵乳マーケティンググループ グループ長)だ。現代の消費者がヨーグルトに求める機能は何なのか。
「人によってさまざまですが、“腸内環境をととのえる”ことを目的に食べられる方も多くおられます。近年では機能性表示食品等も増えて健康訴求もより具体的となり、一言でヨーグルトといっても多くの機能的な表記を目にするようになりました」(熊氏)
明治と江崎グリコがともに正会員として加入するのが「短鎖脂肪酸普及協会」だ。“タンサ脂肪酸”とは腸内環境を整える働きを持つ脂肪酸で、少し専門的になるがヨーグルトに含まれたビフィズス菌が食物繊維などに反応して生み出すものである。
■朝食以外でも食べてほしい
長く続いたコロナ禍では、ヨーグルトの喫食も伸びた。明治の淡路氏は「在宅勤務となり家族だんらんの機会が増え、当社の体調管理を訴求したヨーグルトも支持されました」と話す。さまざまな食品が値上がりし、外食メニューの価格も高くなった現在、別の意味で巣ごもり消費も期待できる。
喫食シーンの拡大には、朝食イメージからの脱却も課題だろう。その取り組みの象徴がメニューレシピだ。明治も公式サイトで多彩な提案をしている。
「ヨーグルトは爽やかな酸味が特徴なので、さまざまな料理に合わせやすいです。昔から、たとえばカレーの隠し味に入れる方もおられましたが、当社では『遅く帰った日の食事メニュー』など生活シーンに合わせたメニュー提案もしています」
さらに関係者が熱い視線を注ぐのが、今年4月13日から約半年間、大阪市の人工島・夢洲で開催される「大阪・関西万博」だ。
大阪万博、1970年(写真=takato marui/CC-BY-SA-2.0/Wikimedia Commons)
「半世紀ぶりに大阪で開催される万博で、ブルガリア共和国もパビリオンを出展されます。前回の大阪万博が明治ブルガリアヨーグルト誕生のきっかけとなったように、半世紀つないできた歴史を踏まえ、世界各国の方にも訴求していきたいです」
伝統にあぐらをかくとあっという間に淘汰される時代。絶えざる革新+商品との接点を広げることで、消費者に気づいてもらう取り組みを続けていく。
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高井 尚之(たかい・なおゆき)
経済ジャーナリスト/経営コンサルタント
学生時代から在京スポーツ紙に連載を始める。卒業後、日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「人気ブランド」をテーマにした企画・執筆・講演多数。近著に『なぜ、人はスガキヤに行くとホッとするのか?』(プレジデント社)がある。
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(経済ジャーナリスト/経営コンサルタント 高井 尚之)