まるで踊るように「ハリアー、RAV4、カローラ」を組み立てていく…トヨタの女性社員が実践する「カイゼン」の本質

2025年3月11日(火)6時15分 プレジデント社

トヨタ工業学園を2021年に卒業し、高岡工場に勤務する今福小力さん - 撮影=プレジデントオンライン編集部

トヨタ自動車の企業内学校「トヨタ工業学園」では、3年間の高等部、1年間の専門部に分かれて自動車開発に必要な技能を習得する。かつて女子生徒はほとんどいなかったが、近年は毎年10人以上が卒業し、トヨタの生産現場を支えている。ノンフィクション作家の野地秩嘉さんによる連載「トヨタの人づくり」。第11回は「女性で初めて旗手衛兵を務めた卒業生の現在地」——。
撮影=プレジデントオンライン編集部
トヨタ工業学園を2021年に卒業し、高岡工場に勤務する今福小力さん - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■EV乱立時代に入社した若手社員たち


今福小力 22歳、2021年、学園高等部を卒業してトヨタに入社。
難波泰行 20歳 専門部を卒業して2024年、入社。
相良優斗、25歳、2018年、学園専門部を卒業してトヨタに入社。


3人がトヨタに入ったのは2020年前後である。「百年に一度の変革期」がこの頃から現在、近未来の自動車業界を表す言葉だ。


2018年頃からはバッテリーEVに対する傾斜が始まった。だが、2024年春の段階ではふたたびハイブリッド車の売れ行きが伸びていて、バッテリーEVのメーカーは乱立している。トヨタは「ふたたびハイブリッドの時代が来る」とは一度も言わなかったし、今後も言わないだろう。


豊田章男が言明したとおり、「必要なものを必要な時に必要なだけ」、ユーザーに提供していく。


パワートレーンの種類だけではなく、ユーザーが必要な車を在庫を持たずに生産、販売していく。


■そもそも「CASE」とはなにか?


「何が売れるか」を模索して、自分たちの作品を客に押し付けるのではない。客が「これが欲しい」といったものを素早く届けることを追求している。


また、百年に一度の変革に対応する技術、サービスはCASEという言葉で表現されている。CASEのCはコネクティッド。つながる(Connected)車のことだ。車が通信端末を内蔵し、インターネットを活用してつねに車外と情報をやり取りできるようにする技術である。


Aはオートノマス、Autonomous、自動運転技術。Sはシェアリング、Shared & Service。ウーバー、グラブといったライドシェアをサービスとする企業はすでに世界では一般化し、日本でもやっとライドシェアが認められるようになった。EはElectrification電動化のことで、バッテリーEVだけでなく、ハイブリッド車(HV)、プラグインハイブリッド車(PHV)、燃料電池車(FCEV)などを指す。


さて、学園を卒業した上記3人の配属された職場は次の通りだ。今福は高岡工場の組み立てライン、橘がRフロンティア部でロボットの開発、相良は下山テストコースでテストドライバーとしてそれぞれCASEの現場にいる。


■会長はじめ幹部が泣いた「卒業式の答辞」


今福の下の名前は「しょうり」と読む。彼女は中国の青島で生まれ、6歳の時に母親とふたりで日本にやってきた。コロナ禍の学園高等部の卒業式で総代として答辞を読んだ。わたしは6回、学園の卒業式に出席(うち2回はオンライン)しているが、彼女が答辞で母親に感謝の言葉を述べた時、壇上にいた豊田、河合を始めとして全員が涙を流していたのを見た。悲しいから泣いていたわけではない。誰もが親孝行に感動して泣いた。感動の涙を流していた。


今福は「学園時代は寮に暮らしていましたが、今は母とふたりで実家にいます」と言った。


「私が学園に入ったのは大学へあまり行きたくなかったことがあります。大学へ行ったからといって、ちゃんとした就職先が見つかるかといわれたら、そうでもないと思ったから。それよりも、私は手先を動かすのが好きだったから学園へ行こう、そして、トヨタに入ろう。


母が仕事していたから、ひとりでうちにいる時間が長かったんです。その時、手芸や裁縫したり、本を読んだりしていました。本を読むのが好きでした。本には自分で作ったカバーをかけていました。カバーを親に見せたら、『上手だね』って褒められて。自分はモノづくりが好きなんだと思いました」


■毎年10人以上の女子が入学するように


「それでいろいろ探していたら、学園が見つかったんです。学園ならトヨタに入れるから安定するし、親への負担も減らせると思いました。母さんはとくに反対はしなかったです。逆に、普通の大学へ行かなくていいの、寮生活だとこれまでの友だちと離れちゃうけどいいのって、心配してくれました」


彼女が入った頃から学園に女子生徒が増えた。それまでは1学年に10人はいなかったのだが、以降は必ず十数人が入学するようになった。女子生徒の場合、卒業しても、工場勤務は少なかった。それは工場には女子トイレやロッカー室などが少なかったことが関係していた。そこで、間接部門に配属されることがほとんどだったが、今福が入学した頃からはトイレ、着替えをする部屋といった施設の整備が進んだので、女子も工場に配属されるようになった。


撮影=プレジデントオンライン編集部
トヨタ工業学園で朝礼に臨む女子生徒たち - 撮影=プレジデントオンライン編集部

今福は学園の3年間でいちばん勉強になったのは人間力をつけろと教えられたことだったと言っている。


「普通の高校よりも体力強化と人間力についての授業が多いのが特徴だと思います。モノづくりの話よりも人間力を鍛える、人を育てるということをいちばん教えられたと思います。体力強化だと駅伝、遠泳、山登り。私も一応、陸上部に入っていましたけれど、そんなに早く走れるわけではありません。大したことないです」


■職場は「ベルトコンベアのない最先端工場」


今福が働く高岡工場は組み立て工場だ。組み立て工場とはその名の通り、完成車を作るために他の工場やサプライヤーから集めてきた部品を組み立てるところである。高岡の他、組み立て工場は国内に3つある。田原工場、元町工場、そして、堤工場だ。このなかで高岡が進んでいるのは2つのラインがAGV、無人搬送車のラインになっていること。床面に磁気テープを張ったり、赤外線で誘導されたAGVが部品、車台を搬送する。


従来の工場で活躍していたのはベルトコンベア、あるいは床面が動くスラットコンベアだった。ところが、AGVを入れた高岡工場には工場の象徴とも言えるベルトコンベアの姿がない。現場の作業内容にもよるが、今後、トヨタだけでなく生産やサービス業の現場ではAGVが増えていくだろう。


最先端技術といえば自動運転、水素、ロボット、空飛ぶクルマを想像しがちだが、ベルトコンベアを取り去った高岡工場の姿は一体成型のギガキャストと並ぶ最先端の技術だ。


彼女はそこで働いている。


■「踊るように働いている」


「ここではハリアー、RAV4、カローラを組み立てています。そうですね、今はハリアーが多いですね。二直で早番は朝の6時半から午後3時15分まで昼休みは45分です。午前中は2時間に1回、10分の休憩、午後は1時間半に一回の休憩があります。今、朝は4時前には起きてます。実家に帰っているので、うちから車に乗ってきています。


遅番は午後4時半から夜中の1時15分まで。日曜日は休み。夜中に仕事が終わった場合、車を持っていない人はバスが出ます。


組み立ての楽しさは新しい工程を覚えて、それが普通にできるようになること。部品をはめてインパクトレンチで締めるのが直接の仕事です。私が所属しているのは第二組立課のファイナルラインです」


写真提供=トヨタ自動車
高岡工場 ハリアー生産の様子(2020年6月時点) - 写真提供=トヨタ自動車

彼女の仕事を見ていると、「踊るように働いている」。それは熟練の証拠だ。リズムがあって、流れるように身体を移動させている。トヨタの工場は海外も含めて十数カ所行ったけれど、熟練の作業者はどこでも同じように踊るように動く。


今福のような女子の作業者と男子の違いは作業制限があること。女子は重いものを運んだり取り付けたりしない。シーラー溶剤を使う作業もやらない。


■「隣の仕事を見ろ」の本当の意味


今福は言う。


「トヨタでは隣の仕事を見ろと教えます。それは、その人だけしか、その工程ができないとなると、休んだ時に、では、どうしようってなります。ですからみんな他の工程を覚えます。そうすれば隣の人が休んだ時にも対応できますし、また自分の技術も上がります。


自分さえよければいいのではなく、うまく組が回るように働く。他の工程を覚えるのはひとりが抜けても大丈夫なようにということです。そして、他の工程を覚えていれば組が回ります。学園で学んだチームワークってそういうことだと思う。今、うちの組には25工程ありますけれど、そのうち、私ができるのは3工程。まだまだ、これからです。


学園のトヨタ生産方式の授業では『ジャスト・イン・タイム』を教わりました。『必要なものを、必要なときに、必要な分だけ』作る。学園では教科書でしか習わなかったから、トヨタ生産方式についてはよくわからなかったところがありました。


ところが、実際に配属されて、自分で一通りやってみたら、あの時、言っていたことはこういうことだったのかと納得しました。トヨタ生産方式に従って仕事をすると、ムダが出ないし、品質や安全の改善を考えるようになります。トヨタ生産方式は現場のものだと思いました。現場に来てから納得することです」


■トヨタ生産方式の正体は「楽をするため」


「たとえば自分の仕事です。トヨタ生産方式では七つのムダについて習うのですが、それは少ない工数を追求するというより、いかに自分が楽をして多くの車を作るかを自分なりに考えること。そう納得しました。カイゼンもそうです。自分が楽をするためのことを考えればいい。


ええ、私もカイゼンしました。最近だと、部品を置いている棚が上の段と下の段に分かれているのですが、下の段はどうしても取りにくいところがありました。腰をかがめて取らないといけない。めんどくさいし、疲れます。そこで、下の段のラックを手前に延長しました。それがカイゼンです。自分が楽をするためのカイゼンで、それを褒められました。『トヨタ生産方式ってそういうことなんだ』と言われました」


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今福さんの考えるカイゼンとは、「めんどくさい」と感じたときにその原因を考えることだという - 撮影=プレジデントオンライン編集部

トヨタ生産方式は人員削減のための労働強化と考えている人たちがいる。だが、現場に行けばそれが間違っていることがわかる。カイゼンとは生産性向上のためにやることではなく、作業者が楽をするためのものだ。上司から褒められるための行為ではないし、コストを下げるためでもない。第一義は仕事が楽になること。生産性が向上し、その結果、コストが下がったとしても、作業者、サプライヤーが嫌がるような提案はカイゼンではない。


「とにかく早く作って持ってこい」
「百個買うから値段は半分にしろ」


こうしたことは作業者いじめ、サプライヤーいじめであって、カイゼンではない。そもそもこうしたことを押し通したとしても、長くは続かない。作業者はやめるだろうし、サプライヤーは納入を拒否する。損をしてまで、他の会社のために尽くす会社はない。取引が欲しいからと言って恒常的に値段を下げる経営者がいるはずがない。


■「女性が選ばれたことはなかった」旗手衛兵に挑戦


さて、前述したけれど2021年の卒業式における彼女のあいさつはすばらしいものだった。ここに一部を抜粋して載せておく。


卒業生代表挨拶


柔らかな春の兆しが感じられる今日この良き日、高等部73期、専門部31期は卒業します。
新型コロナウイルスの世界的な流行の最中、こうして卒業式を開催して頂きありがとうございます。


(中略)3年次の今年は、コロナ禍であらゆる訓練行事の見直しを迫られる中、モノづくりを通じて自分たちが今できること、人のためにできることをみんなで考え訓練行事を企画しました。世間で圧倒的に不足しているマスクづくりにチャレンジ。原価、品質に徹底的にこだわり、お客様目線で取り組みました。手作りした約千枚のマスクは自分たちが使用し、会社支給のマスクを一部、加茂医師会に寄贈し、大変助けられたとの声を頂きました。


私は、伝統と歴史あるトヨタ工業学園第58代旗手衛兵という学園を率いていく大役に任命されました。


入学式で見た旗手衛兵に憧れて、私もあんなかっこいい人になりたいと思いました。しかし、「旗手衛兵は、動きの力強さや身長などに厳しい選考基準があり、これまで女性が選ばれたことはなかった」との言葉。あきらめざるを得ませんでした。それでも誰かの役にたちたいと思い、自分から行動を起こし周りに目を配ることを続けていたある日、指導員が声をかけてくれました。


「自分にできることを一生懸命やればきっと誰かがみてくれる」


この言葉が私の心に響き、背中を押してくれました。人のために自分ができることを一生懸命やればいい。後悔しないようにやってきたことを続けようと思えました。そして2年生へ進級した時、選考を受けてみないかと担任から言われました。一瞬何を言われたのか分からなくなりました。その言葉の意味を理解した瞬間涙が出そうになりました。


もしあの時あきらめて、やってきたことを続けていなかったら。もしあの指導員が声をかけてくれなかったら。このチャンスは絶対ありませんでした。チャンスを無駄にしない為にも今までやってきたことを継続しました。背中を押してくれた指導員、この場に立たせてくれた全ての人に感謝しながら最終選考を受けました。


■「お母さんの元に生まれて幸せです」


結果、私は学園初の女性旗手衛兵に任命されました。今までやってきたことは決して無駄にはならなかった。本当に誰かがみてくれて、認めてくれたんだと達成感、嬉しさで胸がいっぱいになり涙が止まりませんでした。


「自分にできることを一生懸命やればきっと誰かがみてくれる」


私はこれからの会社生活で、この言葉のとおり、小さなことをコツコツ努力できるかっこいいトヨタパーソンになります。


そして、今までたったひとりで私をここまで育ててくれたお母さん。この学園に送り出してくれて本当にありがとうございます。私はお母さんが誇れるような子供になることができたのでしょうか? 挫けそうな時、やめてしまいたい時、お母さんの支えや応援があったからこそ頑張ることが出来ました。お母さんの元に生まれて幸せです。


彼女は思い出す。


「文章の構成は私が書いたものを指導員と一緒に訂正して作りました。読んだ時は緊張しました。めちゃめちゃ緊張です。なんといっても豊田社長の顔を見ているうちに泣けてきて、鼻水が出てきて、ヤバかったです。泣いたのは、お母さんについて話したところでした」


■若手として会社に提案したいこと


「学園には感謝しかないんですけれど、ひとつ言うことがあるとすれば、もうちょっと外との関わりをつくる機会があっても、いいんじゃないかなとは思います。生徒は本当に学園のなかでしか生活していないんです。寝起きは寮ですし、実習へ行くにしろ、トヨタの工場だけです。トヨタ以外の社会を知る機会がないんです。


他の高校だったら、バイトをしたり、他の社会の勉強ができます。トヨタに入るのは決まっているし、給料をもらいながら勉強させてもらっているので、仕方ないところもありますが、もっと社会勉強をする機会があってもいいんじゃないかと思います」


撮影=プレジデントオンライン編集部
トヨタ工業学園の授業の様子 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

彼女はためらいながら言ったが、わたしはとても重要なことだと思う。学園の生徒はトヨタの社員だからアルバイトはできない。しかし、社会の厳しさ、冷たさに触れる体験があった方がいい。また、実習の場所としてトヨタの工場だけではなく、他の会社の生産現場へも行ってみると、また違う世界があることを認識するのではないか。グループ会社でもいいじゃないかとわたしは思う。同様に、デンソー、アイシンの企業内訓練校の生徒を受け入れればいいのだから。今福の意見にわたしは賛成だ。


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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『京味物語』『ビートルズを呼んだ男』『トヨタ物語』(千住博解説、新潮文庫)、『名門再生 太平洋クラブ物語』(プレジデント社)、『伊藤忠 財閥系を超えた最強商人』(ダイヤモンド社)など著書多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。旅の雑誌『ノジュール』(JTBパブリッシング)にて「巨匠の名画を訪ねて」を連載中。
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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)

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