世界初の核酸医薬(SSO)による小児難病シトリン欠損症の治療法を開発
2025年3月12日(水)11時12分 Digital PR Platform
〜遺伝性疾患に向けた、新たな根本治療への挑戦〜
東京慈恵会医科大学小児科学講座の今川英里特任講師、大石公彦講座担当教授らの研究チームは、シンガポール科学技術研究庁(A*STAR)のJin Rong Ow博士、Keng Boon Wee博士ら、および米国マウントサイナイ医科大学のErnesto Guccione博士らのグループとの国際共同研究により、近年注目を集める核酸医薬 スプライシング制御オリゴヌクレオチド(SSO)を活用し、遺伝性疾患である小児難病シトリン欠損症に対する新たな治療法の開発に成功しました。
本研究の対象となった遺伝性疾患は、日本人に高頻度で発症するシトリン欠損症(SLC25A13遺伝子の変異が原因)であり、尿素サイクル異常症の一つに分類されます。さらに研究チームは、尿素サイクル異常症の8疾患(OTC欠損症、NAGS欠損症、CPS1欠損症、シトルリン血症1型、ASL欠損症、高アルギニン血症、HHH症候群、シトリン欠損症)の原因となる遺伝子に対し、深部イントロン変異を効率よく検出する遺伝子パネル 「Prune」 を開発しました。
本成果により、従来の検出法では見逃されていた尿素サイクル異常症の原因遺伝子変異を発見し、肝移植のみが根治的治療であるシトリン欠損症に対して、より低侵襲性で有効性の高い新規治療法の実現が期待されます。本研究の成果は、2025年2月18日付でJournal of Hepatology誌に掲載されました。
[画像1]https://digitalpr.jp/simg/2670/105758/150_142_2025031210533067d0e91a07e12.png
図1. 研究の概要
(上段) 尿素サイクル異常症に関連する遺伝子変異を網羅的に検出するアルゴリズム「Prune」を開発した。さらにシトリン欠損症患者3名において同定された深部イントロン変異が、転写産物内に偽エクソンを形成するスプライシング異常を引き起こすことを明らかにした。
(下段) 同定した深部イントロン変異に対して、偽エクソンの除去作用をもつスプライシング制御アンチヌクレオチド (SSO)をデザインし、化学修飾の違いの検証により除去率が最も良い配列を決定した。作成したSSOは患者iPS細胞由来肝細胞およびminigeneアッセイを用いて、偽エクソンの除去とシトリンタンパク質発現を回復することを確認した。SSO投与によるin vivo検証では肝毒性が出現しないことが判明し、治療の安全性を評価した。
■研究成果
(1) 尿素サイクル異常症のDeep-intronic遺伝子パネル「Prune」を開発
尿素サイクル異常症を引き起こす8つの遺伝子(OTC, NAGS, CPS1, ASS1, ASL, ARG1, SLC25A15, SLC25A13 )に対し、非コード領域を含む全配列を対象とした病的変異の網羅的検出アルゴリズム “Prune”を開発しました。
⇒ 対象11名のサンプルを用いたPruneのシーケンス解析では、平均深度817×を達成し、従来の全ゲノム解析(深度20×〜40×)に比べて、格段に高精度なデータを取得した。
⇒ SpliceAIを用いたスプライシング異常の網羅的予測機能を搭載し、ClinVarおよびgnomADの遺伝子変異データベースに存在する、SLC25A13深部イントロン領域内の潜在的なスプライスサイト215箇所を特定した。
(2) SLC25A13変異c.469-2922G>Tに対する核酸医薬SSOの開発と有効性・安全性評価
・新規の深部イントロン変異を複数の日本人シトリン欠損症患者で検出
⇒ “Prune”および患者血液検体のmRNA解析を用いることで、従来の手法では病原性評価が困難であった深部イントロン変異 c.469-2922G>T を、シトリン欠損症患者3名において同定した。
⇒ 本変異が、SLC25A13 mRNA内のエクソン5とエクソン6の間に偽エクソンを挿入するスプライシング異常を引き起こすことで、シトリン欠損症を発症させることを証明し、新たなSSO治療のターゲットとなる可能性を示した。
・スプライシング異常を修正するSSOの設計と機能評価
⇒ 複数の化学修飾(Phosphorothioate, 2’-OMe, 2’-MOE, LNA, GalNAc)といくつかのRNA配列の組み合わせを用いて、合計23種類のSSOを設計した。
⇒ 患者由来iPS細胞から作製した肝細胞(iHeps)を用いた機能評価を実施し、SSOが正常なSLC25A13のmRNAおよびシトリンタンパク質の発現が回復することを確認した。
⇒ iHepsおよびminigeneベクターを用いた解析により、シトリン欠損症の病態である尿素合成やアンモニア解毒機能の障害を、SSO投与が改善させることを明らかにした。
⇒ GalNAc修飾を施したSSOは、特に高い治療効果を示した。
・マウスモデルにおけるSSOの安全性評価
⇒ 2種類の用量(25 mg/kg または 50 mg/kg)のSSO を、変異を含むminigeneベクターを注入したマウスに頻回投与したところ、それらによる安全性の指標となる急性や肝毒性や炎症は認めなかった。
■今後の取り組み
従来の検出法では見つけることができない変異を持つ尿素サイクル異常症の患者が多く存在し、確定診断が困難であることが知られています。こうした患者に対し、Deep-intronic遺伝子パネル『Prune』を活用することで、迅速かつ正確な遺伝子診断の実現を目指し、社会的基盤の整備を進めます。
またシトリン欠損症に関しては、c.469-2922G>T変異を有する患者へのSSO治療の臨床試験を見据え、マウスモデルを用いた詳細な臨床有効性・安全性・免疫毒性の評価を進めていきます。
■研究支援
本研究は、A*STAR Career Development Fund (C210812001), The Industry Alignment Fund - Pre-positioning Program (H20H6a0027, H20C6a0034), シトリン財団研究助成(RG18003, RG21001), 東京慈恵会医科大学萌芽的共同研究推進費, および公益財団法人 宮川庚子記念研究財団の助成を受けて実施しました。
■掲載論文
Jin Rong Ow, Eri Imagawa (equally contributed), Feng Chen, Wei Yuan Cher, Shermin Yu Tung Chan, Rajasekhar Reddy Gurrampati, Venkataramanan Ramadass, Mun Fai Loke, Tommaso Tabaglio, Hikaru Nishida, Toshiki Tsunogai, Masahide Yazaki, Gaik Siew Ch’ng, Manikandan Lakshmanan, Su Seong Lee, Jackie Yi-ru Ying, Ernesto Guccione, Kimihiko Oishi (co-last author), Keng Boon Wee.
Title: Developing splice-switching oligonucleotides for urea cycle disorder using an integrated diagnostic and therapeutic platform
URL: https://doi.org/10.1016/j.jhep.2025.02.007
■用語解説
・SSO (splice-switching oligonucleotides; スプライシング制御オリゴヌクレオチド)
アンチセンス核酸のひとつで、標的となるpre-mRNA領域に結合することにより周辺のスプライスサイトを活性化あるいは抑制化し、スプライシングの過程を制御する。
・シトリン欠損症
シトリン欠損症は、肝臓の尿素サイクルおよびエネルギー代謝に関与するシトリンタンパク質の機能低下により発症する、日本人に多い指定難病です。CDは新生児期からの肝内胆汁うっ滞、低血糖、脂質異常症、炭水化物やアルコール摂取を嫌う食癖を生じ、さらに成人期では重篤な高アンモニア血症や意識障害により、適切な治療がされない場合は死に至る疾患です。そのため発症の原因であるSLC25A13遺伝子変異を早期に検出し、患者を特定することが重要です。
・偽エクソン
本来はスプライシングによって取り除かれるはずのイントロン領域の一部が、エクソンとして誤ってmRNAに組み込まれる異常な配列。偽エクソンが生じる原因として、深部イントロン変異が新たなスプライス部位(5’ or 3’ スプライスサイト)を生成し、スプライシング因子が誤って結合することが挙げられる。
・SpliceAI
深層学習を用いたスプライシング予測ツールで、遺伝子変異がスプライシングに与える影響を予測するためのアルゴリズム。
・SSO配列の化学修飾
SSO配列に部分的に特徴的な化学修飾をすることにより、生体内安定性の獲得、mRNAとの結合親和性の向上、あるいは標的臓器へ集積を容易にする等の作用効果をもつ。
本件に関するお問合わせ先
学校法人慈恵大学 広報課
メール:koho@jikei.ac.jp
電話:03-5400-1280