“憧れ”から始まった石破退陣劇の序章 【政眼鏡(せいがんきょう)-本田雅俊の政治コラム】

2025年3月17日(月)8時17分 OVO[オーヴォ]


 石破茂首相が衆院当選1期生を公邸に招いた会合の“土産代わり”として、それぞれに10万円の商品券を配ったニュースは3月13日夜に永田町をざわつかせ、翌日、マスコミ各社がトップで報じた。決して小さな“事件”でないことは、週末にいくつかのマスコミによって行われた世論調査でも明らかだ。内閣支持率は軒並み、大幅に下落した。

 もともと石破政権は発足当初から低支持率を記録してきた。だが、旧安倍派の裏金問題などが尾を引いたため、必ずしも石破首相だけに低迷の責任は押し付けられず、「石破降ろし」は始まらなかった。それに対し、高額療養費制度の見直しを巡る発言のブレ、そして今回の商品券問題は、まさに首相自身が災いの種をまいた。

 米国のトランプ大統領ならばいざ知らず、周りの誰かが石破首相を止めたり、いさめたりするのが至極普通だろう。しかし、石破氏をあるじに迎えてからの首相官邸は、「全く機能していない」(全国紙官邸キャップ)という。安倍晋三政権時代は正副官房長官や秘書官たちが「チーム安倍」を結成し、与党に多くのシンパ議員がいたが、今はチームそのものが存在しないのだ。

 商品券や背広の仕立券などを首相官邸や自民党国対の関係者が与野党議員に配る慣行があったことは、多くの政治部記者も知っていたはずだ。そしてその金額が“永田町の常識”を逸脱していなければ、わざわざ記事にすることはなかった。だが、今回、大きなニュースになって耳目を集めたのは、配ったのがほかならぬ石破首相だったからだ。

 ぶら下がり会見や国会で石破首相は「法に抵触するものではない」と繰り返し強調したのに対し、「違法の可能性がある」「グレーゾーン」などと解説する専門家もいた。だが、決めるのは司法の仕事だ。もっとも、消極姿勢の目立つ日本の司法が、この件で明確な判断を示すとは考えにくい。

 問題はむしろ「面倒見が悪い」「かなりのケチ」と言われ続けてきた石破首相が、なぜこのような大盤振る舞いを演じたかだ。石破首相は「商品券はポケットマネーで用意した」と力説する。だが、真相は未来永劫(えいごう)、明らかにされないだろうが、政界関係者の多くは内閣官房報償費(機密費)が使われたと見る。領収書不要の年間12億円の札束に触れれば、感覚がまひしても無理はない。

 もう一つ考えられるのが“憧れ”だ。官房機密費を使ってみたかったのも“憧れ”かもしれないが、若かりし頃、田中角栄元首相の事務所にいた石破氏は、カネの力を目の当たりにした。田中元首相は決して人の心をカネで買えると思ったわけではないが、カネを通じて自分の気持ちを表した。石破首相もそれをまねたかったのかもしれない。

 集団に対する“憧れ”もあったのだろう。もともと石破首相は徒党を組むことを得意としないし、人付き合いも苦手だ。交友関係を広げようと、過去には多くの議員を食事に誘ったりしたが、「出席率はかなり低かった」(元側近議員)という。だから、一声かければ一定数の議員が集まってくれ、昔話や自慢話にも付き合ってくれる光景は石破首相の“憧れ”だったはずだ。

 しかし、最も強い“憧れ”は、実は故安倍元首相に対してだといえる。石破首相が安倍元首相をライバル視してきたことはあまりにも有名だが、内心は今もうらやましさで満ちあふれている。とりわけ安倍元首相を“親鳥”のように慕った「安倍チルドレン」がうらやましく、石破首相も自らの「チルドレン」を育もうとしたのだろう。もっとも、ほとんどの1期生がすぐに商品券を返したところを見ると、チルドレンの方が“親”を拒絶した。

 石破首相は商品券問題について「国民の理解を得る努力が必要だ」と平身低頭するが、「そもそも理解を得ることは難しい」(野党国対)。ましてや政治姿勢の中心に据える「納得と共感」を得ることなど不可能だ。そもそも論になるが、こうした問題に発展することが自明であったにもかかわらず、石破首相はあえてこの時期に商品券を配布したのだ。

 今の政治状況を1989年と重ね合わせることもできる。リクルート事件と消費税導入の逆風が吹き荒れる中、宇野宗佑政権が誕生したものの、これに首相自身の女性問題も加わり、万事休すとなった。そして7月2日の都議選で自民党は20議席も減らし、23日の参院選で歴史的な大敗を喫した。

 この頃、コマーシャルで人気を博していたのは禁煙パイポの「私はこれで会社を辞めました」だった。もともと石破政権は“長編小説”になるとは見られていなかったが、“憧れ”から始まった今回の商品券問題が退陣への序章になる可能性は決して低くはない。

【筆者略歴】

 本田雅俊(ほんだ・まさとし) 政治行政アナリスト・金城大学客員教授。1967年富山県生まれ。内閣官房副長官秘書などを経て、慶大院修了(法学博士)。武蔵野女子大助教授、米ジョージタウン大客員准教授、政策研究大学院大准教授などを経て現職。主な著書に「総理の辞め方」「元総理の晩節」「現代日本の政治と行政」など。

OVO[オーヴォ]

「がん」をもっと詳しく

「がん」のニュース

「がん」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ