「告白」「交際」「同棲」は存在しない…そんなエジプト人女性が日本で衝撃を受けた「2000年代大人気ドラマ」の名前

2025年3月21日(金)17時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Karimphoto

「恋愛結婚」と一口に言っても、そこに向かう過程は国によってさまざまだ。日本に住むエジプト人の八十恵さんは「友人時代、夫から『好きです』と言われ困惑しました。エジプトでも恋愛結婚が主流ですが“交際”という概念がなかったからです」という——。

※本稿は、八十恵『エジプト人の「いい加減」でがんばりすぎない生き方』(KADOKAWA)の一部を抜粋・再編集したものです。


■恋愛結婚だけど、交際期間は0日間


わたしはエジプト人で、夫は日本人です。


お見合いではなく恋愛結婚なのに、交際期間が一日もないまま結婚しました。


日本でそのことを話すととても驚かれます。でも、エジプトではとくに珍しいことではありません。エジプトでは婚約前に「好きです」と告白したり、交際して関係を深めていったりする発想そのものがないからです。お互いに「いいな」と思えるようになったら、交際を始めるのではなく、結婚を考えるのが自然な流れです。


夫と出会ったのは2011年のことでした。


民主化運動の「アラブの春」が起きていた頃のことです。


写真=iStock.com/Karimphoto
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Karimphoto

以前からわたしは日本に対して強い興味をもっていました。


父親が柔道のコーチをしていた関係もあり、子供の頃から家にはサンリオのおもちゃや日本の電化製品などがあったりしたのです。


父がビデオを持っていたことから、ビートたけしさんの『風雲!たけし城』も繰り返し観ていました。


「すもうでポン」や「だるまさんがころんだ」などのコーナーが好きでした。


そんなバックボーンもあり、日本語学校に入学して日本語を勉強するようになったのです。


■出会いは日本語学校のイベントだった


その後、東日本大震災のあとに参加した日本語学校のイベントではじめて夫と会いました。そのときの印象はほとんどないというのが正直なところです。


基本的に無口なタイプなので、まったく話もしなかったのかもしれません。


スラムダンク』の流川楓のような顔だな、という印象だけはありました。それを人に話すと「まったく似てないよ」と言われます(笑)。


夫の名字は「八十」と書いて、「やそ」と読みます。


日本でもなかなか珍しい名字だと思うのですが、その頃のわたしは、日本にそんな名前があるなんて知りませんでした。


だから、そのイベントでも、みんなが名前を書いているところに、なぜ彼だけは“数字”を書いているのかな?と不思議に思っていたのです。


それが80というナンバーではなく、八十という名字なのだとようやくわかったのは2年ほど経ってからのことでした。


彼は仕事の関係でエジプトに滞在していたこともあり、少しずつ会う機会が増えていったのです。彼はあいかわらず、あまり話はしなかったけれど、頼もしい人だなという好感をもつようにはなっていきました。


■「好きだよ」夫の告白に戸惑ったワケ


その彼がエジプトを離れるときに「好きだよ」と言ってくれたときはものすごく驚きました。前にも書いたように、エジプトの文化にはないことだからです。


わたしはどう答えればいいかと迷いました。


好きと言われて交際を始めることは、イコール結婚になります。どのような言葉を返したかはよく覚えていないのですが、“あなたの言葉は結婚を意味しますよ”というように話した気がします。


エジプトでは女性のほうからプロポーズするということはありません。だからわたしも、逆プロポーズをしたつもりはなかった。「どういう意味でそんな言葉を口にしたんですか?」という問いかけをしたわけです。


だけど、彼のほうでは「結婚か、これで終わりにするか」の二者択一を迫られたように感じたみたいです。


そのときは彼のほうでも戸惑っていたようです。それでも、一度帰国してまたエジプトに戻ってきたあと、結婚に向けて話が進んでいきました。


提供=筆者
八十夫婦の和装ツーショット - 提供=筆者

■結婚は認めてもらえなかった


その先にも困ったことはありました。


当時のエジプトでは国際結婚の例はあまりなかったからです。


とくにわたしが育ったエジプト南部のサイーディ地方(ナイル川上流地域)では、親戚同士で結婚するのが珍しくない文化があります。


筆者撮影
故郷フルガダの風景をお届けします。紅海に面したリゾート地で、アクティビティも楽しめる町です。 - 筆者撮影

当然ながら父親は、彼に会うこともしないうちから大反対。


そのため、彼をわたしの両親に会わせるより先に、わたしが日本で彼の両親に会うことになったのです。


そのとき彼は、母親に対して「いいひとを紹介したい」と話していながら、わたしがエジプト人だとは言っていませんでした。それもどうかと思いました(笑)。


彼は、何に対しても十分な説明をしないタイプの人ですが、いくらなんでも……という話です。


息子から恋人かフィアンセを連れてくると聞かされていて、現れたのが見た目からはっきりと外国人だとわかるわたしだったのだから驚かないはずがありません。


そのあとにあらためて、お父さんとも一緒に食事をすることになり、結婚を認めてもらいました。やさしくて理解のあるご両親です。


エジプトでわたしの両親に彼が会ったのはそのあとです。


そのときわたしの父は、ひたすらイヤな話ばかりをしていました。聞きたくもないようなことだったので、内容も覚えていないくらいです。


結局、そのときは父に賛成してもらうのはあきらめました。日本で結婚して、子供ができてからエジプトに里帰りして、ようやく認めてもらえた感じだったのです。


提供=筆者
八十恵さん。地元フルガダに里帰りしたときの1枚。 - 提供=筆者

■「恋人」という関係性が存在しない


恋愛や結婚のあり方、人との対し方に関して、エジプトと日本をくらべたときに慣習が異なるところはずいぶんあります。


上でも書いたように、エジプトでは好きだと告白したり、結婚前に交際する文化がないということもそうです。


もしお互いに相手のことが「いいな」となったら、その時点で結婚に進むことを考えて、親にも相手を紹介します。その場合、女性側の親に男性を紹介してから、男性側の親に女性を紹介する順序が一般的です。


「恋人」という関係性がそもそもないともいえます。


エジプトには「カレ(彼氏)」や「カノジョ(彼女)」に当たる言葉がありません。そのため、もし、そういう意味の言葉を使いたいときには英語を借りて「Boyfriend」、「Girlfriend」と言うしかなくなります。


そうすると、相手のステータスは、彼氏、彼女ではなく“フレンド(友達)”になります。意識のうえでもそうなるので、「友達同士だったらキスはしないよね」ということになるわけです。イスラム教でもキリスト教でも、友達という関係性であれば、キスなどはしないということが前提としてあります。


■結婚式「誓います」の重みが違う


交際期間が長くなると愛が冷めてしまうのではないかというイメージもあります。


そうなるよりは、お互いを想い合えているうちに結婚したほうがいいのではないかという感覚もある気がします。


結婚前に同棲するということも考えにくい。


理由のひとつはやはり、ステータスがフレンドであるなら、一緒に住むのはおかしいという感覚があるからです。


もうひとつの理由は、イスラム教でもキリスト教でも(※)、バージンで結婚するのがいいとされているからです。


写真=iStock.com/LumiNola
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/LumiNola

結婚式で牧師さんが誓いの言葉を読み上げたとき、日本の人たちは、とくに内容を気にせず「誓います」と答えている場合が多いのではないかと思います。


※編集部注:エジプトでは、人口の9割がイスラム教徒、1割がキリスト教徒です。イスラム教徒やキリスト教徒であればそうはいきません。


誓いの言葉に対しては、ピュアであることを前提にして「イエス」と答えているので、そこで嘘はつけない、嘘をつきたくない。


そんな気持ちが強いのです。


■「気になる人」ができたらどうするのか


日本でも欧米でも、中高生時代から、異性と付き合うことは珍しくないのだと思います。エジプトではそういうことは、ほとんどありません。


もしかしたら交際の入口あたりまでは行きかけることはあるかもしれませんが、わたしの10代の頃にはそういう話はほとんど耳にしたことがなかったものです。


気になる相手がいたとしても、高校生の男女が二人でデートするようなことは考えにくかった。グループで出かけることがあったくらいです。


小学生の頃は、男の子も女の子もみんな一緒に遊びます。まだ子供なので、異性に対する意識がほとんどなく、抵抗がないからです。


中学生くらいから体が変化していけば、自然に異性を意識することになるので、距離をおくようになります。


それと同時に、勉強が大変になっていきます。


エジプトでは、受験が将来に関わり、「いい大学に入れなければその時点で人生が終わってしまう」というイメージがあります。


そのため中学生でも高校生でも、とにかく一生懸命、勉強の日々を送ります。


写真=iStock.com/PeopleImages
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/PeopleImages

なので、男女交際などをしているような余裕はない!という考え方をする人がほとんどになっていきます。


もし異性との距離が近づきすぎて、それが親に知られた場合は必ず止められます。


交際を責められるというニュアンスではなく、勉強に集中していないことを怒られます。大学生になってようやく恋愛めいた話を聞くようになります。勉強も落ち着いて、少し余裕が生まれてくるからです。


大学時代に交際までは進まなくても、互いのことがわかっていって卒業後に結婚するようなケースが出てきます。


■『花より男子』はまるでおとぎ話のよう


今はエジプトでも日本のアニメやドラマを観ることができるようになっています。


わたしも日本に来てからは、それまで以上にたくさんのドラマを観ました。


恋愛ドラマに限らず、ほとんどのドラマで恋愛が描かれていることも知りました。


日本ならではの法則性もあるというのか……。クリスマスが恋愛イベントのようになっていることや出会いや告白にはパターンがあることもわかってきました。


高校生にとって恋愛がものすごいウェートを占めていることにも驚きました。


わたしたちエジプト人からすれば、『花より男子』なんかは“高校生たちのファンタジー”のようにも感じます。


エジプトの高校生とは何もかもが違いすぎていてなんだか別世界のおとぎ話のようです(笑)。


日本に住むようになって思ったのは、日本では社会人になってからが忙しくて大変なので、早めに恋愛を楽しむようにしているのかな、ということでした。エジプトよりは高校時代に余裕があるので「順番の違いなのかな」と感じたわけです。もちろん、みんながそうだということではありません。


日本でも必死に受験勉強に励む高校生はいるし、遊んでいる時間がけっこう長い社会人もいるようですからね。


いずれにしても、エジプトの高校生は、男女交際をしている余裕などはまったくないほど勉強に打ち込んでいるものです。


■いわゆる「婚活」の文化はない


日本でいう「婚活」に力を入れる人はあまりいません。


もしかしたら今は、マッチングアプリなどを使う人も出てきているのかもしれませんが、いたとしてもそんなに多くはないはずです。



八十恵『エジプト人の「いい加減」でがんばりすぎない生き方』(KADOKAWA)

大学や会社、あるいは何かのコミュニティなどで出会うか。SNSでの交流がきっかけになるか……。結婚まで進むのはそういうことから始まるのが一般的です。


とくに女性は、結婚したいからがんばっているみたいな感じになっていると、周りの人から「年齢を気にして焦っているのかな」、「かわいそうだな」という目で見られやすい。結婚願望はあったとしても同情されたくはないので、結婚したがっているようには見せない人が多くなっています。


がっつくわけではなく、「そろそろ結婚を考えてもいいかな」という気持ちがあることが周りに伝わったときには、友達が誰かを紹介してくれたり、家族が相手を探してくれることはあるかもしれません。


それを受け入れるかは本人次第です。日本でいうお見合いのような習慣はあまりありません。


本書に登場する主なエジプトの地域と周辺国マップ(出典=『エジプト人の「いい加減」でがんばりすぎない生き方』)

ただし、エジプトの中でも南のほうでは、家族同士のつながりから相手が紹介されるケースはあります。その場合は、お見合いに近いといえるかもしれません。


カイロなどの北のほうでそういうことがあるとすれば、ステータスの高い家族間に限られます。同じようなステータスの相手との出会いが少ないので、そういう人を紹介されるパターンです。


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八十 恵(やそ・めぐみ)
インフルエンサー、通訳
1989年生まれ、エジプト紅海沿岸のハルガダ市出身。2010年にカイロのヘルワン大学を卒業後、エジプト政府で建築家として働く。2011年のアラブの春がきっかけで職を失い、現地の日本語学校に入学。その後日本人男性と出会い、2016年に国際結婚。2021年にエジプト文化や日本での日常を発信するYouTubeチャンネル「THEエジプト人です!」を開設。著書に『エジプト人の「いい加減」でがんばりすぎない生き方』(KADOKAWA)がある。
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(インフルエンサー、通訳 八十 恵)

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