孤立出産した女性に「両親を頼りなさい」と諭してしまう…母親ばかりに「子育ての責任」を迫る残酷な現実

2024年3月26日(火)15時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Ildar Abulkhanov

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4歳の三女を虐待し、脳ヘルニアで死亡させたとして傷害致死罪に問われた43歳の母親に、津地裁は懲役6年の判決を言い渡した。この母親は、三女をアパートの浴室で孤立出産したあと、熊本県熊本市にある「赤ちゃんポスト」に預けた。だが、自らの意志で三女を取り戻し、育てていたという。ノンフィクションライターの三宅玲子さんが事件の背景を取材した——。(第2回)

第1回から続く)


写真=iStock.com/Ildar Abulkhanov
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■「あなたの子どもに対する思いを疑ってはいません」


「私たちとあなたは、裁く側と裁かれる側として向き合ったわけですが」


裁判長は中央の席に座る被告に向かって語りかけた。


3月8日午後3時、三重県の津地方裁判所301号法廷。昨年5月に起きた4歳児虐待死事件の判決が、裁判長から母親である被告に告げられようとしていた。


「まず、私たちはあなたの子どもに対する思いを疑ってはいません」


こう伝えると、裁判長は続けて、亡くなった三女を差別的に扱いネグレクトや暴行を加えたことや、育児が思い通りにいかないために振るった暴行は、許されない行為だと断じた。


裁判長からは、被告の孤立状態に対し理解を示す言葉も聞かれた。そして、計画的な犯行によるものではなく、突発的な暴力が原因だったとも述べると、裁判長は、犯行を「中度から軽度」とみなした。懲役8年の求刑に対し、判決は懲役6年だった。


■女性が自ら孤立出産に突き進むことはない


この日、グレーのジャケットとチャコールグレーのスラックスを身につけた被告は、法廷後方の扉から弁護人に付き添われて入廷した。一時保釈されて娘たちと過ごす時間を持ってからこの日を迎えたのだろうか。さっぱりとした表情は心が整理されていることを想像させた。


それでも裁判長がかけた次の言葉は虚しかった。


「孤立出産などという無茶なことをしないで、もっと自分を大事にすることを覚えてほしい」


人情味の感じられる聞こえのよい言葉ではある。だが、そもそも誰かに相談することができていれば、被告は女性にとって人生でもっとも恐ろしい事態(=孤立出産)に突き進むことはなかっただろう。被告は三女だけでなく、次女も孤立出産した経験がある。ひとたび妊娠した女性にとって、1人で出産に至ることは死に等しい、想像すらしたくない事態だ。


「ひとに甘えることを学んでほしい」
「社会に戻ったら、支えてくれるご両親にちゃんと頼りなさいね」


こうも裁判長は諭した。


■母親は今後、両親を頼ることができるのか


けれど、思い出してほしい。「こうのとりのゆりかご」(医療法人聖粒会・慈恵病院が運営する、通称赤ちゃんポスト)から連れ戻した三女が家庭に戻る際に児童相談所は2つの条件を出していた。


ひとつは保育園に登園させること、もうひとつは両親の助けを借りることだった。しかし、証人尋問の場で被告の母親は、三女が被告のもとに引き取られてから亡くなるまで一度もアパートを訪ねたことがなかったと述べている。


亡くなった三女は、2022年夏に保育園への登園が止まってから2023年5月に亡くなるまで、被告が実家工場に出勤している間、アパートに1人残されていた。被告は母親に「保育園に登園している」「療育専門の託児所に通園している」と、うその説明をしていたことが裁判で明らかになっていた。また、三女が熊本市から三重県に移管され、被告の希望により家族の再統合に向けた調整が始められてからも、被告が母親に三女の存在を明かすまでに1年がかかっていた。


このような被告と母親の関係性の事実と、三女が死に至った事件に、直接の関係があると言い切ることはできない。それでも、このような事実が明らかになってなお、「親を頼ってね」というのは現実に即していないように思える。


「こうのとりのゆりかご」に預け入れ、その翌日には撤回するという、極端から極端へと振れる選択。他者に相談できず、二度も孤立出産に突き進んだ事実。こうした被告の選択の履歴からは、被告の持つ何らかの特性が浮き上がっているのではないか。


そのことに検察、弁護人、そして裁判官も目を向けることのないまま一審は終結し、被告は一礼をして扉の向こうに去った。


■1人で出産し、育てることをあきらめる女性たち


2007年に開設された「こうのとりのゆりかご」に預け入れる女性のうち、孤立出産だった人の割合はおよそ8割に上るという。頻出する孤立出産乳児遺棄事件から推測すると、年間100件ほどの孤立出産が発生しているのではないかと、慈恵病院ではみている。そして同院が突き止めた、「こうのとりのゆりかご」に預け入れる女性たちに共通する4つの事実については第1回で述べた。


「私たちは預け入れを撤回したあとに『やっぱり自分で育てる』とおっしゃるケースこそ、大変心配します」


こう話すのは、医療法人聖粒会・慈恵病院新生児相談室長の蓮田真琴さんだ。蓮田さんによると、預け入れた直後に赤ちゃんの引き取りを希望する女性はこの被告だけではないという。


筆者撮影
医療法人聖粒会・慈恵病院「こうのとりのゆりかご」責任者の蓮田真琴さん - 筆者撮影

「1年におひとりぐらいでしょうか。やっぱり自分で育てたいです、とおっしゃる方がいらっしゃいます」


■「母親が育てる」がうまくいくとは限らない


赤ちゃんが実母のもとに戻ったと聞くと、「よかったね」と私たちは反応してしまいがちだ。つい、お母さんが育てることになってよかったと受け止めてしまう。


しかし蓮田さんは心配する。それはなぜなのか。


「預け入れにきた女性にはどなたにも、預け入れを選択しなくてはならないだけの難しい事情があったはずです。そうでなかったら、わざわざ熊本まで来られることはありません。赤ちゃんを育てることを困難にしている問題を明らかにして、解決に向けた生活の土台づくりをしないまま赤ちゃんを戻しても、うまくいくとは考えにくいのです」


「こうのとりのゆりかご」に預け入れした理由で多いのは「生活困窮」「未婚」「世間体・戸籍」(熊本市「こうのとりのゆりかご」第5期検証報告(資料編)P91より)

この事件もそうだった。被告が「こうのとりのゆりかご」から三女を取り戻したあと、被告の個別の事情を汲んだ支援は不十分だった。そして被告は虐待の負の連鎖にはまった。


■母親になったある女子高校生に抱いた懸念


「預け入れにこられた直後に撤回した方たちの中には現在もつながっている方がいますが、多くは厳しい状況にあります」


そして今もなお気がかりなのだと、蓮田さんはあるケースについて話してくれた。それは、預け入れから3カ月後に赤ちゃんが自宅に戻ったケースだった。母親の精神的な不安定さと幼さについて、支援体制が整わないまま赤ちゃんが戻っていくことに懸念を覚えたという。


蓮田さんによると、女性は高校卒業の直前に自宅で1人で出産し、友人の運転する車で来院。「こうのとりのゆりかご」の前でわいわいと写真を撮っているところに看護師が駆けつけた。


「高校生が1人で家で出産した直後に『こうのとりのゆりかご』の前ではしゃいでピースサインをして写真撮影をしている、それは、辛かった体験なのになんでもなかったかのように振る舞っているということです。彼女の病的な内面を感じさせるものでした。妊娠をご両親に打ち明けられなかったということはなんらかの壁があることを示しています」


■本人が事態の深刻さを理解していない危うさ


ひとたび「こうのとりのゆりかご」に預け入れられた赤ちゃんは、いったん児童相談所に保護される。このケースでは、女性が両親に打ち明け、両親と女性とで育てることになった。児相と女性の地元の保健福祉行政が連携して家庭に戻るまでのスケジュールを決め、赤ちゃんは3カ月後に戻った。


「女性には専門家によるトラウマケアが必要でしたし、赤ちゃんを家に迎えてからの保健師さんなどの定期的な訪問も欠かせないものだったと思います。そのあたりの計画を詰めようにも、何よりご本人がことの深刻さを理解できていませんでした。その危うさがあったので、こんなに早くおうちに戻って大丈夫だっただろうかと、今も心配しています」


翻って、三重の事件では児相は2年をかけて慎重に調整を進めたはずだった。にもかかわらず、三女は2年2カ月後に命を絶たれてしまった。このことは、「こうのとりのゆりかご」に預け入れる母親の背景を認識して支援することの難しさを指し示した。(各行政機関への取材は週刊文春WOMANにて詳報


写真=iStock.com/DragonImages
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/DragonImages

■苦しい気持ちを「言葉にするのが苦手」


「こうのとりのゆりかご」に預け入れるケースの中には、家族関係や職業などの情報の上ではいわゆる「健全」な家族状況ということもある。表面上は恵まれた家族環境にあり、ともすれば衝動的に見える預け入れのケースも、背景には複雑な家族関係の問題がある。そして最大のハードルは、女性がそれらに対する苦しみを「言葉にするのが苦手」なことだと蓮田さんはいう。


「自分の気持ちを伝えるのが苦手、これは、『ゆりかご』に預け入れる女性に共通して言えることだと思います。そんな彼女たちが、気をとり直して自分で育てたいと決心されたとき、『ゆりかご』からお母さんのもとに帰れてよかったね、と赤ちゃんのことを喜ぶのと同じくらい、『ゆりかご』に預け入れるまでに追い込まれた女性の孤立や心身の傷を想像する必要があると思います。


お母さんの心身のケアを尽くして、彼女が『ゆりかご』に預け入れなくてはならなかった問題を取り除く工夫をしない限り、赤ちゃんがせっかくお母さんのもとに戻っても、安全な環境で育つことが危うくなります。このことをどうか知っていただきたいです」


■母親が抱える困難はスルーされてきた


2007年の運営開始以来、2022年度までに、「こうのとりのゆりかご」に預け入れられた赤ちゃんは170人。赤ちゃんと同じ数の孤立した女性がいたことになる。だが、この問題は、赤ちゃんの福祉の視点から議論されることが多かった。予期せぬ妊娠に戸惑い孤立した女性たちは、出産したという事実によって否応なく「母親認定」され、「育てないことはけしからん」と責めを負い、一人ひとりの困難はスルーされてきた。


熊本市が2021年に発表した「第5期検証報告書」によると、2020年3月時点で預け入れられた赤ちゃん155人のうち、産んだ女性の身元が判明したのは124人。そのうち27人が家庭に戻り、家族のもとで養育されている(特別養子縁組50件、里親17件、施設での養育26件)。


熊本市「こうのとりのゆりかご」第5期検証報告P30より

27人の母親たちは専門家によるトラウマケアや十分な支援を受けられているだろうか。子育てに孤独を感じて苦しい思いをしていないだろうか。


■命を授かる不安や葛藤に耳を傾けるべきではないか


出産前後の精神的なケアが必要なのは孤立出産や「こうのとりのゆりかご」に預け入れる母親に限られたことではない。ひとが妊娠し出産し、母親になっていくプロセスには、命を授かった喜びと同じくらい、不安や葛藤がある。そのことについて、もっと私たちは敏感になる必要があるのではないか。


「産んだ女性の声に耳を傾けることは、女性を守るにとどまらず、赤ちゃんの命を守ることにもつながるのですが、女性の思いを大切にすることについて、甘やかすとか無責任な母親といった批判があることには、疑問を感じます」(蓮田さん)


女性が妊娠出産し、親になっていくことを支援する世の中の土壌は整っているとはとても言いがたい。


被告の事案は、法廷で彼女の背景が明らかにされなければならなかった。それは、被告自身にとってはもとより、被告の娘たちが大人になってから、母親の犯した罪の謎が解けず苦しむことを回避するためにも必要だったと思えてならない。


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三宅 玲子(みやけ・れいこ)
ノンフィクションライター
熊本県生まれ。「ひとと世の中」をテーマに取材。2024年3月、北海道から九州まで11の独立書店の物語『本屋のない人生なんて』(光文社)を出版。他に『真夜中の陽だまり ルポ・夜間保育園』(文芸春秋)。
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(ノンフィクションライター 三宅 玲子)

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