実はトランプ大統領は日本にとって好都合…エコノミストが期待する「全世帯が1万円超トクする」輸入品とは
2025年3月28日(金)17時15分 プレジデント社
2025年3月17日、ワシントンD.C.で開催されたジョン・F・ケネディ舞台芸術センターの理事会を前に、ガイドツアー中のドナルド・トランプ米大統領がメディアに語った。 - 写真=AFP/時事通信フォト
■日替わり定食レベルで変わるトランプ外交
トランプ第2期政権も早2カ月以上が経ち、先日、日本経済新聞で興味深い記事が示されました。「エコノミクスパネル」の第4回調査で、経済学者47人に「トランプの関税政策が日米のGDP(国内総生産)にどう影響するか」を訊ねたのです(*1)。
結果は、8割の学者が「日米どちらのGDPも下がる」。つまり、トランプ関税政策が日本のGDPのみならず、米国のGDPも押し下げるだろうと予測。要するに、関税政策の影響で米国内の消費や生産性が低下し、「米国の人々が失業率の悪化を見込んで消費を控える傾向が強まれば、景気は一段と悪化する」(笠原博幸氏)と推測したのです。
「トランプ政権の外交政策なんて、方針が“日替わり定食レベル”で変わる」
「トランプがやりたいのは、米中のデカップリング(=経済的絶縁)。それもドライに関税で断ち切るスタイル。輸入品には関税バンバン、PNTR(中国との恒常的な貿易関係)の剥奪(はくだつ)さえも彼ならやりかねない」
「トランプにとっての最重要目標は『貿易赤字の削減』。同盟国はいわば“財布”みたいなもの」
2025年1月の政権発足以来、アンチ・トランプ評をざっくりまとめればこのような感じでしょうか。“「俺様ルール」で二国間交渉しか信じない人”という人物像が内外にあらためて印象づけられたこの2カ月と言ってもいいでしょう。
写真=AFP/時事通信フォト
2025年3月17日、ワシントンD.C.で開催されたジョン・F・ケネディ舞台芸術センターの理事会を前に、ガイドツアー中のドナルド・トランプ米大統領がメディアに語った。 - 写真=AFP/時事通信フォト
■「3つのT」で表現されるアジア政策
アジア対策についても同様です。トランプ大統領のアジア政策は、関税、技術、取引主義という「3つのT」で表現されることが多いと言われます。「Tariff(関税)」「Technology(技術)」「Transaction(取引主義)」の3つです。
まずは「関税」。関税が上がったことによって中国から米国への輸入が激減し、当然日本企業のサプライチェーンにもそれが波及します。「Made in China」がサプライチェーンに紛れ込んでいたら、それだけでアウトにもなりかねません。つまり、日本企業が中国で製造された製品を米国に輸出すると、関税の対象となるだけでなく、そのサプライチェーン全体が疑問視される可能性があるということです。
次に技術。AIや半導体はもちろん、ライフサイエンスにまで規制が及ぶ可能性がありそうです。
そして3つめの取引主義。これはもう「外交=ビジネス=ディール(取引)」という、ある種の“トランプ教”と言えるものです。外交問題がいわば、取引の「成立」か「不成立」かの2択主義になるため、世界は“トランプ流安全保障”のサプライチェーン時代に突入するとも言えそうです。つまり、長くて太いサプライチェーンは「悪」、短くて安全が「善」。その流れに乗り遅れたら、内外そして大小問わず企業の命運はそこでジ・エンドという潮流です。
少々極端に言い過ぎましたが、はたして日米経済はそれほど単純に悪化の一途をたどるものでしょうか。私はそうは思いません。
*1 「トランプ関税、日米のGDP『下げる』8割 経済学者調査」2025年3月21日付、日経電子版
■日本は5カ月連続の輸出増
前回も述べたように、トランプアレルギーをトランプエネルギーへと転換する思考が私たち現役世代には重要です。じつは私は、トランプ政権をけっこう評価し始めています。ここからは、日本に及ぼすポジティブな側面について述べてみたいと思います。
1つめは、関税政策が日本の輸出に与えた好影響です。2025年2月、日本の輸出は前年同月比11.4%増加し、5カ月連続の増加となりました。この背景には、ソニーグループなどによる関税発動前に出荷を急いだ「駆け込み需要」があるとも言われますが、特に米国向けの輸出は10.5%増加し、中国向けも14.1%増加しました。これにより、2月の貿易収支は5845億円の黒字となり、輸出依存型の日本経済にとっては追い風となりました。輸出入とは、そもそもがこうした流動的な結果の集積です。
トランプ政権による規制緩和や対米投資の促進も、日本企業にとってプラスと考えられています。2024年、日本企業による対米M&Aは820億ドルと過去最高を記録。これは前年の10倍以上の成長であり、ロイターの報道によると「バイデン政権下で過去最高だったので、トランプではさらに伸びる可能性がある」と専門家が指摘しています(*2)。
また、トランプ政策は大規模なインフラ投資を掲げており、日本の建設機械や自動車、防衛関連産業への受注増が期待されています。今後、こうした分野における日本企業の売り上げや利益率の推移は、日本経済全体への波及効果を見極めるうえでの重要な指標となります。
■海外へのエネルギー依存度は約9割
さらに前回も述べたように、米国からのLNG(液化天然ガス)輸出拡大によって、日本のエネルギーコストが下がる可能性も見えてきました。この動きは為替相場や国際エネルギー価格の影響を大きく受けるため、リスク要因としても慎重に捉える必要がありますが、エネルギー供給源の多様化と調達コストの削減という可能性はおおいに認めるべき好転です。
2025年現在、日本のエネルギー自給率は非常に低く、約1割程度にとどまっています。資源エネルギー庁の資料によれば、2020年度のエネルギー自給率は11.3%であり、海外からのエネルギー依存度は約9割に達しているのが実情です。つまり、私たちが日々使っている電気やガスの多くは、海外からの輸入に依存しているのです(*3)。
出典=資源エネルギー庁「2022 日本が抱えているエネルギー問題(前編)」
*2 Trump's easing of regulations to trigger Japan outbound M&A, Citi exec says
*3 資源エネルギー庁「安定供給 日本のエネルギー 2022年度版『エネルギーの今を知る10の質問』」広報パンフレットより
■年間で1万円超も増加する家計への負担
こうした状況下で、私たちの家計に直接影響を及ぼすのが「再生可能エネルギー発電促進賦課(ふか)金(再エネ賦課金)」です。
再エネ賦課金とは、電力消費者が電気料金を通じて負担する追加的な費用のこと。簡単に言えば、電気料金の中に「再生可能エネルギーを増やすためのお金」がもとより含まれていて、みんなで少しずつ払っている仕組みのことです。なお、再エネ賦課金は特定の目的のために徴収される費用であるため、一般的な税金とは異なり、国民負担率には計上されていません。ちなみに国民負担率とは、私たちが納める税金や社会保険料など、公的な負担が国民全体の所得に対してどれくらいの割合を占めているかを示したものです。
2024年度、この賦課金は1kWhあたり3.49円(税込み)と設定され、2023年度の1.4円/kWhから2.09円の大幅な値上がりとなりました。この値上げによって、標準的な家庭(電力使用量347kWh/月)の月額負担は1211円、年間では約1万4500円にまで増加すると見込まれました。再エネ賦課金は毎年度見直されており、2025年度(25年5月から26年4月まで)は、1kWhあたり3.98円とさらに上がります。エネルギー価格の高騰は、こうして光熱費の上昇というかたちで、家計にじわじわと重くのしかかってくるのです。
■私たちの生活に直結するテーマ
それもあり繰り返しになりますが、アメリカからの安価なLNG(液化天然ガス)の安定的な輸入が期待されます。
アメリカは世界有数の天然ガス生産国であり、日本にとっては重要なエネルギー供給先です。もしも安価なLNGが安定して供給されれば、日本全体で年間数千億円規模のエネルギーコストの削減につながる可能性もあるでしょう。なぜならエネルギーの輸入価格が下がることで、企業の生産コストや家庭の光熱費が抑えられ、経済全体に好影響がもたらされるからです。
写真=iStock.com/alvarez
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/alvarez
数字で見ると、まさに「現実は待ったなし」。2025年度の単価適用以降、日本全体で支払われる再エネ賦課金の総額見込みは年間3兆634億円になるとされ、この賦課金をいかに抑制しつつエネルギーミックス(多様なエネルギー源のバランス)を実現するかが、国の喫緊(きっきん)の課題となっています。
エネルギー政策や外交の方針は、私たち一人ひとりの生活に直結するテーマであり、「自分ごと」として考える要素に満ちています。2025年というトランプ再来の転換点をどう乗り越えるか——それが私たちの食卓や家計の今後を大きく左右するカギとなるでしょう。
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崔 真淑(さい・ますみ)
エコノミスト
2008年に神戸大学経済学部(計量経済学専攻)を卒業。2016年に一橋大学大学院にてMBA in Financeを取得。一橋大学大学院博士後期課程在籍中。研究分野はコーポレートファイナンス。新卒後は、大和証券SMBC金融証券研究所(現:大和証券)でアナリストとして資本市場分析に携わる。債券トレーダーを経験したのち、2012年に独立。著書に『投資一年目のための経済と政治のニュースが面白いほどわかる本』(大和書房)などがある。
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(エコノミスト 崔 真淑)