なぜ大谷翔平は「水原通訳の本性」に気づけなかったのか…「信用しすぎて裏切られる」というスターの受難

2024年3月29日(金)7時15分 プレジデント社

エンゼルスとのオープン戦の1回、ファンの声援にヘルメットを取り応えるドジャースの大谷翔平=2024年3月26日、アメリカ・アナハイム - 写真=時事通信フォト

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■会見で明らかにならなかった2つの「疑惑」


大谷翔平は野球ではスーパーヒーローだが、社会人としては幼かった。会見を見ていてそう思った。


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エンゼルスとのオープン戦の1回、ファンの声援にヘルメットを取り応えるドジャースの大谷翔平=2024年3月26日、アメリカ・アナハイム - 写真=時事通信フォト

なぜなら、彼の専属通訳でMLBに来て以来、盟友ともいうべき存在だった水原一平氏が、スポーツ専門チャンネル「ESPN」のインタビューで、「ギャンブル依存症だった」「(借金が違法賭博によるものだということを知らせずに=筆者注)大谷が450万ドル(約6億8000万円)の借金を肩代わりしてくれた」「大谷のパソコンから大谷の口座にログインし、数カ月にわたって1回あたり50万ドルを8〜9回送金した」と話しているのである。


アメリカ捜査当局は、送金された金が大谷の口座からだったことをすでに確認しているという。


翌日、水原氏はこの証言を翻し、「大谷は何も知らなかった」と否定しているが、どちらが信用できるかは言わずもがなである。


大谷が窃盗被害にあったとして、代理人が捜査当局に刑事告訴したとも報じられている。


したがって、大谷に向けられた「疑惑」は、「水原氏の借金が闇賭博によるものだったと知っていたのか」「水原の借金返済を肩代わりして、自分の口座から送金したのか」の2点に絞られる。


■社会人としての“幼さ”が透けて見えた


違和感をもった一つは、会見といいながら、記者の質問を一切許さなかったことである。大谷には身の潔白を主張する権利があるが、記者の側には質問する権利がある。一方の権利を蔑ろにしたのでは、会見ではなく「ただの弁明の場」である。


日本のメディアは大谷翔平の威光の前に跪(ひざまず)き、彼の言葉をただ書き写すだけだが、欧米メディアの記者はそうではない。質問をさせないのは何かやましいことがあるのではないかと疑う。これでは大谷のいい分の半分も彼らには届かない。


思い返せば、電撃結婚発表の時も同じような違和感があった。大谷が「結婚しました」と発表したインスタグラムの最後にこう付け加えたのだ。


「今後も両親族を含め無許可での取材等はお控えいただきますよう宜しくお願い申し上げます」


取材規制ともとれる文言である。欧米の記者たちはこれを見て怯えることはなかったが、日本人記者には有効だったはずだ。さらに囲み会見で、記者から「会見したのはどういう意図か」と聞かれ、大谷は「皆さんがうるさいので。しなかったらしなかったでうるさいですし」と、どこへでも付き纏(まと)い嗅ぎまわるパパラッチ的取材を批判して見せたのである。


本音だとは思うが、メディア対応という点でいえば疑問符がつく。同じ戌年のフィギュアスケート羽生結弦と同様、社会人としての“幼さ”が透けて見えたと思う。


■借金の存在を知ったのは韓国での試合後


では、大谷はどんな弁明をしたのかを見てみたい。


3月26日早朝(日本時間)、大谷はドジャース球団の通訳と2人で現れた。やや緊張気味で笑みはなかったが、話す言葉に震えはなかった。


あいさつの後、いきなりこう話しだした。


「まず初めに、僕自身は何かに賭けたりとか、誰かに代わってスポーツイベントに賭けたり、それを頼んだりということもないですし、僕の口座からブックメーカーに対して、誰かに送金を依頼したことなどは全くありません。


数日前まで、彼(水原一平=筆者注)がそういうことをしていたというのもまったく知りませんでした。彼が僕の口座からお金を盗んで、なおかつ皆に嘘をついていたというのが、結論から言うとそういうことになります」


これまで報じられた疑惑を全否定してみせたのである。


水原氏が賭博で借金を作ったことを知ったのは、韓国で対パドレス初戦後のミーティングの場だったという。


「僕がこのギャンブルに関しての問題を初めて知ったのは、韓国の第1戦が終わった後のチームミーティングです。そのミーティングで彼は英語で全て話していたので、僕に通訳はついておらず、完全には理解できていなくて、何となくこういう内容だろうなと理解していましたが、なんとなく違和感を感じていました」


■「ショックという言葉では表せない」


それまで大谷は、水原氏がギャンブル依存症であることも知らなかったという。ミーティングの後、水原氏は大谷にホテルの部屋で2人で話そうといったそうだ。


「試合後、ホテルに戻って一平さんと初めて話をして、彼に巨額の借金があることをその時知りました。彼はその時、僕の口座に勝手にアクセスし、ブックメーカーに送金していたと僕に伝えました。


僕はやっぱりこれはおかしいなと思い、代理人たちを呼んで、そこで話し合いました。話が終わって、代理人も彼に嘘をつかれていたと初めて知り、ドジャースの皆さんと、弁護士に連絡しました。彼らも初めて嘘をつかれていたとその時に知りました。弁護士の人からは、窃盗と詐欺で警察の当局に引き渡すと話をされました。


これがそこまでの流れ。僕はもちろんスポーツ賭博に関与していないですし、送金をしていた事実はまったくありません」


大谷はここで、「ショックという言葉では表せない」と、その話を聞いたときの衝撃の大きさを語った。


■メディアは「水原単独犯」で落ち着いたようだが…


「ただ、シーズンも本格的にスタートするので、ここからは弁護士の方にお任せしますし、僕自身も警察当局の捜査に全面的に協力したいと思う。気持ちを切り替えるのは難しいですが、今日お話しできて良かったと思っている。これがお話しできるすべてなので、質疑応答はしませんが、これからさらに進んでいくと思います」


ありがとうございましたといって、通訳と席を立って行った。


写真=iStock.com/wellphoto
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/wellphoto

私が見た限り、その日の朝のワイドショーは、おおむね大谷に好意的なものが多かったようだった。


「大谷自身の口から真実を語った」「ここで話したことがもし嘘だったら大谷の野球人生は終わる。その覚悟をもって臨んだ」「大谷は違法賭博に手を染めていないし、闇賭博へ送金もしていない」


中には、当然だが、現実に闇賭博へ送金がされているのだから、大谷が関与しなくて可能なのだろうかという疑問は出たが、水原一平氏が大谷の口座の暗証番号を知っていたのではないか、大谷のサインを真似て口座から引き出して送金したのではないかという「水原一平単独犯」というあたりで落ち着いたようだった。


■スポニチは代理人送金システムを紹介


この事件を捜査しているのは日本の国税庁にあたる内国歳入庁だといわれる。大谷のいうように、大谷の手を煩わせずに彼の口座から多額の金を送金できるものなのだろうか。


私はアメリカでの事情に詳しくないので、スポニチ(3月27日付)から引用してみたい。


「実は水原氏による送金が可能な方法がある。その一つが『Power of Attorney(POA=委任状)』というシステムだ。日本人大リーガーの銀行口座開設などの経験のある関係者は『日本人選手は言葉の壁があり、米国の銀行のシステムも分からない。マネジメント会社のスタッフなど信頼できる人物に頼むのは普通のこと』と証言する。その際に用いられるのが『POA』。この委任状によって法的代理人をつくることが可能になり、オンラインバンクで代理人が銀行口座を動かす権限が与えられるという」


この代理人が、水原氏だった可能性があるという。また登録する際は、口座名義人の大谷ではなく代理人の連絡先にした場合、二重、三重の厳しいセキュリティーでも本人の知らないところで金を動かすことができるというのだ。


「もう一つの方法が『Check writing privileges』。これは日本でいう『振込代理権』で、口座名義人の許可を得た人物の送金が可能になるというもの。上限は50万ドル(約7550万円)で、水原氏がESPNの取材に答えた際の振込額と合致する」


■もし、水原氏の最初の証言が本当だったら…


もし、こうした方法で大谷の口座から7億円近くの金を盗んで闇賭博の胴元に送金しながら、大谷に何食わぬ顔で親しげに寄り添っていたとすれば、人間とは恐ろしいものである。


大谷のほうも、本当に水原氏の動きに何も気づいていなかったのだとすれば、危機管理が甘いと批判されても仕方ないといわざるを得ない。


私が会見を見ながら思い浮かべたシナリオはこうだ。


大谷は昨年早々、水原氏から多額の借金があることを打ち明けられていたのではないか。そこで大谷は水原氏に「二度とするな」といって、借金を肩代わりしてやったのではないだろうか。


だが、連邦捜査局がマシュー・ボウヤーという南カリフォルニアの闇ブックメーカーを調査したところ、大谷の口座から数回の振り込みがあったことが明らかになってしまったのである。


球界のスーパースターだったピート・ローズは、監督時代に野球賭博に関与していたことが発覚して「永久追放」処分になっている。


自分が賭博に手を出していなくても、その借金を肩代わりしていたことがわかれば、1年間の出場停止処分は避けられないかもしれない。


写真=iStock.com/dszc
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/dszc

■会見と齟齬が生じれば、バッシングは避けられない


大谷は悩みに悩んだ末に、水原を斬り捨てることを選んだのではないか。大好きな野球を続けるためにはすべてを否定するしか選択肢がなかったのだと思う。


水原氏も、自分が犯した罪で、世話になった大谷を出場停止に追い込むわけにはいかないと考えたに違いない。弁護士を通じて何らかの“取引”があったのかもしれない。


しかし、今後、新しい事実が報じられ、大谷の会見と齟齬(そご)が生じれば、アメリカのメディアは挙(こぞ)って大谷バッシングを始めるだろう。


大谷には、ただただ盟友である水原氏の窮地を救ってやりたかっただけなのになぜ? という思いがあるのではないか。


水原氏は「ESPN」のインタビューの中で、借金のことを打ち明けた時、「彼(大谷)は明らかに不満そうでしたが、助けてくれるといってくれた」とコメントしている。


さらにESPNが「大谷は金を借りた相手が違法ブックメーカーだと知っていたのか?」と問うと、水原氏は「大谷は何も知らなかった。私はただ、借金を返済するために電信で送る必要があるといっただけです。彼はそれが違法かどうかは訊いてこなかった」と話しているのである。


私は、この水原氏の言葉を信じたいと思っている。


■信じていた姉に億単位の金を盗まれた江利チエミ


芸能界などでは昔から、信用していた人間に多額の金を盗み取られたというケースは枚挙にいとまがないが、中でも、歌手・江利チエミのことを思い出すと今でも胸が詰まる。


デビュー曲『テネシーワルツ』で一躍スターになったチエミは、絶頂期にまだ売れない俳優・高倉健と結婚した。


その彼女を悲劇が襲う。結婚3年目に妊娠したが重度の妊娠中毒症(現在の妊娠高血圧症候群)を発症し、中絶を余儀なくされてしまう。


さらに信用して資産の管理まで任せていた異父姉が、実印を使ってチエミ名義の銀行預金を使い込み、その上、高利貸しから多額の借金をしていて不動産まで抵当に入れていたことが発覚したのである。当時の金で数億円といわれた。


「あなたに迷惑をかけるわけにはいかない」。離婚しようといい出したのはチエミからだったという。


彼女は地方のドサ回りまでして負債を完済した。彼女の唯一の楽しみは、帰ってきて一人で飲む酒だった。だがその酒が、チエミの命を奪ってしまったのだ。享年45。


■その心の傷は深く、長く残るに違いない


高倉健は葬儀当日、式場には入らず、車を止めて手を合わせていたという。高倉が生涯で最も愛した女性はチエミだったといわれる。


生前高倉は、彼女の命日には必ず彼女の墓がある法徳寺(高倉の自宅のすぐ近く)にお参りしていた。


大谷も水原氏を信用しすぎて裏切られたのだとしたら、その心の傷は深く、長く残るに違いない。


しかも、野球はメンタルのスポーツである。長嶋茂雄がいうように、打撃の極意は「スーッと来た球をガーンと打つ」だけだ。だが、少しでも邪念が入ればそれができなくなる。


人生最大の難関を、大谷翔平は切り抜けられるのだろうか。


幸い彼には新妻・真美子さんがいる。彼女の内助の功が今ほど必要な時はないはずである。(文中敬称略)


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元木 昌彦(もとき・まさひこ)
ジャーナリスト
1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任する。上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『編集者の教室』(徳間書店)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)、近著に『野垂れ死に ある講談社・雑誌編集者の回想』(現代書館)などがある。
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(ジャーナリスト 元木 昌彦)

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