「あんぱん」今田美桜さんには期待しかない…"ドヤ顔"が鼻についた「おむすび」橋本環奈さんとの決定的な差
2025年3月31日(月)18時15分 プレジデント社
『NHKドラマ・ガイド 連続テレビ小説 おむすび Part1』プレスリリースより
■“ギャル魂”は朝ドラに向いていたが…
「おむすび」の視聴率が史上ワースト記録となったそうだ。その原因として「ヒロイン結(橋本環奈)のギャルという設定が共感をよばなかった」とする分析を多く見る。私はそうは思わない。ドラマ中で何度も語られた「他人の目を気にせず、自分の好きを貫く」というギャル魂は、朝ドラのヒロインに向いているとさえ思っている。
『NHKドラマ・ガイド 連続テレビ小説 おむすび Part1』プレスリリースより
朝ドラを愛する者としてワースト視聴率を分析するなら、ヒロインにまったく葛藤がなかったことが最大の問題点だったと思う。結が何かする。最初は反発した人が、すぐに味方になる。そして最後はすべてうまくいく。「どんなエピソードも、結局は結の手柄」となっている。これでは共感をよべないどころか、結がだんだんドヤ顔に見えてきた。
「おむすび」最大の謎は、結が東日本大震災をパスしたことだ。そもそも「おむすび」は、2025年1月17日という「阪神淡路大震災30年」がオンエア中に巡ってくることから始まった企画だったはずだ。ヒロインは平成元(1989)年生まれとし、平成という災害多き時代を描く野望もあったろう。だとすれば、平成23(2011)年の東日本大震災が山場になってもおかしくない。
ところが結はその時、長女の花の出産直後で、栄養士として勤めている会社を育休中だった。「結が今すべきなのは、花を育てることだよ」とみんなが口にしていて、人としてはその通りだ。だけど、ドラマとしては出産をずらしてもよかったはずで、謎だった。制作陣もそう思ったからだろうか、被災地に行った同級生が結にお礼を言いにくる、というさらなる謎の展開になった。
■理屈が無理筋だった
神戸の栄養専門学校時代の同級生・カスミン(平祐奈)だった。就職した東京の病院から「支援栄養士」として気仙沼に行く。その様子は、結に語る回想シーンとして描かれた。津波で入れ歯を失った老人が彼女の作ったおじやを食べ、「うめー、久しぶりにコメ食ったなや」と嘆息する場面では、「おむすび」ではレアもレアだが涙が出そうになった。
普通なら結がすべきことを同級生がする。でも、結につなげねばならぬ。ということで「お礼」になったのだろう。この無理筋の理屈は、結の阪神淡路大震災体験にもってきていた。幼い結は避難所暮らしをし、割愛するがその時の「苦い思い出」をカスミンたちに語っていた。そのことがすごく役立ったから、「結ちゃん、ありがとう」だとカスミンは言っていた。
被災地帰りで疲れているのに、わざわざ? こういう強引さでしれっと「結ってすごいね」にもっていく。「どんなエピソードも、結局は結の手柄」とはこういうことだ。しかも、ここから結の「葛藤のなさ」が爆発する。
■主人公が不在になり、その姉が中心になった
カスミンは、「(今回ほど)栄養士って仕事選んでよかったなって思ったことはないよ」と結に言う。それを聞いた結は、ただ「そっか」と言った。東日本大震災という未曾有の事態を目の当たりにした人を前に、ただ「そっか」。
自分の行けない負い目だったり、悔しさだったり、そういう感情がわいた上での「そっか」ならまだわかる。だけど、結は感動した表情で「そっか」と言い、来週また向こうに行くつもりというカスミンには、「そっか。ほんと、気ぃつけてね」と言った。結はいつも感情が単純だ。共感するのはなかなか難しい。
そこから2週間ほど、「おむすび」は結がほぼ不在となった。代わって中心となったのは、結の8つ上の姉・歩(仲里依紗)だ。そもそもギャルだったのは彼女で、今はギャル服のバイヤー。阪神淡路大震災で親友を亡くした経験もある。最初は生活必需品を、翌年からはギャル服を被災地に送っていた。
歩はちゃんと悩む人だ。「物資を届けるだけでいいのか」「今も仮設住宅で暮らしている人に、ギャル魂を語れるのか」。そういう悩みを解決してくれたのが、岩手在住のギャル仲間アキピー(渡辺直美)だった。
■結不在の2週間は“最も朝ドラらしかった”
アキピーは突然、歩のもとに現れる。神戸の人たちがたくさんボランティアに来てくれたから、そのお礼に回っていると言って岩手産米を取り出す。歩が物資を送っていた相手が、アキピーだった。
アキピーは12歳になる娘の話をした。送ってくれたギャル服が自分には小さすぎたから、リメークして着てみた。すると祖父を亡くしてから笑わなくなった12歳の娘が、「ここ、仮設だぞ。派手すぎるっぺ」と久しぶりに笑った。2人で大笑いした。つらい時こそ笑おうと渋谷で言ったのは歩じゃないか。そうアキピーが言った。
カスミンと同じ、突然の訪問。だけどこれならわかるのだ。泣けるのだ。葛藤しながら進んでいく。結不在の2週間にはそれがあった。「おむすび」で最も朝ドラらしい2週間だった。
ところで、このドラマのテーマは「人助け」ということになっていた。テーマですよ、と何度も台詞が訴えた。そして、結は人助けファーストの人ですよと、これまた台詞で訴えた。では結が誰をどう助けたかというと、それがさっぱりわからない。
人助けスピリットのルーツとして描かれたのが、結の祖父・永吉(松平健)だ。結と永吉が「人助け」を語るシーンも謎だった。永吉夫婦が神戸にやってくる。永吉のたっての希望で、息子夫婦(北村有起哉と麻生久美子)と結一家で「太陽の塔」に行くことになった。だが、直前になって結が行けなくなる。
■どんなエピソードも、結の手柄になる
勤務先の病院で、食欲のない女性患者が食べたいものを思いつく。それを作るため、半休を取るのをやめたのだ。帰宅後、結が永吉に「患者さんのそばにいたかったから」と謝る。永吉は、「困っている人がいたら助ける、それでこそ俺の孫だ」とほめる。すると結がこう言う。「でも何でうちら、そこまで人助けするんやろ?」。
おいおい結、あなたがしたのは仕事。仕事だからしたんでしょ。心でそう叫んだ。この結の問いかけ、何だったのだろう。家族との約束より仕事を優先してしまう。ワークライフバランスの問題提起というならわかる。が、明らかに違う。意味なく人助け人助けと言い募る。このドラマ全体に、こういうある種の不遜さがあった。そして決め台詞を語るたび、結のドヤ顔度が増していった。
ラスト2週で、歩が身寄りのない15歳の少女・詩(大島美優)の「未成年後見人」になるという話が描かれた。詩を演じていた大島さんという子役が、阪神淡路大震災で亡くなった歩の親友を演じる。つまり瓜二つという設定で、現実感が乏しくはある。だが、歩が中心になると結の時よりずっと説得力が感じられるのは、脚本のせいか、演じる人の差か。という話は深追いしないでおく。
だが、ここでも「どんなエピソードも、結局は結の手柄」が発揮される。未成年後見人になることを聞いた結は、「これからずっと詩ちゃんの人生を背負うことになる」と反対方向で語っていた。だが夫(佐野優斗)の「みんなで育てればいいべ」の一言で、コロッと変わる。
■台詞というより演説だった
次に歩と会うと、今度は歩の心が揺れていた。児童相談センターの担当者から「反抗しても、問題行動を起こしても、育てられるか?」と聞かれて不安になったのだ。すると結は「それは仮定の話だ」と、今度は一転して姉を焚き付ける。「今、この瞬間を大切に生きる」のがギャル、それを教えてくれたのはお姉ちゃんだ、と。そして、こう続ける。「それに詩ちゃんは、お姉ちゃんが育てるんやない。みんなで育てる」。
夫の受け売りだ。でも、結はずっとアップだ。それを聞いて歩は、涙を流す。そして「そうだね」とうなずく。これにて、歩、納得、決心。例によって、「どんなエピソードも、結局は結の手柄」と相成る。
結が歩に「よし、今晩は、みんなでご飯食べよ」と言い、食事の場面になる。ここで初めて歩が詩に「家族になる」と正式に告げたらしき不思議は置いておく。以後は結の独壇場だ。「詩ちゃんにはみんながいるから大丈夫」と言っての長台詞は、「前においしいものを食べたら、悲しいことを忘れられるって言ったやん。でもね、みんなで食べたら、忘れられん楽しい思い出になるんよ。やけん、食べり」で最高潮に。台詞というより演説だった。
■「あんぱん」に期待したい
最後に突然、結が幼い日に避難所で出会った「雅美さん」という人と、毎年1月17日に会っていたことが明かされる。途中割愛した「苦い思い出」の人だ。結の握ったおむすびを一緒に食べる2人。唐突にもほどがある。これは「どんなエピソードも、結局は結の手柄」の集大成。そう思いつつ眺めた。
橋本環奈さんは期待のヒロインだった。オーディションせずに抜擢、紅白歌合戦の司会に2年連続で起用した。それほどまでのヒロインだから、他の仕事で忙しい時は橋本さん抜きで撮影したのだろう。それが東日本大震災からの「ヒロイン不在の2週間」だったとされている。
3月31日から始まる「あんぱん」のヒロインは、今田美桜さんだ。3365人の中からオーディションで選ばれたそうだ。そして今田さんは、紅白歌合戦の司会はしていない。これだけでも期待できる。と、NHKへの皮肉をちょっと込めてみたつもりだ。
画像=プレスリリースより
やなせたかしさん夫婦がモデル 朝ドラ「あんぱん」 - 画像=プレスリリースより
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矢部 万紀子(やべ・まきこ)
コラムニスト
1961年生まれ。83年、朝日新聞社に入社。宇都宮支局、学芸部を経て、週刊誌「アエラ」の創刊メンバーに。その後、経済部、「週刊朝日」などで記者をし、「週刊朝日」副編集長、「アエラ」編集長代理、書籍編集部長などをつとめる。「週刊朝日」時代に担当したコラムが松本人志著『遺書』『松本』となり、ミリオンセラーになる。2011年4月、いきいき株式会社(現「株式会社ハルメク」)に入社、同年6月から2017年7月まで、50代からの女性のための月刊生活情報誌「いきいき」(現「ハルメク」)編集長。著書に『笑顔の雅子さま 生きづらさを超えて』『美智子さまという奇跡』『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』がある。
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(コラムニスト 矢部 万紀子)