ただただ天井の木目だけを見つめていた…今も心に傷が残る、高2娘が実の父親にレイプされた40年前の記憶
2025年4月8日(火)16時15分 プレジデント社
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/pocketlight
※本稿は、黒川祥子『母と娘。それでも生きることにした』(集英社インターナショナル)の一部を再編集したものです。
■身体を触り、お風呂をのぞくようになる
継母が家を出たことによって、父親と2人だけの生活が始まりました。高校2年の夏休みだったと思います。
写真=iStock.com/pocketlight
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「おまえは、ごはんを作ろうと思わないのかー!」
父親が怒り出すので、渡された千円で料理本を買い、肉じゃがを作りました。
「おまえ、これは、食堂の切り方と同じだろがー!」
突然、食卓で父親が激昂し、目を剥いて怒鳴られましたが、言われたことの意味が全くわかりません。「え? 何のこと?」と、キョトンとする暇もあったのかなかったのか。
「おまえは、何でも口答えしてー!」
父親は漬物が乗っていた皿をバーンと叩き割り、私はいきなり首根っこを掴まれました。テーブルを挟んでいるのに、体が持ち上がるほどの力でした。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
首が絞まる苦しさを堪え、私は何度も謝りました。そうするしか、ないのだから。どうやら茄子の漬物の切り方が気に食わなかったみたいで、私は半分に切って半月切りにしたのですが、正解は丸のまま切るのが正しかったようです。どこに地雷が潜んでいるか、ビクビクする生活に変わりはありませんでした。
いきなり激昂する一方、ある時は突然、猫なで声で私に寄ってくるのです。
「ちゃーおちゃん」
気持ちが悪くて仕方がなく、そのうちに通りすがりに私の乳首とか身体を触ってくるようになりました。それも、つーんと手を出してきて、「え?」って思った時には触られているので、手で払う暇もないのです。やがて、お風呂を覗いてくるようになりました。
■ケダモノが、赤ちゃん言葉を使ってくる
私は父親を警戒して、父親が帰ってくる前にお風呂を済ますようにしました。ただ、父親はちゃんと仕事をしていたわけではないので、いつ帰ってくるかわからず、気が休まることがありません。
お風呂から上がり、脱衣所にいる時に父親が帰ってきました。
「ちゃーおちゃんの裸、覗いちゃおうかな」
そう言って、ドアを開けて脱衣所に入ってきたのです。私は身体を拭いていたので真っ裸で、父親をバーンと突き飛ばしてドアを閉めて、思いっきり叫んだのを覚えています。
「何するのー! やめてよ!」
叫びながら、震えていました。兄はとっくに家を出て、父と家に2人だけ。私は17歳で、父親は39歳ぐらい。
私は警戒して、部屋の扉に大きな鈴をつけました。誰かが扉を開けたら、わかるようにと。父親はちょいちょい触ったり、覗いたりするようになりましたが、高校に行かせてもらっているのは父親のおかげだし、気持ちが悪いけれど、何とか我慢していました。
機嫌がよくて、私に接近してくる時は、赤ちゃん言葉になるんです。あのケダモノが、赤ちゃん言葉を使うんです。そういえば、継母に暴力を振るった後、やけに優しくなる時があり、その時も父親は赤ちゃん言葉を使っていました。
蒸し暑い夜、扉にかけていた鈴が鳴りました。
「ちゃーおちゃんに、チューしたことないから、チューしよう」
そのまま、ベッドに押し倒されました。
唇を押しつけてきて、なんで、私、父親とキスしてる?
ヤニ臭い。キモイキモイキモイ。吐く吐く吐く。無理無理無理。
そこからは、記憶がありません。覚えていない。もう硬直して、あとは天井しか見ていませんでした。動けない。どうしてなんだろうと思うぐらい、動けない、叫べない。お風呂の時みたいに、「やめてー!」って叫べればよかったのに……。
視界にあるのは、板張りの天井だけ。うちって板張りの天井なんだ……。電気のアダプターもある。天井にも、いろんなパーツがあるんだ……。なんで、私、こんなこと、思っているんだろう。
■ただ、天井の木目を見ていた
ただ、天井を見ていた。
あとは、何も知らない。横たわって天井を見ている私だけが、そこにいる。私の身体は、どこ? 私の身体、どこに行っちゃったんだろう。心もどこ? 心はもう、見つからない? なんで? 身体がとっても重たいの。ガチガチに硬直してる。私、どうなってるの? 怖い、怖い、怖いよー。恐怖で、身体がガクガクしてる。ガックンガックンって、震えが止まらない。思い出したくもない、実家の天井の木目。あの時の私は、自分の精神が崩壊しないよう、天井の木目を眺めていたのかもしれません。
なんで、「やめて!」って、叫べなかったんだろう。
「ふざけんな!」って、すごめばよかった。オマエの頭、どーなってんの! 謝れ! 自分のしてること、おかしいと思わないか! 「頭おかしい」って、言ってやればよかった。
扉の鈴は捨てました。だってあれは、家に他の誰かがいるなら、効果があるものだから。2人しかいないのだから、意味がない。窓から逃げようとしたけれど、窓を開けたら格子がついているので出られない。でも、窓を開けていれば、「助けて!」って言うことはできるから、いつも窓を開けていました。
誰にも、「助けて」って言えなかった。変な天秤ばかり、頭の中をぐるぐるする。強姦なら一回で終わる。でも父親からの性的虐待は、終わらない。せめて、これをしているのが、血のつながりのない継父だったらって、なんて天秤? でも、実の父親だしって、沙織、オマエも頭おかしいぞ。
継母にも、ちくってやればよかった。あんたら2人、頭おかしいぞ!って。
誰かに打ち明けられていたら……。今になって思う。あの時の私は、精神科に入院するべきだった、と。
■20代で死ぬことが、人生の目標になった
父親にいろいろされている時に、感情をなくそうと思った瞬間がありました。あっ、だから、私、どれが本当の自分か、わからなくなったんだ。
私の人生の目標は、20代で死ぬことなのだと、この時に決めました。
黒川祥子『母と娘。それでも生きることにした』(集英社インターナショナル)
その時からずっと、死ぬことだけを考えて生きてきたんです。いろいろな死に方を、高校時代は妄想しました。飛び降りは、人に迷惑をかける。首吊りも。じゃあ、冷たい海に飛び込む。ああ、死にたい人のための穴が、そこにあればいいのに……。そこに落ちれば、誰にも迷惑をかけないで死ねる穴が。
父親からの被害を防ぐためには、継母に戻ってもらうしかないと思い、大嫌いな継母に、私は「どうか、家に戻ってください」とお願いしました。
継母が家を出ていたのは2カ月ほどでしたが、その2カ月で、私の心は凍りつき、完全に死にました。
そして家を出るためだけに、好きでもない男と結婚しました。継母に「あんた、父親と同じ男、選んでるよ」と言われた高校の同級生が、私の夫となるのです。
■沙織さんの魂は殺された
沙織さんは、両手で頭を抱えてテーブルに突っ伏した。肩を震わし、喘ぎながら、苦しそうに呻く。
「天井だけ、天井だけ、見てたんです。唇が気持ち悪くて、もう、硬直して……」震える沙織さんの肩をさすらずにはいられない。
父親はすでに亡く、あれから40年近くの時が経っているというのに、沙織さんの心はすぐに血を噴き出す。まだ、何も終わっていないし、傷口に何とかできた瘡蓋(かさぶた)はいとも容易にすぐ、剥がれ落ちてしまう。
「自らの欲望を優先させた結果、娘を用いて自らの性欲を満たしました」
富山県で実父から高校生の時に性的暴行を受けた女性が、23歳で父親を告訴し、逮捕にまで至ったケースの父親の「反省文」だ。その後、この父親は、行為を認めたうえで、「娘は抵抗できない状態ではなかった」と述べ、無罪を主張した。自らの歪んだ欲望の結果、娘にどれほど深刻な傷を一生背負わせてしまったのかを自覚することは、この鬼畜たちには不可能なことなのか。
■「死んだように生きる、生き地獄です」
性的虐待は「魂の殺人」と言われるが、まさに沙織さんはケダモノによって殺されたのも、同然だった。
「謝れ!」と、沙織さんは空に叫ぶ。父親は数年前に自殺して、他界した。それは生活がどん詰まりになったためであって、娘への取り返しのつかない犯罪行為を悔いてのことでは決してなかった。
黒川祥子『誕生日を知らない女の子』(集英社文庫)
『誕生日を知らない女の子』が出版された時、沙織さんはこんな一文を寄せてくれた。
〈トラウマとは、『心・魂の傷』です。養育者から受ける魂の傷、これを背負っての生活は『恐怖』。死んだように生きる、生き地獄です。
トラウマとして刻み込まれた記憶は日常の些細なことで脳裏によみがえり、その度に脳を侵し壊れていく。気が狂いそうな自分を抑え込む。トラウマに人生を支配されてしまう。
安心して暮らしたい。トラウマやフラッシュバックは生きるための安心感を壊し、生活の中にある連続性をストップさせ、思考、精神状態に多大な影響を与え、魂の動きを止めてしまうのです〉
あれから沙織さんはずっと繰り返されるフラッシュバックやトラウマに、ひたすら翻弄されるがままに生きてきた。フラッシュバックのたびに甦る恐怖、そして怒りにがんじがらめにされた人生。何度も、心が壊れそうになった。
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黒川 祥子(くろかわ・しょうこ)
ノンフィクション作家
福島県生まれ。ノンフィクション作家。東京女子大卒。2013年、『誕生日を知らない女の子 虐待——その後の子どもたち』(集英社)で、第11 回開高健ノンフィクション賞を受賞。このほか『8050問題 中高年ひきこもり、7つの家族の再生物語』(集英社)、『県立!再チャレンジ高校』(講談社現代新書)、『シングルマザー、その後』(集英社新書)、『母と娘。それでも生きることにした』(集英社インターナショナル)などがある。
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(ノンフィクション作家 黒川 祥子)