ドラッカーは、なぜコンサルタントを高い報酬をもらって顧客を叱るインサルタント(侮辱者)と呼んだのか?
2025年4月4日(金)4時0分 JBpress
「マネジメントの父」と呼ばれ、日本では1956年発行の『現代の経営』以来、数々のベストセラーを生んだピーター・ドラッカー。日本の産業界に多大な影響を与えたと言われる一方、その人物像が語られることは少ない。本稿では『ピーター・ドラッカー ——「マネジメントの父」の実像』(井坂康志著/岩波新書)から内容の一部を抜粋・再編集。没後20年となる現在も熱心な読者が絶えないドラッカーの人生と哲学、代表的な著書が生まれた背景を紹介する。
ニューヨーク大学で教鞭を執る傍ら、経営コンサルタントとして実績を重ね、代表的著作『現代の経営』をまとめたドラッカーが1950年代に残した功績とは?
GEクロトンヴィル研修所
「報酬を得てクライアントを叱るインサルタント(侮辱者)」とドラッカーは好んで自称し、「高い報酬をもらって人を侮辱している」と語っていた。
コンサルタントとは、経営者が自分自身について行う説明に影響されることなく、まったくクールな態度で聴くことができなければならない。相手の熱情に感化されたり、同調したりすると、彼が本当になすべきことを見失う。対話の中で、なすべきことを率直に指摘することは、時に相手のプライドを打ち砕く。善意があればこそ、相手の意向に忖度(そんたく)することなく、率直に耳に痛いことも直言しなければならない。「インサルタント」とは逆説的にその職業倫理の表明とも解釈できる。
ドラッカーは、徹底して経営の傍らに立ち続けた傍観者、アウトサイダーであって、経営経験は持たなかった。大組織の一員になることは彼にとって退屈で、適性も能力もないと自覚していたためである。また、リストラの仕事は気質に合わずすべて断った。彼なりに身につけた作法がそれだった。
1954年、マネジメントの代表的著作『現代の経営』が刊行されている。詳しくは次項で取りあげるが、コンサルティング経験に反省を加えつつ、同時に技法や考え方を練り上げることで編まれた著作である。ゼネラル・エレクトリック(GE)のコンサルタントと幹部教育支援開始の時期にあたり、そうした活動もこの著作にインスピレーションをもたらした。
新CEOに就任したラルフ・コーディナー指揮の下、GE経営実践レヴュー・チームにドラッカーはオリジナル・メンバーとして参画し、最終的にはリーダーを務めた。
1955年9月30日のGE副社長ハロルド・スミディ宛書簡で「人々は管理や命令を受ける必要はない。もし何をすべきかとの理由を知っていれば、継続的な結果測定によって、仕事が計画通りに進行するかどうかを把握していれば十分である。もし知らなければ、伝えればいい」とドラッカーは述べている。新手の経済人としての「スロットマシン・マン」を量産するのではなく、責任と倫理を備えた幹部育成を急務と彼は見なしていた。
スミディを実務担当、メルヴィン・ハーニをパートナーとして、ドラッカーは幹部向け組織改革の手法をGEクロトンヴィル研修所テキストに編み上げていった。全4巻、合計1000ページを超え、表紙の色調から「ブルー・ブック」と呼ばれた。
ブルー・ブックは、①「GEの成長」(106ページ、1953年)、② 「GEの組織構造」(315ページ、1955年)、③ 「専門経営管理者の仕事」(248ページ、1954年)、④ 「専門個別貢献者の仕事」(294ページ、1959年)の各巻からなる。1956年、GEで経営管理者向けの研修が開始され、ドラッカーも頻繁に出講した。
トップ・マネジメントに対して、事業の定義と目標を可能な限り詳細かつ具体的に書きとめるようドラッカーは求めた。組織の成員一人ひとりには必要な事柄をカードに書き込むよう指導した。いわゆる目標管理であり、1955年9月30日のスミディ宛の書簡で、「電気店や大工がドライバーを取り扱うように」それは用いられるべきと彼は書き送っている。
幹部研修にあたって、彼は企業の生態的な諸力をまざまざと見せつけられることにもなった。一本の木の本質を知ることは、森全体の生態や植生を知ることにつながる。1つの企業と、無限の広がりを持つ産業社会との間に巨大な懸隔があるとしても、企業の本質に触れられれば、産業社会全体を認識できる。GEのコンサルティングは、彼にとって一本の木から森全体の生態系を解き明かす植物学者のフィールドワークに相当した。
ドラッカーにとって、マネジメントと社会生態学は同じ構造を持つ概念である。企業の生態を記述するとマネジメントとなり、それが置かれる社会環境を記述すれば社会生態学になる。
『現代の経営』(1954年)
経営には予想外のことがつきまとう。経営者にとって経営とは常に応用問題である。『現代の経営』(1954年)は約100の事例を用いて応用問題に対応しているが、とりわけIBM、シアーズ・ローバックの事例が際立っている。ストーリーテリングの力を自在に用い、可能な限り臨床的に彼は記述している。記述の多くは、事例の形態と機能に注視して、因果関係にはほぼ触れていない。
植物がどのような果実を実らせるのかは、植物の本性の問題であって、観察者が決めることではない。企業はそれぞれの本性に従って、それぞれの責任と機能を担って社会に生かされている。その潜在力を減退させることなく、生命の伸長を促す手法を課題としていた。
あらゆる事業の目的は、「顧客の創造」にある。企業はそれ自身のためにあるのではなく、社会との関係、顧客との協働の上に成り立っている。「企業とは社会という身体の持つ器官の一つ」と彼は表現している。この見解は、スチュアート・クレイナーによれば、マネジメントで最も頻繁に引用されたという(クレイナー『マネジメントの世紀』)。
対して、事業を利益の観点からとらえることは、誤っているばかりでなく、的外れだという。「この世に利益などない」とさえ彼は述べている(ドラッカー・インスティテュート所蔵資料)。顧客こそが事業継続の本質的条件なのであって、利益はあくまでも顧客創造の結果である。彼は利益を、未来において事業を継続する未来のコストにほかならないと見ている。
企業が私的利益の追求という幼稚な段階にいつまでもとどまっていると、企業の存立基盤である社会を脆弱化させてしまう。それに、目的を利益に矮小化してしまうと、人間の持つ創造的な可能性をやがて貪り尽くしてしまう。「企業による人間の管理」という定型的な言い方を彼はしていない。人間の実存に対する冒瀆(ぼうとく)だからである。
利益の過度な追求や、人を手段としてしか見ない危険を自覚しながら、それらに抗して、社会とともに生きていくところに、企業の本来の姿がある。
そうした考えを垣間見せるのが、目標管理である。「Management by Objectives and Self-Control 」、直訳すれば、「目標と自己統制によるマネジメント」となる。人と組織双方の成長を促す手法である。目標管理を「外からのマネジメントに代えて、より厳しく、より強く、より多くを要求する内からのマネジメント」とドラッカーは位置付けている。
「外から」、すなわち何らかの強制や恐怖によって他律的に動くのではなく、意志で動く人間を彼は望んだ。組織全体と人が目標を介して結びつく時、かけがえのない個人の精神は社会の創造を担う。それがマネジメントの理想だった。この方法を彼はことさら重く見て、「マネジメントの哲学」という言い方をしている。
目標はマネジメントの基本的な工具でもある。鏡なしで自己像を確認しえないように、目標なしにふさわしい成長も成果もない。人間とは常に固有の何かを志し、何かを実現しようとしているのであって、「飴と鞭」は元来不要であり、セルフモニタリングこそが最高の動機付けとなるとドラッカーは見ている。
彼がコンサルティングを行った企業においても、目標設定にしかるべき時間とエネルギーを求め、ただちに期待する目標を書きとめておくことを推奨した。この「書きとめる」という行動は自己を見つめ、適性やスタイル、強み、価値観、気質を客観的に理解するための素朴ながら確実な方法だった。
人間の記憶は、どこか脆いところがあり、覚えていると言ってもあてにならない。書きとめることは、ふだん人がとりたてて意識することのない自分自身の行動を意識させる。書きとめられた目標は、現在の目に映る自分自身であって、そのことを通して、ありのままの実像との照合を可能とする。
そのような言語化をもって自己が主体的に生きていくことは、彼が若き日に傾倒したキルケゴールにおける実存主義にも顕著に見られる。書きとめたからといって、人は過去を変えてしまうことはできない。しかし、新しくやり直すことはできる。過去は呼び戻せなくとも、未来のために今何かを新しく選び取ることは常にできるからである。
<連載ラインアップ>
■第1回ドラッカーが若き日に出合った“人生を変えた書物”生涯忘れることのなかった人間にとって重要な2つのこととは?
■第2回 ドラッカーは、なぜコンサルタントを高い報酬をもらって顧客を叱るインサルタント(侮辱者)と呼んだのか?(本稿)
■第3回ソニー創業者・井深大も参加した初来日講演会 ドラッカーが熱く語った日本への想いとは?
■第4回佐藤栄作首相も読んで話題になった『断絶の時代』ドラッカーが示した“資本主義を超えたところにある風景”とは?(4月18日公開)
■第5回 「世界が参考にすべき日本人のひとり」ドラッカーは渋沢栄一のどこに“成熟したマネジメントの実践者”を見たのか?(4月25日公開)
■第6回 過激化する資本主義の暴威に危機感 ドラッカーがポスト資本主義社会に不可欠と考えた組織とは?(5月2日公開)
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筆者:井坂 康志