銀座の鮨店は「3万円→7万円」に…物価高でも土地代でもない「べらぼうに高い店」が急増している本当の理由

2025年4月14日(月)9時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Chadchai Krisadapong

SNSで客に対する不満をぶちまけ、炎上する飲食店が増えている。グルメジャーナリストの東龍さんは「予約困難店が増え、売り手優位の風潮が強まったせいで、飲食店が客を軽視するようになっている。客と店が互いに敬意を払わなければ食文化は育たない」という——。
写真=iStock.com/Chadchai Krisadapong
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■Threadsで客に文句を言う飲食店アカウント


Meta社が運営するSNS「Threads(スレッズ)」が、飲食店関係者の“毒”を吐く場所として盛り上がっている。Xほどユーザー数が多くないため、広くメディアに取り上げられるような炎上にはまだつながっていないが、Threads内で物議を醸すことはしょっちゅうだ。


そこで吐き出される“毒”の多くは、客への不満だ。


お酒が飲めない客やドリンクの注文が少ない客に対して「二度と来るな」と怒りを発したり、お通しのわずかな金額を嫌がる客に「家でご飯を食べていろ」とあしらったり、客グループの“下っ端”がお冷を人数分頼むことに対して「気を利かせたつもりかもしれないが、本当に仕事ができる人なら店員にも気を利かせられるはず」と文句を言ったりと、内容はさまざま。


なかには、飲食店経営者を名乗るアカウントが「自分は客に『ありがとうございます』は言わない」と投稿して、Threads内で話題になったケースもある。投稿者は「金をもらっているがその金額以上の価値のサービス、商品を提供しているので客より立場は上」「感謝されるのはこちら側」とも述べており、批判のリプライが殺到。ちょっとした炎上状態となった。


■カスハラ客に対応して鬱憤を貯めている可能性


「ありがとう」を言わない店は論外だが、その他の投稿は飲食店の側に立てば事情は理解できる内容ではある。また、中には炎上マーケティングを意図してあえて極端なことを言っているアカウントもあると考えられる。


しかし、こうした投稿を日々目にしていて感じるのは、「客を軽視する飲食店が増えている」ということだ。その背景にはいくつかの構造的な要因がある。


まず前提として、飲食業界の慢性的な人手不足により、接客の質が落ちている点。そして、厄介な客が増えていることも無関係ではないはずだ。


「カスタマー・ハラスメント」という言葉が世間で定着しつつある。東京都は、2024年10月4日に「東京都カスタマー・ハラスメント防止条例」(カスハラ防止条例)を制定し、2025年4月1日から施行した。飲食店でもカスタマー・ハラスメントは多く、「飲食店ドットコム」が行った調査によると、回答者の約55.7%が「カスハラを受けた経験がある」という。


客の理不尽な要求に対するストレスや過剰反応が、前述のような過激な発言の引き金になっているところはあるだろう。


■予約困難店が激増して売り手優位の構造ができた


だが、より本質的なのは、飲食店の立場が変わりつつあることだ。


ミシュランガイド三つ星を有する京料理の老舗「菊乃井」の三代目・村田吉弘氏が、飲食店が高額化かつ予約困難化している風潮に疑義を呈し、飲食業界や食通の間で話題になった。


村田氏は、「高額=上等」と考える一部の客がスタンプラリーのように話題の店を回り、無名の店まで予約困難にし、価格を押し上げていると指摘。その結果として、実績のない若手が京都で開業して客から2万5000円をとったり、肌感覚としてはかつては3〜4万円程度だった東京の鮨店が7万円になったりするような事態になっているという。


日本のファインダイニングは、ミシュランガイドでも世界的に星が多く、アジアのベストレストラン50でも評価が高い。日本料理や鮨、鉄板焼といったジャンルに限らず、日本のファインダイニングは海外の富裕層から支持を得ている。一休、OMAKASE、食オク!、Foodies Primeといった、予約困難店に特化した飲食店予約サービスも増えた。こうした状況が「飲食店が客を選ぶ」空気感を強めていることは否めない。


SNSで客を見下すような発言をしているのは、ファインダイニングよりもカジュアルな業態のほうが多いように思われる。ただ、そうした業態であっても、グルメサイトの発展や予約サイトの普及によって予約困難化し、“売り手優位”になっている飲食店は少なくない。


また、飲食業界は師弟関係をはじめとして上下関係が強く、スターシェフやトップレストランはほかの飲食店に大きな影響を与える。一部のファインダイニングによる客を軽視する姿勢や売り手市場による優位感が、カジュアルな業態にも浸透し、上から目線を生むことにつながると考えられる。


■“選ばれる客”である必要はある


飲食店と客の理想的な関係とはどんなものだろうか。


本来、飲食店と客は上下関係ではなく、対等な立場であるべきだ。「お客様は神様」「客が絶対的優位」という時代は終わり、「互いに敬意を持ち合う関係」が求められている。良質なサービスは、礼節ある客との相互作用で生まれるからだ。


客は飲食店をリスペクトすることが重要だ。そうでなければ、提供された飲食物やサービスの裏側にある苦労や工夫に想像を巡らせることができず、価値が矮小化され、その結果、自身の食体験が毀損される。


欧米のレストランでは、客側にもマナーが強く求められるように、日本でも“選ばれる客”である意識が必要になってくる。アメリカやヨーロッパのファインダイニングでは、ドレスコードが厳格に設定されていることが多く、カジュアルすぎる服装では入店自体が断られるケースもある。


テーブルマナーや食器の使い方にも厳しいルールがあり、適切に振る舞わないと周囲から「マナーを知らない客」と見なされる。ことにフランスやイタリアでは、店のプライドも高く、客だからといって無条件に尊重されるわけではない。特に無礼な客には毅然と対応する。


写真=iStock.com/Pyrosky
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Pyrosky

■「お客様は神様」になったのはなぜか


飲食店は慈善事業ではない。できるだけ少ない金額で少しでも長居しようとせず、配慮して注文することも重要だ。店も客も、互いに気持ちよく過ごす努力をすることが、食体験の価値を高めるはずだ。


日本では高度経済成長期から、飲食店が発展してきた。現在では東京都だけで10万店以上も店があり、世界の都市で最大級の規模。発展と競争の激化が、徹底した顧客第一主義を生み出し、「とにかく客に合わせるべきだ」という風潮が定着した。また、日本社会特有のおもてなし文化も、過度なまでに「客を立てる」ことにつながっている。


結果として「多少無理を要求されても受け入れるべき」という考えが根付き、“客が絶対的優位”という状態が続いた。かつては値上げしようとすると、常連客から“お叱り”を受けることもあったほどだ。


■開業から3年で半分が廃業に追い込まれる厳しい世界


一方で、飲食店は客を楽しませようとすることが欠かせない。そうでなければ、拘束時間が長く、利益率も低い飲食業界の中で、よりよいものをつくろうとしたり、よりよいサービスを提供しようとしたりするモチベーションを保つことが難しいからだ。


客は、提供された料理やサービスと支払ったお金を天秤にかけて「満足した」「損した」と考える。しかしこれは店と客の優劣を決めるものではない。客が満足したから店のほうが「立場が上」であったり、客が損したから店のほうが「立場が下」であったりするわけではないのだ。


あくまでも、客の満足度は、ビジネス的な次の契約=来訪の有無にだけ関係する。したがって、客の満足度が高く、リピート客が多かったとしても、飲食店が客よりも立場が上であるわけではない。


ましてや客から支払われたお金によって生計が成り立っているだけに、客を全面的に否定するのはもってのほかだ。


飲食店は、開業1年後に10%、3年後に50%が廃業し、5年後まで存続するのは10%、10年後になると5%まで減少する厳しい業種である。「自分が相手より立場が上だ」と錯誤することは、不幸な結果を招く。


料理人やサービススタッフを見下している客が最高の食体験を得られないのと同じように、自身の店を選んでくれた客にすら感謝できない飲食店が存続することは難しいだろう。


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東龍(とうりゅう)
グルメジャーナリスト
1976年台湾生まれ。「TVチャンピオン」(テレビ東京)で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。
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(グルメジャーナリスト 東龍)

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