ペッパー君と組んでM-1に出場したことも…都知事選に出馬した"無名の若者"に15万4638票が集まったワケ

2025年4月14日(月)18時15分 プレジデント社

左)安野貴博さん[出所=『はじめる力』(サンマーク出版)]、右)Pepper(写真=Softbank Robotics Europe/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

これからの社会で求められるスキルはどのようなものか。2024年の東京都知事選挙に立候補した、AIエンジニアの安野貴博さんは「物事を新たに『はじめる技術』が重要だ。はじめられさえすれば、その後はやりたいことをAIが助けてくれる」という——。

※本稿は、安野貴博『はじめる力』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。


左)安野貴博さん[出所=『はじめる力』(サンマーク出版)]、右)Pepper(写真=Softbank Robotics Europe/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons

■これからの社会で「最も重要なスキル」


私は、今まさに到来しつつある、「AIとの共存」を前提にした社会で最も重要なスキルが、物事を新たに「はじめる力」だと考えています。


技術革新のスピードが極めて激しい現代においては、世界の不確実性がどんどん増していきます。変化に対応できることの価値が上がる一方で、何かをはじめない、はじめられないことのリスクが高まっているともいえるでしょう。


実はこの「はじめる力」、特別な人にだけ与えられた天賦の才ではないのです。やる気さえあれば誰もが使いこなすことができる“技術”なのではないかと私は考えています。


この「はじめる力」は人生の選択肢を増やしてくれるものですし、この技術を持つ人が増えれば、より前向きで創造的な社会ができるはず。


私の経験をもとに、何かをはじめるための「技術」についてみなさんと一緒に考えてみたいと思います。


■筆者がこれまでに「はじめた」こと


まずは自己紹介として、私がこれまで「はじめた」ことをいくつか並べてみます。


私は東京で生まれ育ち、東京大学工学部のシステム創成学科を卒業した後、外資系コンサルティング会社のボストン・コンサルティング・グループを経て、AIスタートアップ企業を2社創業しました。BEDORE(べドア)(現PKSHA Communication)という会社とMNTSQ(モンテスキュー)という会社で、それぞれAI技術を使って既存の業務を変革し、働く人を助けることを目指した会社でした。


2015年には、人型ロボット「Pepper」と漫才コンビを組んで、M-1グランプリに出場しました。1回戦は勝ち進んだものの、2回戦で敗退。劇場ではかなりウケていたと思ったのですが……。


また、2度目の起業の後には、ロンドンの美術大学、ロイヤル・カレッジ・オブ・アートに入学。学校で1人だけ絵がまったく描けない中で、画像生成AIを駆使しながらメディアアートの制作を行ない、準修士の学位を取得しました。現在もアートの創作は継続しており、「実験東京」というユニットで活動しています。


SF作家としては、星新一賞、ハヤカワSFコンテストなどの賞をいただき、2021年に長篇小説でデビューしました。自動運転技術やAIエージェント技術をモチーフに、新しい技術が変えていく世界を描いています。


そんな起業家、AIエンジニア、作家の私ですが、2024年6月に東京都知事選に立候補しました。立候補のきっかけは「妻の一言」でした。


■縁のなかった「政治の世界」へ飛び込んだきっかけ


2024年4月、参議院議員の補欠選挙がありました。著名タレントやネットの有名人が複数立候補したこともあって、世間の注目を集めていました。


当時、私は妻の黒岩里奈と散歩しながら、「今の選挙制度にはこんな問題がある」「政治システムをこういうふうにしたらいいんじゃないか」などと話していました。すると、彼女が突然、「そんなに言うなら、自分が出たらいいじゃない?」と言いだしたのです。


その瞬間は、「この人は何を言っているんだろう」と思いました。でも、一晩寝て起きてから冷静になって考えてみると、違った景色が見えてきました。


私は学生時代、工学部のシステム創成学科に在籍していました。もともと、部品と部品がつながりあって、何かの価値を創発する「システム」に興味があったのです。


写真=時事通信フォト
2024年7月3日、都知事選に立候補し街頭演説をする安野貴博さんと妻の黒岩里奈さん(東京都練馬区) - 写真=時事通信フォト

■「システム」として捉えてみると…


たとえば、会社組織やビジネスでも、いろんな部署や課がある。マーケットがあり、競合がいて、どういうアクションをするとどうなるかがある程度予測できる。小さなカタマリがつながることによって、全体として大きな価値が生まれていることがとても面白いなと考えていました。ソフトウェア開発を行なうエンジニアからスタートして、起業家としていくつかのベンチャー企業を立ち上げたのも、こうした発想が根っこにあったからです。


政治や社会も同じです。それぞれをシステムとして捉えてみると、できることがたくさんありそうです。


政治システムをアップデートするために、学生時代にまず取り組んだのが、国会会議録の可視化です。国会で誰が何を発言したかという会議録データを解析し、それぞれの議員の発言の単語分布を可視化するツールをつくってみたのです。


すると、この議員は医療制度改革に積極的に取り組んでいるとか、年金制度について取り組んでいるといったことが、一目でわかるようになります。これらの情報は、次の選挙で誰に投票するかといった行動の参考になると思いました。


しかし逆にいうと、そのときはここまでが限界でした。当時はまだ言語を扱う技術が未熟で、キーワードを抽出するくらいしかできなかったからです。発言に対して「いいね」をつける機能を実装したりもしましたが、できることは限定的でした。


■学生時代の「野望」が実現できるのではないか


そこから10年以上の時間が流れて、今はChatGPTを筆頭に生成AI全盛の時代を迎えています。大規模言語モデル(LLM:Large Language Model)というテクノロジーが登場し、精度は日々劇的に上がっています。AIでできることが飛躍的に増え、SNSもスマートフォンのように、ごく当たり前の誰でも使えるツールになっています。かつてのコンピュータにはできなかったことが、どんどんできるようになっていく。そういう時代になったのです。


今なら「テクノロジーの力によって政治システムをアップデートする」という、学生時代の野望が実現できるのではないか。当時は技術的制約が多かったけれど、今なら世の中に役立つ仕組みとして実装できるはずだ。そう考えると、都知事選に出るというのは、とても意義深いことだと思えたわけです。


2023年5月9日、首相官邸でAIに関する次世代リーダーとの車座対話に出席した岸田文雄首相(当時)と安野貴博さん(写真=内閣官房内閣広報室/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons

■逆風も吹く中、「15万4638票」を獲得


そうして決めた出馬。選挙期間中は、選挙戦そのものを政治システムの一部と捉え、旧来のやり方をアップデートする取り組みをはじめました。


これまでの選挙といえば、候補者の考えを一方的に有権者に伝える「ブロードキャスト」型の活動がほとんどでした。しかし、今のテクノロジーを使えばその逆──有権者と候補者の双方向のコミュニケーションを育む「ブロードリスニング」型の選挙──ができるのではないか? そうすれば、選挙期間をみんなで東京の未来を考える、建設的な時間にすることができるのではないか?


こんな仮説をもとに、私は電話やYouTubeを使って私のアバターと会話ができる「AIあんの」を開発しました。また、広くSNS上に溢れる声をAIを用いて集約し、マニフェストの磨き込みに役立てていきました。


結果、主要メディアでほとんど取り上げられないという逆風も吹く中、15万4638人の方が票を投じてくださり、全候補者中5位となりました。


当選できなかったことは悔しいことですが、このときの経験と学びを活かして、2025年1月には「デジタル民主主義2030」というプロジェクトを立ち上げ、オープンソースソフトウェアの開発をすることにしました。市民の声を収集・可視化し、政策立案に活かすための大規模熟議プラットフォームや「政治とカネ」の問題を解決すべく、政治資金の見える化プラットフォームを構築しています。デジタルの力でより多くの人が前向きに社会参加できる、新たなことにチャレンジできる世の中をつくりたいのです。


■何かをはじめられることは「才能」ではない


ここまで、これまでまったく縁のなかった政治の世界に飛び込んでみた理由を書いてきましたが、こう考える方もいらっしゃるかもしれません。


「でも、リスクは考えないの?」


そう、何かをはじめるときに、リスクのことが頭をよぎるのは、自然なことです。


私も人と話をしていると「あなたはリスクを取って何かをはじめられる人なんですね」と、少し距離をおいてみられることがあります。


意外に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、何を隠そう、私は実は石橋を叩いて渡るタイプです。


新しいことをはじめるときには常に不安を感じます。いわゆるチキンです。そんな私がなぜリスクを取って新しいことをはじめられるかというと、何かをはじめるための「技術」を見つけられたからです。


スティーブ・ジョブズやイーロン・マスク、南場智子氏などの起業家には数々の逸話があります。あるいは、レオナルド・ダ・ヴィンチや、大谷翔平氏など、天才たちの持つストーリーも有名でしょう。彼らの規格外のエピソードに触れるたび、自分とは違う一握りの選ばれた人にしか新しいことはできないのでは、と思ってしまう感覚は私も抱くことがあります。


しかし私は、こう断言したいと思います。何かをはじめることは、先天的な才能を持つ人だけに許された営みではなく、後天的に身につけられる「技術」なのです。


■「はじめる」ときに重要な3つのステップ


何かを「はじめる」ときには、重要な3つのステップがあります。


Step1:達成したいゴールを発見する
Step2:ゴールに至るための勝ち筋を見出す
Step3:仲間を集めてチームをつくる

の3つです。


まず、何かをはじめるときには、当たり前ですが「何をはじめるべきか?」から考えることになります。はじめることを見つけるためには、その終わり方も同時に考えなくてはならない。自分なりにゴールを設定するのです。これは言い換えると「何かを達成したい」というモチベーションを育むことと同義です。


写真=iStock.com/mapo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mapo

■人間がやらなければならないこと


ゴールを設定したら、そのゴールにどうやって到達するかを考えなければいけません。大まかな道筋を予想することはとても大切です。ただ、どれだけ頑張ってもリスクはゼロにならないし、一度も失敗せず走り抜けることはあり得ません。


大きなことを成し遂げたいと思えば、1人だけでゴールに到達することはできません。それぞれのゴールに合った「チーム」をつくって、協力し合って取り組む必要が出てきます。都知事選のときも、スタートアップ起業のときもそうでした。大きなことを「はじめる」ためには、信頼できる仲間づくりは不可欠なのです。



安野貴博『はじめる力』(サンマーク出版)

「はじめる技術」を身につけると、自分の人生の選択肢を増やすことができます。何かをはじめられるということは、既存の枠組みの延長線上ではない場所に行くことができるということです。つまり、「はじめる技術」は、人をより自由にしてくれるのです。


あらゆることをAIが助けてくれる時代には、この「はじめる技術」こそが、最も重要な能力だと私は考えています。はじめられさえすれば、その後はあなたがやりたいことをAIが助けてくれるからです。


でも、「はじめる」こと──自分がやりたいことを見つけて、モチベーションを持って、共感する仲間を集めること──だけは、私たち人間がやらなければなりません。「はじめる技術」は、現代社会をしなやかに乗りこなすための技術なのです。


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安野 貴博(あんの・たかひろ)
AIエンジニア、起業家、SF作家
合同会社機械経営代表。開成高校を卒業後、東京大学へ進学。内閣府「AI戦略会議」で座長を務める松尾豊の研究室を卒業。外資系コンサルティング会社のボストン・コンサルティング・グループを経て、AIスタートアップ企業を2社創業。デジタルを通じた社会システム変革に携わる。未踏スーパークリエイター。デジタル庁デジタル法制ワーキンググループ構成員。日本SF作家クラブ会員。2024年、東京都知事選挙に出馬、デジタル民主主義の実現などを掲げ、AIを活用した双方向型の選挙戦を実践。著書に『サーキット・スイッチャー』『松岡まどか、起業します』(ともに早川書房)、『1%の革命』(文藝春秋)。
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(AIエンジニア、起業家、SF作家 安野 貴博)

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